第17話 聖女からの依頼

「アイク……あんた一体なにをしたの??」


「何って……急にどうしたんだ? マーシャ姉」


 王様のパーティから屋敷に帰って二日後の昼。今日はルナと全力でイチャイチャする予定だった。そのために、今さっき雑務も日課のトレーニングも全力で終わらせたばかりなのに。


領主である父はまだ王都にいるから、今日がより羽目を外せるチャンスなのだ。


「聖女様がアイクに用があるって尋ねてきたんだけど」


「は? 聖女様が? どうして?」


「いや、どうしてって言われたって私は分からないわよ。今はそういうことを言っている場合じゃないの。ウチの屋敷の前に教会の馬車やら護衛の聖騎士団やらがいっぱい来てんだって。アイクのお客さんなんだから、アンタがどうにかしなさいよ」


「えぇ……」


 正直言って、めちゃくちゃ会いたくない。


 だって、いずれ遠くない未来で敵として対峙しなければならないのだ。


 今抱えている戦力を含めて、手の内を晒したくない。


 だからといって無下に返す訳にもいかない。聖女とは国民が崇める女神教の象徴。聖女を敵に回すということは、王国内の全てを敵に回すと言っても過言ではない。


 フォーチュンラバーのゲーム内であれば攻略ヒロインという前提があるから、聖女を敵に回す前提がないままゲームをプレイできるけれど、いずれ敵になると考えるならば対応しなければならない。


 今は力を付ける時。敵に回すなら勝てる見込みが出てきてからだ。


「お邪魔致しますね」


「せ、聖女様!!? どうしてこちらに!? 応接間でお待ちしているはずじゃ……!」


 マーシャ姉はめちゃくちゃ慌てていた。


「申し訳ありません。こっそり後を付けさせて頂きました」


 アリサは淡々と答える。


 修道服姿、金髪美少女とユーザーを狙い撃ちしたようなビジュアルは、実際に目の当たりにすると圧がすごい。男女問わず、骨抜きにされそうな雰囲気が漂っている。


「いえ、むしろ私が連絡なくお伺いしたのですから、私から出向くのが礼儀だというものですわ」


「……俺に用があるということですが」


「えぇ、実は折り入ってアイク様にお願いがございまして」


「お願いですか」


「そうです。もちろんタダでという訳ではありません。報酬も弾みますよ。そうですね。達成して頂ければ金貨30枚ほど差し上げます」


 金貨30枚は決して安くない金額だ。金貨10枚でこの世界で暮らす人の年収分くらいの価値がある。つまり3人分の年収分の報酬を提示しているのだ。


「……その金額なら冒険者ギルドに依頼された方が、安上がりで確実だと思いますし、それに公爵家の俺≪出来損ない≫よりも勇者様に頼めばいいと思いますが」


「金額のことは気にしないで下さい。このお金は私個人のお金ですから。別に教会の方に何も言われる筋合いはありませんもの……それに、可能であれば勇者様には借りを作りたくないものでして」


 アリサは勇者の単語で露骨に嫌な顔をしていた。きっと二人の間に何かあったのだろう。まぁ、俺には知ったこっちゃないけれど。


「そうですか。とりあえず、金額の前にまずは依頼の内容を聞いてもいいですかね? 受けるかどうかは内容次第ですし」


「あぁ……私としたことが、それは失礼致しました。ご依頼したい内容は『ブラックドラゴンの偵察任務』です」


「ブラックドラゴンの偵察任務ですか」


「詳細としては西の山脈に狂暴化したブラックドラゴンが出現したらしく、その調査をお願いしたいのです」


「西の山脈だって?」


 西の山脈でのブラックドラゴンの討伐といえば、フォーチュンラバーの中盤で発生するイベントだ。


 イベントの内容は本来3年後に発生するもの。3年後のイベントで最終的に魔王の影響でブラックドラゴンはさらなる成長を遂げ、周囲の街に甚大な被害を生む。


 そこに1ヒロインである聖女と主人公である勇者が魔物を倒し、成長と共に周囲から称賛を得ると言った流れだ。だけど何故こんなに早くに活性化しているのだろう。


 だがそれよりも大きな問題がある。


「西の山脈は我がハンバルク公爵家の領地内のはず。なんで俺達に情報がないんだ? マーシャ姉はこのことは知ってた?」


「いえ……私も初めて聞いたわ」


「そうか……領民に被害が及んでいる可能性があるよな……」


 だとするならば、一刻も早く西の山脈に向かわなければいけない。


 ルナとイチャイチャできないのは残念だけれど、俺のルナの将来のため。面倒ごとは早い内に片づけるのが吉。


「あの……聞いてもよろしいでしょうか? その任務は安全なのでしょうか? できることなら私の弟に危険なことをさせたくないのです……ドラゴン相手なら最低Sランクのモンスターですよね?」


「えぇ、マーシャ嬢の仰る通りです。ですがご安心を。危険な役回りは聖騎士にお願いするので……あくまで、調査だということを念頭に置いて頂ければ」


「なるほど……だからアイクに依頼したのが討伐ではなく、調査なんですね」


 アリサはあくまで調査ということを強調している。戦わずに辺りを確認して逃げれば、特に大きな問題はないだろう。


「これも無辜なる民を救うため。それだけではもったいないので、私とアイク様の関係作りと思ってくだされば」


「関係作りは置いておいて依頼は受けるし、金もいらない。俺も罪のない領民を見殺しにすることなんてできない」


 お父様には後で報告をしよう。一々お父様の許可など取っていられないし、ぶっちゃけ適当なこと言っとけば納得するだろう。


「いい目つきですね」


「いま、なにか?」


「いえ。何も言っておりませんが」


「…………」


 なんて面倒な相手なんだ。たしかにアリサは何か言ったはずだ。

それなのにとぼけたことを言いやがる。


「良いことを思いつきました。せっかくなので今回は私も協力しても宜しいでしょうか?」


「どうしてそこまで? 今回は我が領地でおきたこと。聖女様がそこまですることはないのでは?」


 俺はあえてとぼけたフリをして聞いてみた。アリサが俺に協力する理由は簡単だ。教会の威厳を保持するのに都合が良いからだ。ただ俺としては聖女であるアリサに借りを作りたくない。


 しかし返ってきた答えは俺の予想と大きく異なった。


「そうですね。ここだけの話、魔王を倒すのは、勇者様ではなくアイク様だと思っているのですよ」


「は……?」


「だからこそ、今の内に恩を売ろうと思いまして」


 アリサはそう言ってにっこりと笑みを浮かべるであった。

 俺はアリサの言っている意味が分からなくて何も言い返すことができなかった。



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