この一冊に、僕のすべてがある。
僕が一番好きな小説は、「ハイライトは蒼く燃やして」という作品で、僕はこの一冊の本を崇拝していて、この本に人生の目標を与えられ、この本のような作品が書きたくて、生きている。この一冊に、僕のすべてがある。人にはそれぞれ好きな作品だとか、影響された作品というものがあると思うが、このように一つの本に取り憑かれて、呪われているというのは中々ないことかもしれない。「ハイライトは蒼く燃やして」に出会えたことは、幸福なことだと思うし、不幸なことだと思う。この本は同人の本で、本屋にはない。僕が文学フリマで買ったのが、最後の一冊だった。元々はWEB小説で、そこでも人気というわけではなかった。だから、僕はこの作品の感想を共有したいがために、文芸部の友達によくこの本を貸して読んでもらう。そうすると、僕という人間が分かってもらえる感じがする。『お前の体の半分はこの本でできてるな』と言われたことがある。僕の作品には、この本の影響がかなり強く出ているのだ。
「ハイライトは蒼く燃やして」は私小説で、だからこそ、偽物ではなく、現実の物語として殴るような力がある。この作品にはたくさんの印象的なセリフや文章がある。僕が好きな断片をここに載せようと思う。それで気になってもらえたなら、リンクをのせておくので、ぜひこの小説を読んでほしい。そして、僕にその感想を教えてほしい。この小説の感想を聞くのは、ほんとうにうれしいことだから。
・「今まで聞いた中でもっとも美しい曲ができたんだ。俺は不思議に涙が出ていたし、通りすがりの親子が笑ってくれた。そうしたらな、もう俺の人生はここで終わってもいいような気がしたんだ」
・「生の本質は愛かもしれないって、ようやくわかってきた気がする。でも、それは一般化できるような普遍的なものじゃない。エロスでも、フィーリアでも、アガペーでもない。とてもいびつなカタチをしていて、それでいて常にその容貌を変えつづけてる、そんなモノ」
・小説を読んだとき、自分とは性格がまるきり違う主人公に同情したりだとか、懐かしさを覚えたりするのと同じだ。誰しも一様ではないが、他者に何かを喚起するだけの力は有している。言葉にはそれだけの力がある。
・僕にできるのは、今このときを過ごすこと。そして、二十七までに自殺を図ること。その二つだけだったのだ。
・「いえ、僕も暇だったんで。それより、先輩っていつもこんなことしてるんですか。読み終わった本を燃やすなんて」
「そうね、いつもだいたいこんな感じ。私こうやって本の命をもらっているの。食べているのよ」
・「だから君は大学に行かないほうがいいわ。私と違ってその”方法”が分かったら、受験を志すといいわ。さもないと、自殺が四年後に延びるだけだから」
・あの人の振る舞いは、あの人の生き様は、そしてあの人の文章は、僕の心に種を埋め、発芽し、いまなお生きていると思う。しかしそれは大輪の花を咲かせることなく、ただ蔓草として僕をがんじがらめにしていただけなのだ。僕は、そう悟った。
・酔っぱらいがビニール傘を擦り合わせながら闊歩していくなか、彼女の赤い傘はひどく目立った。まるで池の上に一輪咲いたバラのように。
・先輩の口からハイライト・メンソールの匂いがすると、僕は安心してたまらなかった。
・「そういうものの最悪の例が、自殺だ。精神が傷ついたら、肉体も同じように傷つけなくちゃならない。人はそうすることで生きていられるんだ。……少なくとも、死ぬまではな」
・池の周囲に広がる遊歩道と、芝生。僕は青々と茂るその上に座り込み、彼の電話を受けていた。池野も同じく芝生の上にいると言っていた。そしてそこでギターを鳴らして、最高の音が出たから、もう死ぬのだと言った。
・「自殺を試みる者に言ってはいけない言葉は、『誰かが悲しむ』だとか、そういった死を引き留める言葉だ。死を求める者が望んでいるのは魂の充足であり、他者からの要求なんかじゃない。自己の要求だ」
