第2話 お父様、推しとの婚約認めて頂けますよね?


 俺、佐藤 優斗の前世は本当にクソだった。


 大学を卒業してからはエブリデイ残業祭り。


 今話題のブラック企業というやつだ。


 すぐに会社を辞めるのは良くないと3年頑張ってみてものの時間が経つほどに友達との交流が無くなり、気がつけば俺の友達は机に増殖する栄養ドリンクの空き瓶とたった一人の友人だけ。


 もちろんそんな状況じゃ彼女なんてものはファンタジーだった訳だから、人寂しさだって正直あった。


 そんな人生の楽しみといえば、たまの休みで唯一やる恋愛シュミレーションゲームであるフォーチュン・ラバーをやりこんだ。


 フォーチュン・ラバーをやりこんだのはただ一つ。推しのキャラクターであるルナ・オルハインがいたからだ。


 ルナはフォーチュン・ラバーではラスボスの立ち位置だったけれど、隠しキャラとしてルナの攻略ルートがあるかもしれない……そんな一縷の望みにかけて全ルート何週もやりこんだ。


 続編を期待して設定資料集も読み込んだのに……!!


 まさかルナの攻略ルートどころか続編も見込めないなんて……!!


 本当にクソな日々だった。死のうとさえ思った。それなのに今は、


「アイク様……! 私、お慕い申しております♡」


 推しのヒロインと抱き合っているなんて。


「あぁ、俺も大好きだよ」


 俺がルナと婚約を結んでから、ルナはずっと俺の胸に頭を寄せている。今のところ、時計の類いは見つからないが、太陽が傾いているのを見るとおそらく2時間くらい経過した。


 不思議なことに仕事の2時間は死ぬほど長かったけれど、ルナと抱き合っているこの時間は一瞬で経過した。


「え、えへへ……」


 守りたい。この笑顔。


 かつて、数少ない友人にどれほどルナが可愛いかを熱弁しても『眼鏡をかけてるだけでデバフかかってるからなぁ(笑)』と煽られたことがあった。


 その一言がきっかけで数少ない友人をぶん殴り、喧嘩になったのは良い青春の思い出だ。


 俺だけがルナの可愛さを理解していれば何も問題はない。


 ただフォーチュンラバーでもルナの人気は高くない。ファン投票をしても下位。投票総数386票に対して、ルナへの投票数は1票のみ。しかもその1票は俺の投票分。


 おかしい。少なくとも眼鏡フェチの俺からしたら完璧な美少女。やはり世界の方が間違っていたのだろうか?


「あぁ……マジで可愛い」


 お腹に押し付けられているおっぱいが無視することができない圧倒的な存在感を放っていたとしても、眼鏡のレンズ越しで見つめるルナの瞳は何よりも美しい。むしろ、レンズという越しの瞳は無意識に俺の中の庇護欲をそそる。あぁ、マジ天使。


「アイク様。当主様がお呼びです」


 しかし、残念ながらそんな素敵な時間は長くは続かなかった。


「はぁ……分かった。すまないがルナは俺の部屋で待っていてくれ」


「はい……! あ、あの……すぐに戻ってきますよね?」


 ルナは不安そうに俺を見つめている。現状、ルナを守れるのは俺しかいないから心細いと思っているかもしれない。


「あぁ、もちろんだ。すぐに終わらせてくる」


 原作知識を持った社畜サラリーマンの力を見せてやる。すぐにルナとのイチャラブ時間に戻ってやる。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「アイク。あの女と婚姻関係を結ぶとは……何を考えているのだ」

 ここはお父様の執務室。


 アイクのお父様――ガノン・ハンバルクは白く立派な髭に触れながら明らかにお怒りになられていた。現在、ぶち切れの模様……なのだが、ガノンのぽっこりしたお腹に目がいってしまう。


 この子にして、親である。ぽっちゃりは遺伝なのだろうか? 悲しくなってくる。


「何を、とは?」


「1から100まで言わないと分からないのか!? あの女! ルナ・オルハインは呪いの力を持った女だぞ! 故に王族が僻地に追いやろうとしているのではないか! 王家に目を付けられるんだぞ!!」


 ガノンは深いため息を吐いた後、俺に対してビシッ! と人指しを指す。


「いいか。我々ハンバルク公爵家は魔法の名家だ。だから、王家から公爵の地位を頂き、他よりも多少安い税金を納めるだけで、体面を守れているのだ。もしも王家の怒りを買って、税率を上げられたら、どうするのだ! 生活が苦しくなってしまうではないか!」


