第2話 もちもちのディッシュ
「おい、元気出せよ。落ち込んでいてもしょうがないぞ」
「慰められても、傷ついた心は簡単には癒せないんだよ。まさかバイト先で唯一無二の天使ちゃんが、彼氏持ちだったなんて」
「しかも、それを告白してから知るなんて。まあ地獄だわな」
正直、自信がなかった。俺が、告白して上手くいってバイト先の高嶺の花を自分のものに出来るなんて甘い考えを持ってしまったうえに、思い切って告白した結果、ものの見事に振られてしまった。しかも、苦笑いで。
「ヨウジ、そんなお前に元気が出るものを与えようと思って、このばか広い公園に連れてきているんだ。感謝しろよ」
この人は、バイト先の先輩で一番仲が良い。たまに飯を食いに連れて行ってくれるのだが、今回は少し違うようだ。都内にある美味しい和菓子屋があるそうで、そこに連れて行ってやると連絡が来た。
そして、連れこられたのは代々木公園だった。この自然豊かな公園で何を俺に食わせようというのか。
「感謝しろよと言われても、一体何を食べる予定なんですか」
「気になるか? 気になるよなあ、気になって仕方がないよなあ」
焦らすな。さっさと言え。
「ま、焦らしてもしょうがないな。ついてこい」
先輩のあとをついていくと、公園を抜けた先にある路地に入っていく。こんな所に和菓子屋なんてあるのかと疑っていると、突き当たりに真っ白い建物が見えた。
「あそこだよ。俺のおすすめの和菓子屋」
「え、和菓子屋? 小さなアートギャラリーとかじゃ・・・・・・あっ」
よく見ると、中で女性の店員がぽつりとカウンターに囲まれて立っている。半信半疑で入ると、ひと皿ずつ丁寧に配置された様々な餅が迎えてくれた。
「いらっしゃいませ」と愛想良く、店員は挨拶をしてくれた。続けて、俺と先輩も「こんにちは」と軽く会釈する。それから、先輩は迷いもなく注文を始めた。
「このそのままの白と、大福を二つずつください。持ち帰りで大丈夫です」
「かしこまりました」
そのままの白と大福の違いがよく分からないが、支払いを済ませると、素早く小袋で用意された餅を手に店を出た。見た目からしてもただの餅、これが美味いというのは、当たり前ではないのか。
餅を片手に、もう一度広い公園に戻り、ベンチに腰をかけた。先輩が途中で買ってくれた緑茶のペットボトルと共に、いざ食べてみることに。
「先輩、これ本当に美味しいんですか? まあ和菓子に当たりハズレはないと思いますけど」
「んー、そういうのじゃないんだよ。注意するとしたら、これを食べたら他の餅が食えなくなるってことかな。まずは、白の方を食べてみてくれ。大福じゃない方な」
「こっち・・・・ですね。わかりました」
大袈裟だよ。と思ったが、舞妓のように小麦粉で白塗りの餅を指先で持ち上げると、その頬はとても柔らかく優しくしないと、せっかくの丸みが崩れてしまうほどだ。まるでつきたて。
それに、ゆっくりと歯を通す。
もっちりとした生地が、クッションのように俺の歯を跳ね返さんとしている。だが、何故だろう。この他の餅と比べて自分を受け入れてくれる感じ、まるで人をダメにするクッションのような柔らかさ。すんなりと、ひとかじりできて口の中で噛めば噛むほど、餅本来の甘みが出てくる。それに、あんこがない。
あんこも何も入っていないというのに、すあまとは違う純粋な甘さ。あれ、いつの間にか食べきってしまった。早く食べ過ぎた代償として、ズボンが粉まみれになってしまった。
これはいかん。
次は、じっくり味あわなければ。
次は大福、見た目は普通の大福なのだが、これまた柔らかい。そのままで先の感動を得てしまっていたのだが、あんこが入ることでどう変わるのだろうか。
今度も優しくひとかじり、すると先程とは打って変わって甘い。
待て待て、この甘さと柔らかさは罪深い。
中身はこしあん、それが餅の柔らかさを邪魔せず、餅本来の甘みを邪魔せず、調和と保ったまま存在している。程よい甘みが癖になる、なんてバランスの良い大福なんだ。
「確かに先輩の言った通りですね・・・・・・。他の餅が食えなくなる。たぶん、他の餅を食べた時に、この柔らかさと味を思い出してしまって足りなく感じてしまうかもしれませんね」
「だろ? ほら、俺の言う通りじゃないか。食べ終わったあと、この苦めの緑茶を口にするのが俺の食べ方だ」
くそっ、また美味いもん口にしてしまった。どんどんと、俺の舌が肥えちまう。まあ、でも他の味もあるから今度買いに行こうかな。それから、忙しくて買いに行けなかった俺は、我慢できず他の餅ではあるが、口にできたのは一ヶ月後だった。
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