・「かまわないよ。吐きたければ、吐けばいい。吐けるのならな。……それより、とおまえの言ったことは正しいよ、池野。自分のうちに秘めているものは、一度なにかしら形あるものとして出力するべきだ。それは話し言葉であってもいいし、なにか作品としてでもいい」
・小説は生きている。小説は人生だ。そして、人生とはタバコである。
・「いいか宮澤、おまえは、おまえ自身でそれを見つけるんだ。自分が作り出すべき最高の音を。そうしたら、すべてが上手くいくようになる。……おまえの幸運を祈ってるよ。いつまでも、あの世でも」
・今年の三月。豪雨の新宿で、先輩がくれた一箱のタバコ。それはあの人が見せた最後の久高美咲であり、僕にとって別れるべき女でもあった。 本棚の上。神棚のように飾られた、吸いかけのハイライト・メンソール。
・「そう?ありがとう。でも、私って変な女だよね。ほら、こうして本を燃やすなんて。いつか人を殺すよ」
先輩は短くなったタバコを携帯灰皿にねじ伏せた。そのときの彼女の横顔は、どこか物憂げだった。病的なまでに、物憂げだった。
・「いままで悩んだことや、苦痛に抗おうとしていたこと、そのすべてがらどうでもいいように思えたんだ。すべてが赦されたように思えた。俺はこの瞬間、この音を出力するために生きていたんだと思えたんだ。……だから、死のうと思う」
・タバコ一本を吸っては、また求めるように唇を重ね合った。そしてお互いに舌を絡ませ合い、やがてヤニの味が消えたら、またタバコを吸い、唇を重ねた。お互いに摂取したニコチンだとかタールだとか、苦痛だとか快楽だとか、そういったものすべてを共有するように。
・自分の夢は、サラリーマンになって家庭を持つことなどではない。二十七までに小説家になって、作品の一つでも出し、それが誰かに読まれるにせよ、そうでないにしろ、二十七のうちに自殺する。
・まったく何になりたいのか、何をしたいのか、何もはっきりしない品だった。 だから僕はこいつに惚れたのかもしれない。路頭に迷う男の象徴のような、調子外れの、的外れの、音楽を奏でることもできないギター。
・気づけば七月を過ぎていた。僕は相変わらず感傷をタバコでごまかし、辛うじて生をつなぎとめていた。肉体的な死を近づけることで、精神と身体の傷を擦り合わせていた。
・「正確にはイーストボーン。あとでネットで調べてみるといい。そのに巨大な白亜の崖がある。いま、俺はそこにいる」
「どうしてそんなところに?」
「死ぬためさ」
・「本が……生きている本が読みたいんです」
・すべてを賭けたうえで、そう考えることしかできなかったのだ。そこに正しさとか、間違いだとかいうものは存在しない。あるのは、その死が正しかったと思えるだけの充足感と、その根拠だけだ。そして池野にとっては、それが音だったのだ。
・紫煙がゆらめく。先輩はそれを肺へ取り込む。吐息。言葉に変わる。 「ねぇ、宮澤くん。私、終電逃しちゃったんだけど」
・つまり僕は、燃やされるタバコの葉に過ぎなかったのだ。赤く燃え尽き、灰と化し、水に濡れて悪臭を発するそれでしかなかったのだ。
・先輩は上着のポケットから紙巻きの煙草を取り出した。ソフトケースに入った十本ほどの煙草。緑と白のパッケージのそれは、ハイライトのメンソールだった。
・タバコとは、今を生き急ぐ人間のための嗜好品。その一瞬で命を削り取っていく。刹那主義のシンボル。
・電話に出るとき、「私だ」とか「俺だ」とかそういう風に名乗る人は映画の中にしかいないと思っていた。でも、この久高美咲という女は、現実でもそれを口にできる数少ない人間だった。
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