第3話 推しを侮辱するやつは絶対に許すつもりはない

「うぉぉおおおお!!! ルナっ!! 今戻ったぞ!!」


 俺は全速力で自室に戻る。若干、息が苦しいような気がするけれど、戻れれば何でもいい。


「アイク様……おかえりなさいませ!」


 ルナは再び俺の胸の中に飛び込んでくる。


 おうふ。なんて幸せなんだ。最高すぎる。だけど、あんまり勢いよく飛び込むと眼鏡が壊れちゃうゾ?


「失礼致します。アイク様……あら、この方は?」


「お前は……なんでここに?」


 こいつはアイクの兄――ライザに付いているメイド、ユークリッドである。


「ただのお使いでございますよ。ライザ様からアイク様にお届けものをするようにとお使い頼まれたものでして」


 フォーチュンラバーの原作ではライザは弟であるアイクを虐めていた。そのせいなのかは知らないがユークリッドはアイクのことを小馬鹿にしているシーンもあった。


 というか、アイクを惨めに見せるのだけは、やたらと力をいれていたと思う。アイクに恨みとかあるのだろうか。


「お初にお目にかかります。アイク様と婚約をさせて頂きました、ルナ・オルハインと申します」


「ルナ・オルハイン……あぁ、呪い持ちの」


 ユークリッドは明らかにルナに対して嘲笑を浮かべていた。


「まるで娼婦ですわね」


「ユークリッド、俺を馬鹿にしているのか?」


 仮にも婚約関係を結んだのは俺だ。その妻であるルナを侮辱するということは、主人である俺を馬鹿にしているのと同義だ。だが、


「あら? 私、アイク様の悪口を言ったかしら?」


「……俺の嫁を馬鹿にすることは、俺自身を侮辱しているのを知らないのか?」


「初めて知りましたわ。次から気を付けさせて頂きますね」


 ユークリッドはニヤニヤと小馬鹿にしたように笑う。


 ずいぶんと強気だな。仮にもユークリッドは使用人で主従関係の力加減でいれば、当たり前だが主人の俺の方が上だ。


「おい、調子に乗るなよ」


「調子に乗るなよ? あら、今日はずいぶんとお元気なのですね。それとも私を笑わせようとして下さっているのかしら? アイク様は下々の方にもお優しいのですね」


「お前がそのような態度なら、こちらにも考えがある。例えば――長年、ハンバルク家の予算から横領しているとか、な」


「……証拠は。いえ、ハッタリですね」


「そうか。ハッタリかどうか調べてみれば分かると思うがな。とはいえ、それだけじゃないだろ? 執事長と結託して他の使用人を自身の職権乱用して、自分に都合の良い人間で固めているとかな?」


「ありえません!! ま、まさか執事長がアイク様に!! 裏切ったの!? あの人は私に惚れているはずなのに……!」


 ユークリッドは挑発的な態度から一転。まるで自分が悲劇のヒロインのように頭を抱えて動揺をしている様子だった。


「なんで今まで泳がせていたか分かるか?」


「お、お許しください!! 私が間違っておりました!!」


「お前みたいな無能を使って、他の無能を炙り出すためだ」


「私が無能……!?」


「あぁ、もちろん。お前は無能だ。自分が有能だと思っている無能が一番救いようがない。あぁ、あとお前だけは絶対に許すことはない――今までは見逃してやっていたが、俺の嫁を馬鹿にするやつは死よりも恐ろしい絶望をくれてやる」


 きっと、今の俺は最高に悪役なツラをしているんだろうな……めっちゃ気分がいいけど。


 これが原作ストーリーや設定資料集を隈なく読み込んだ成果だ。


 こんな形で実を結ぶとは思わなかったけど。


「さっさとこの場から去れ」


「まさかライザ様が家を留守にしている間にこんな卑怯なことをしてくるなんて……絶対に後悔させてあげますからね!!」


 ユークリッドは恨み節を呟いて部屋を出る。舐めるな。むしろお前を後悔させてやる。


ルナを馬鹿にしたことの報いを味わせてやるから覚悟していろ。


「アイク様――これ以上、好きになってしまったら、私は――」


「今、なんか言ったか?」


「い、いいえ。なんでもありません」


 ルナは眼鏡をクイッと直す。眼鏡のレンズが反射したせいで、今、ルナがどんな表情をしているのか読み取ることができない。


 俺が一人闘志を燃やしていたせいで、ルナの発言を聞き取ることができなかったとは……なんたる不覚!


 あ、でも眼鏡の隙間を覗くルナの頬が紅潮しているように見えるけれど……、もしかして。


「ルナ!! すまない! まさか体調が悪いのに無理をさせてしまって!!」


「え? ふぁっ!!」


 俺はルナのおでこに手を当てる。あぁ、やっぱり。


「こんなに熱があって……すぐに部屋を、いや、一旦は俺のベッドを使ってくれ! 横になることが最優先だ!」


 くっそ、風邪を引いていたら辛いだろうに!! それなのに、辛そうなことを微塵も見せないで! あぁ、なんてルナは優しい子なのだろう。


「あ、あの……これじゃあ一層火照ってしまうのですけど」


 ルナは何かボソボソと言っていた気がするが、わざわざ聞き返して体力を使わせたくない。大丈夫、俺は分かっているから。


 その後、俺は一晩中ルナの看病をするのであった。


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