蜘蛛

 気温は二十七度に上っている。五月の中旬だけれど、もう夏なんじゃないかと思えるような鋭い日差しが、僕の肌を突き刺す。木陰のベンチに座ると、緑の優しい涼しさが僕を包み、心地いい風が吹いた。さっき買った炭酸のジュースを飲むと、水分を渇望していた僕の喉に、はじける炭酸のジュースが染み渡り、生き返った心地がした。僕は炭酸のジュースを飲みながら、高くそびえ立つ樹の先にある、青空を見上げていた。雲は一つもなく、どこまでも清らかな、淡い水色の美しい空が広がっていて、小さな茶色い鳥がその空を飛んでいた。僕がそんな風に青空を眺めていると、白っぽい黄緑の虫が、僕の黒いズボンの上を歩いていた。脚の数から、蜘蛛だろうかと思った。ちょこ、ちょこ、と小刻みに僕の服の上を歩き、ちょんちょんと、しきりに明るい黄緑の顎を動かしていた。僕は虫が苦手だけれど、こうして青空を眺めているときは、自然と虫を僕のところに迎えることができた。その虫を眺めていると、虫はこちらを向いた。黒い二つの目が僕を見つめた。透明な虫の足には、小さな黒い斑点があった。僕は今この虫と目が合っているのだと思った。ベンチを見ると、もう一匹、虫が歩いていた。黒くて細長い脚をもち、腹が赤い蜘蛛だった。樹と、空と、虫と、僕。僕は自然の中にいるのだと感じた。僕はそろそろ帰ろうと思い、僕の白いシャツの上を歩いている、白っぽい黄緑の虫を振り払った。すると、その虫は糸を出して僕の服にぶら下がった。この虫は蜘蛛だったのだと、その時分かった。

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