第2話 女

向かい合って座るひょっとこ面、それぞれ用意された水、テーブル真ん中左右の錠剤。

なんだ?なんだこのひょっと面は…?

私をさらってまでやりたいことがこれ…?

何が目的、わからない、わからなすぎる。

今は監禁と言う異例の中の異例、逆にごまかしたり嘘をついたりしない方が良いのかも。

…探りを入れてみるか。

「どうしてひょっとこの面なの?」

「おー?どうしてとは?」

「監禁なんてバイオレンスなことするんだから、ピエロっぽいマスクとか、和風にしても般若とか能面とかあったんじゃないかと思って…」


「ッッ!」


ひょっとこ面は突然声にならない声をあげて立ち上がった、なんだ?地雷だったの?

え、顔を隠すお面が最重要のミステリー?

「バ、バイオレンスなことをするのはピエロの印象?」

「え、ええ」

「どうして?」

「ん?」

「どうして!どうして、どうしてそう思ったの?」

「あっ、わかん、ないです」

「あ、ああ、そう」


なんだ、何が聞きたい?過激なことするマスクはピエロ、が多い…?そういえばなんでだろう。

……ん?なんでだろう。


「本題に戻りましょうか、どっちを飲みます?」

そんなこと言われても、お面ひとつであんなに取り乱されたら何を言うのも怖い。

だが、ゴチャゴチャと考える余裕もなく、言いたいことを言う事にする。


「…有名な話よね、これ」

「有名…ってのは、多くの人に知られてるってこと?」

…変だな、有名の定義を聞く?もうなんでもいいわ。

「え、ああそう、有名なテストというかクイズ。男は監禁した人物に、薬を用意し、どちらを飲むかを選ばせる、必ず監禁された者が死に、男は生き残る『どちらを飲むかを選べ』としか言っていないのがミソなの。2つ用意されていたのは薬だけじゃない、水も2つ用意されている。監禁した人の所に置いてある水に毒がはいってたから、男は死なない、これも、そう言う話?」


「…そうよ、見えない前提の話よね」

あっけらかんと答えるひょっこと、私はどうすればいいのか固まってしまう。

「…えっと、つまり私はあなたのコップの水を飲む、錠剤は右でも左でもどっちでも良いわ、でも右は足枷がついてて嫌な感じだから、左にしようか、なぁー、」

動かない、相手が動かない、枷がついてるから私は錠剤にすら手が届かない。

冷静に考えれば元の話の男だって見破られたら実力行使にうつるだろう、監禁できてるんだから!しくじったか…?


「んじゃ、はい。」

そう言いこちらにグラスをテーブルに滑らして渡してきた、左の錠剤も滑らして渡す。

「あ、え」

飲むのか?

ひょっとこは、さっき見えない前提と言った、あの問題は、たしかに水と錠剤以外のある見えない前提の上で話が進んでいる。


「何してるの?私はあなたの所にある水と右の錠剤を飲む、コップをちょうだい」

…身を乗り出してコップを差し出す、ひょっとこは右の錠剤を手元に置き、コップを受け取った。

「じゃあ、せーので飲みましょう」

「…飲まないという選択肢は…?」

「はいっ、せーの」

もし水に毒が入っていたとしたらと考え、できるかぎり少量の水で飲み込む。

そのことも考えてかちいさなグラスだったので結局ほぼ口にいれることになってしまった。


ひょっとこが斜め上を見上げこう言った。

「見えない前提の話をしましょう」

「見えない、前提」

「ここには、何個の見えない前提があると思う?」

「…私は、一つ見つけました」

「聞かせて」

「元の問題は、日本で作られた問題ではない、もっと、現実的に日本でこのゲームが起こりそうな犯人の心情としては自殺願望」

「んー、おお」

鍋を進めてきたひょっとことはすでにかなりテンションが違う。

「例えば、自殺したいけど一人で死ねない男が、ゲームをして、負けたら死のうと決めて誰かを誘拐、死ねなくても警察につかまり、懲役か死刑、それも悪くないと考える」

「へー」 

「あとは、そうだな…無理心中、誰かと一緒に死にたい人間が、この最後のゲームを考える、しかし、実は毒を飲まない方法などなく、生きていたいと渇望する人間を見ながら相手も自分も死に至る」

「ふむふむ」

「どうなんだよ!生返事ばかりしてないでさぁ!私もお前も薬と水を飲んだ!これが最後なんだろう?話せよ!冥途の土産もくれないのかよぉ!」


このムカつくひょっとこの面をむしりとるのを引き止める足枷が私の血液を沸騰させる。

「どっちもただの水よ」

「ああ、じゃあ両方の錠剤が毒かよ…一番くだらねぇ…」


「いいえ、ただのビタミン剤よ」

「は…、え?そんなわけが…じゃあ、なんで私を監禁してこんなことを?!」

「自分の名前言える?」

「え?」

「さっきから、私、私って言ってるじゃない、その私の、自分の名前、言える?」


なにを言っているんだ…?私は竹、竹、あれ?名前、なんだ?


「言って、名前を」


「た、たた、た…た、たけ…た、たたたけ…」


名前、名前?監禁、攫われた、どこから?どこを歩いていてどう攫われた?


ここに監禁される前の家は?え、暮らし、食事、なにして過ごしていた?


あれ、あれ?私、わ、私わたし…


「だいぶ、良くなったね」

「え?」

テーブルの向かいを見ると、ひょっとこのお面に手をかけ、髪の毛を解く。

複雑に微笑んでいる女性に、見覚えがあるような、ないような。







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