言葉という海
僕は、言葉と戦っている。言葉という奴は、僕の視界に納まりきらないほど大きくて、底がなく、どこまでも落ちてゆくほどに深く、おもわず目が回るほどの混沌で、それでいて、美しい。僕は、言葉という海に漂っている。宝石のように青く輝く海に潜ると、そこには、多種多様の、溢れかえるほどの言葉が泳いでいる。ヒレを素早く左右に揺り動かし、舞い踊るようにすいすいと言葉は泳いでいる。僕は壮麗で堅固な城を作るために、海の中で泳いでいる言葉を捕まえないといけない。それは、選ぶにはあまりにも膨大な数で、捕まえるにはあまりにも速い。僕は必死に泳ぎながら、どの言葉なのか、どの言葉にするべきなのかと、懸命に言葉を探す。探している言葉は、物陰に隠れているようで、中々見つからない。それでも必死にかき分けて、僕は言葉を探す。すると、たくさんの言葉が埋め尽くす、その隙間に、黄金色に光る言葉がいる。僕はその言葉をそっと掬い、こと、と城の土台に置く。それを何度も繰り返し、城を建てる。僕は、そんなふうに城を建てたいし、そんな風に建てられた城が見たい。言葉という海を前にすると、僕の無力さがずきずきと伝わってくる。今日も蝉が鳴いている。空っぽな僕を満たすように、様々な旋律で、僕の鼓膜を揺らし、頭に響く。僕は蝉が合唱をする森で、ぽつんと、独りで立っている。日差しは鋭いけれど、空気は凍てついていて、どこまでも澄んでいて、その空気の中で、蝉の声が響き渡っている。僕は空を見上げる。いろんな形の雲を見つける。蝉は鳴いている。僕は、言葉で音楽を奏でたいのだ。美しい音楽を。通りすがりの人が、微笑んでくれるような、奏でている自分も、不思議と涙が出てしまうような、これまでの苦痛がすべて許され、僕はこの音楽を奏でるためにここまで生きてきたんだと、もう死んでもかまわないと、思えるような、美しい音楽を。
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