 おぉ……ガノンはなんて自己中心的な性格なのだろう。


 だけどなんて分かりやすい。この怒りは保身のために怒りだ。


 そういう人間には保身を覆すメリットを提示してあげるだけで簡単に手のひらを返す。これが営業をやらされた時に培った知恵だ。


「お父様は私に何も考えなくルナと婚姻したとお思いで?」


「……聞かせてみろ」


 お父様は存外に『違うのか?』と言ってきた。『一応、聞いてやる』くらいのスタンスなんだろう。だけど、社畜生活で培った俺の営業スキルを舐めるなよ。


「お父様。毒も制すれば薬になるというお言葉をご存知でしょうか?」


「続けてみろ」


「言い換えるならば、王家はルナが持っている呪いの力を恐れているのです。だとすれば、我々が味方であることを証明すれば、いずれは我らの力になります。なにせ、今のルナ・オルハインは我々の手元にいるのですから」


「しかし、それでは王家と敵対してしまうではないか!?」


「敵対すればいいでしょう。これを機に我々ハンバルク家がこの国の頂点になるのです。考えてみて下さい。今まで魔法使いの一族として、この国を真に支えてきたのは誰か? 我々ハンバルク家でしょう!? お父様は悔しくないのですか!?」


「そ、それは……! い、言われてみればその通りだが……」


 よし。お父様は俺のトークに心を揺るがされている。おと一押しで全てが上手く行く。


「大丈夫です。私に任せて下さい。王家と対抗するための秘策がございます」


「秘策だと……! そんなものがあるのか!?」


「えぇ……『アーティファクト』といえば、お分かりになりましょう?」


「アーティファクトだと!?」


 アーティファクトとはそれ一つで世界の勢力図に影響を及ぼす代物。フォーチュンラバー内でも物語を左右する必須アイテムでありながら、同時に数少ないレアアイテムなのだが……


「古い文献を調べていて発覚して仮説を立てたのですが、どうやら、それがもう少しで確証を持てそうなんですよ。あとはお父様のお力を借りれば確実に手元に置くことができるしょう」


 原作知識のある俺にとっては何も関係ない。


 ついでにガノンの顔も立てることにより、俺への印象をさらに良くすることができる。


 全てもぎ取って、最速で最強になるんだ。ルナとのイチャラブ時間のために。


「まさか……外出をしていたのは女遊びだと聞いていたが……」


「お父様、それはカモフラージュです」


「なんと! つまり、王家の人間を欺くためにわざと女遊びに興じているように見せかけていたのか! 自分に王家の目を向かせないために、念には念をいれて……そういうことだな!? アイク!!」


「えぇ、お父様の仰る通りです」


「ふははは……! もしもアイクの言う通り、アーティファクトを我がハンバルク家が所有することになったら、王家との勢力図は間違いなくひっくり返るぞ!」


 ついでに少し保険も打っておこう。


「それとお願いがございまして……アーティファクトの捜索ですが、私自ら指揮を執ってもよろしいでしょうか?」


「ほぉ……アイク自ら? それは頼もしいが」


「お父様。自分で言うのも変だと思いますが、私が周りからどう思われているのか存じております。その私が動こうが、どうせ女絡みにしか思われないでしょう。隠れ蓑としてはピッタリだと思いませんか?」


「まさか……そこまで先を考えて……!」


 俺は肯定も否定もせずに頷く。なんか都合の良いように解釈してくれているから、このまま話を進めよう。


「それに文献等の理解度も含めて、私が一番理解に対して深いですから」


「分かった! アーティファクトの件は全てアイクに任せよう!」


 よし。これでアーティファクトを起動した後の所有権は俺になる。これで将来、勇者が現れてと対しても、一方的な負けはなくなる。これでようやくスタートラインだ。


「はっ! お任せください! それではお父様にはある程度人員の準備をして頂きたく――どうもかなりの大きさみたいですので」


「よかろう! 整い次第、声をかけよう!」


「よろしくお願いします。あぁ、それとルナとの婚約は認めて頂きますよね?」


「構わない! 好きにするがいい!」


 あぁ! なんてチョロいんだ! 上機嫌のお父様!! チョロすぎる!!


「ありがたき幸せ! それでは失礼致します!」


 そうして、俺はちゃっかりルナとの婚約をもぎ取って、足早にルナの元に帰るのであった。



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