第18話 実力の証明

「聖女様。お待ちしておりました。今後は我ら討伐隊が聖女様をお守り致します」


 俺達は公爵家領地内西側にある西の山脈に来ていた。


 ここには狂暴化したブラックドラゴンがいるとのこと。


 原作だとこの魔物は周囲の住民を襲いつつ、より狂暴に成長していく。ポジティブに考えれば強くなる前の魔物を倒せるチャンスである。


 原作の流れが大きくズレることになるかもしれないけれど、むしろ今後出現するであろう脅威を先に叩けるという面では今後、俺とルナとの未来に不必要な障壁がなくなっていくことを意味する。


 とはいえ、聞いている限り付近の村では被害も出ているらしいから、楽観視できる状況ではない。故にあまり持ち歩きたくはないけれど、念のためにアーティファクトを持ち歩いている。


 ちなみにマーシャ姉は公爵家の屋敷に残っている。お父様が不在だし、誰かしら残っておかないと問題だから。直前まで俺が行くのを渋っていた。


『危なくなったらすぐに逃げること!! 死んだら許さないんだからね!!』


 俺達が屋敷を出る前もマーシャ姉は少し泣きそうな表情で口を膨らませて怒っていた。


 原作のアイクに対して……もっと姉孝行してもよかったのでは? と思うほどの弟思い振りだった。


 ただルナは俺が偵察に行くと知るや、頑なに行くと言って聞かなかった。


『私は絶対に行きますからね。連れていって頂けないならずっと恨みますから……! 聖女様と二人きりに絶対にさせない……!』


 ルナはそう言うと眼鏡のレンズ越しにチワワのように目を潤ませていた。


『別に聖女にと二人になったところで何も起こらないが……』


『私……不安なんです。アイク様を信じて、そんな過ちはないと思っていても私の元を去ってしまうと思ったら……私、嫌なんです。それにアイク様は胸ばかり見るから……』


『いや、見てないが!!?』


 見たかもしれないが、それはルナの胸だけ。他の胸は脂肪細胞の無駄使いなのだ。

 ということで聖女に無理を言って同行させた。マジで今日もルナが可愛い。


「ところで、こちらは……?」


 討伐隊の一人……短い銀髪の男が俺達に対して、明らかに不躾な視線を送っている。


「ランスロット。お止めなさい。こちらは私のお客様です。彼にはこの付近の探索を依頼したのです」


「聖女様の……そうですか。失礼致しました」


 ランスロットは膝を付いて頭を下げるも、目は俺を睨みつけていた。


「ですが、このような者の手を借りずとも我々だけで十分です」


「ランスロット!!」


「いえ、聖女様! 必ずや我らだけでこの悪しき魔物を倒してみせます! それにこんな子供を危険な目に遭わせる訳にはいきません!」


 これは俺の見た目のせいで舐められているのか? 心配してくれるのは大いに構わないが、こんなところに呼んでおいてその態度は腹が立つ。


「なんて失礼なお方なのかしら」


 ルナがボソッと怒りを露わにしていた。


 俺のために怒ってくれるのは嬉しいが、ルナにとって夫の俺が馬鹿にされたということはルナも馬鹿にされていると同義らしい。その辺りの貴族感覚は未だにピンと来ないがルナが不快に思っているのならば、この場をささっと収めよう。


「少しいいか?」


「なんだ?」


 ランスロットは明らかに態度に出して、俺を見る。


「ごちゃごちゃうるさいから、ささっと俺の実力を示せばいいんだろ?」


「違う。そもそも貴様らなど必要ないと言っているのだ」


「ランスロット!!」


 アリサが俺とランスロットとの会話に割って入る。いつも何を考えているか分からない笑みを浮かべているから、怒鳴るような声をあげるとは思わなかった。


「少し黙りなさい。とにかくアイク様は私の客人なのです。そこまで聞き分けがないのであれば、勝手にやりなさい」


「し、しかし聖女様……」


「もう、結構です。私だって自分の身を守れるくらいの力はございます」


「まぁ、待ちな団長。いいじゃねぇか。ちょっとくらい実力を見てやろうぜ」


「ギルバート……」


 大柄の男がギルバートの肩を掴む。


「おう少年!! すまないな!! ウチの団長が堅苦しいやつで!」


「誰が堅苦しいって?」


「まぁまぁ落ち着けよ。団長はこいつらの事が心配なんだろう? 聖女様が少年達に何を求めているのかは知らんが、聖女様にも考えがある。だけど、このままでは話は平行線ってやつだ。そこでだ」


 ギルバートは自身の胸をドンっ! と叩いて、


「俺に目掛けて攻撃してこい! それで俺らと行動できるか決めてやる……団長もそれで構わないな?」


「ギルバートが言うなら構わないが……」


「何を勝手に」


「聖女様。悪いが……俺達だって暇じゃないんだ。実力がなければ死んでしまうかもしれないし。何かあってからじゃ遅い。こいつらはまだ若い。何をさせようとしてるか分からないが、少しだけこっちの顔も立ててくれ」


「おい、ギルバート! 聖女様に失礼だろ!」


 怒るランスロットに対して『まぁまぁ』とギルバードはなだめている。とはいえ、ランスロットはギルバートに対して、強くは言えない……そんな関係のようにも見える。


ランスロットが団長と呼ばれているのだから、力関係でいえばランスロットの方が上のように見えるのに不思議な関係だ。


「よし。ということだ少年! まぁ、胸くらい貸してやるよ!!」


 ギルバートその姿に釣り合った大盾を構える。いや、お前の胸なんていらんがな。俺が求めているのはルナの胸だけだ。まったくふざけた野郎だ。


だが……、


「いいだろう」


 俺の実力が将来敵になるかもしれないやつにどれだけ通じるのかは気になるところではある。ククク……アリサめ。そっちが俺のことを利用しているつもりかもしれないが、逆に利用させてもらおう。


「俺は栄光なる聖騎士団討伐隊所属!! 鉄壁のギルバード!! さぁ!! 少年よ!! 全力でぶつかってくるがいい!! 一度現実ってのを教えてやろう!! 少年も名乗るがいい!!」


「ハンバルク公爵家次期当主。アイク・ハンバルク……そしてルナの夫だ」


「ハンバルク……なるほど!! 来い!!」


 ギルバートは何故か俺の名前を聞いて目を輝かせている。これじゃあどっちが少年だか分かったものではない。それに大柄の上になんて暑苦しい……。ささっと終わらせるか。


「それでは失礼して……ウインドストーム」


「ふっ……! よりにもよって初級のウインドストームとはな! そんなものでは俺の防御は崩せない……って、なにぃぃぃいいいい!!!?」


 低い悲鳴と共に空高く宙を舞う鉄壁のギルバード。


 そのまま鎧と盾と仕上がった筋肉のせいで落下速度は加速する。とはいえ、そのまま地面に激突して死んでしまっても困るから、風の魔法で少しだけ速度を軽減した。


「グヘっ!!」


 とはいえ、痛いことには変わりないだろうけど。


「ぎ、ギルバード!!?」


 落下した鉄壁のギルバードに近づくランスロット。ギルバートは地面に伏せたままピクピクと動くのであった。

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