第15話 舞踏会のその後 SIDE.ルナ

「やっぱり私にはアイク様しかいないわ」


 私とアイク様は馬車の中。アイク様は疲れているのか、私の隣で寝息を立てている。寝顔は年相応の――私と同い年の男の子。


 時折、振る舞いも私への接し方も大人っぽくて時折同い年ってことを忘れてしまうけれど、寝ている間はあどけなさが残っている。直接言えないけれど、可愛い。


 今日はとても嬉しいことがあった。

 アイク様は私のために怒って下さったのだ。


 発端は勇者という男が私の事を侮辱したことが発端だった。私に対して下女にしてやるだとか、本来だと口にすることすら恥ずかしいことを私に言い放ったのだ。


 あの勇者とかいう男には憤りしか感じない。私が侮辱されたからではない。アイク様を馬鹿にした態度には許せなかった。重ねて言えば、あの王宮にいた見る目のない貴族達も許せない。アイク様がいなかったら私は全員を殺していただろう。


 だけど、私のために怒って下さったアイク様を見ることができて、私は幸せだと感じてしまった。不謹慎だって分かっているけれど。


「こんな嫌な性格にされてしまったのですもの。一生をかけて責任を取ってもらわないと割に合いませんわね」


 舞踏会が終わった後、すぐにアイク様と私は王宮を出た。


 お義父様はまだ王宮でやることがあるらしく、アイク様が無理を言って先に帰らせて頂いた。


 踊っている間は本当に幸せな時間だった。


 しかも私のために踊ってくれた。踊り始めに『ここにいるのは嫌かもしれないけれど、俺のワガママに少しだけ付き合ってほしい』と声をかけてくれた。


 きっと勇者とかいう男が私を自分の下女にするなんて言ったものだから周りに知らしめてくれたのだろう。私がアイク様の婚約者だと見せつけるために。


 そんなことをしなくても、私にはアイク様しかいないし、アイク様以外に男なんて興味すらない。私にはアイク様だけいれば何も望まない。


「そんなことをしなくても、私から離れる訳ないじゃない」


 仮に、アイク様から離れたいと言ったって、離れてあげないし仮に死んだとしてもあの世まで追うけれど。


 とは言いつつ、アイク様は全て私のために頑張ってくれている。


 結婚する前はふくよかな体型をしていたのに、私が横に並んでも恥ずかしくないようにという理由だけで身体を動かし始めた。身体を動かし始めて一か月半くらい経過したが、その成果は出ている。


 私がアイク様の変化に敏感なのもあるかもしれないが、それを抜きにしても前よりは身体がすっきりし始めていた。だけど正直困る。


 アイク様が痩せられて、もっとかっこよくなってしまったら、他の女共がアイク様に色目を使い始めるだろう。実際、痩せていく度に徐々に端正な顔立ちがより浮彫になっていた。


 それでもしも他の女どもがアイク様に手なんて出そうものなら……私は何をするのか分からない。近い将来、妄想ではなくなるだろう。


 それに私だってアイク様に尽くしたい。アイク様が望むもの全てを捧げてあげたい。心だって、力だって……私が持っているものを与えたい。願うなら私の命だって捨ててあげられる。


 でも前提として私のために何かをしてくれるのは嬉しい。


 だけど、それ以上に私はアイク様に喜んでほしい。私だけを見てくれる確かな理由が欲しい。私という底なしの沼にハマって抜け出せなくなるくらい。


 だって私はアイク様を愛しているから。


 好きなんて言葉では足りない。アイク様がいなければ、私は行き場を失くし、きっとどこかで惨めな死を遂げていただろう。


 だから私はアイク様を愛している。


 幼い頃、愚かなことをしてしまった。アイク様が私に対して好意を寄せてくれたことに快感を得てしまったのだ。その結果、幼いきアイク様を傷つけたあげく、アイク様の気持ちは私から離れてしまった。


 そこから10年が経った。今のアイク様は愚かな私を受け入れて下さっている。


 今なら同じ過ちを繰り返さない。


 今度は私がアイク様に執着する番。そしてアイク様にも私に執着してもらう。私とアイク様しかこの世界にいらないと錯覚してもらうのだ。


 そういえばアイク様は時折、私の胸に視線を寄せる。


 アイク様自身は気づいてないかもしれないけれど、視線が分かりやすいところも可愛くて、愛おしくて、好き。


 そのことを言ったら私の胸なんて気にしていない素振りをするだろうけれど、むしろ私としてはむしろ触ってくれたっていい位だ。他の女に取られるぐらいなら、そのほうがよほどマシ。これからもっとアピールしてもいいかもしれない。


「これからは私だけを見てもらえるように頑張りますね」


 私は寝息を立てるアイク様を抱きしめ、ゆっくりと目を閉じるのであった。

 アイク様の匂いを、体温を……夜が明けるまで堪能するために。


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