2.転生したけど……
稲妻が走り、激しい雷鳴が轟いた。落下しているはずの体がふわりと浮き、気づくとケンタは1本角の鳥の背中に乗っていた。
「誰が強そうに見えないって?」
オッサンっぽい口調でそう言って、守護神はケンタのほうにくるりと首を回した。
ここはあの銅像の「守護神」が実体化した守護神の背中の上なのか。ああ、ついに僕は転生を果たしたんだ。もうこれでダイゴたちの言うことを聞かなくもいいんだ。言い返したって仕返しされることもない。あ、そうか、そもそも転生したんだから学校に行かなくてもいいのか。お父さんやお母さんにはもう会えないのかな。それはちょっと悲しいけど。
ケンタは守護神の背に乗っている自分の体を改めて見てみた。着ている服は詰襟の制服のままだ。身長も伸びていないようだ。鏡がないからわからないけれど、顔を触った感じでは髪型からニキビの位置まで全く変化がないように思える。転生したけどスライムにも王子にも戦士にもなっていないようだ。せっかく転生するならもうちょっと背が高くなって、ニキビのないイケメンになりたかったけれど、見かけが今までと同じなら生活していく上での違和感は少なくて、この世界になじむのも早いかもしれない。
そこでケンタははたと思い当たった。見かけは以前のケンタのままだけれど、恐らく魔法が使えるようになっているのだ。魔法使いなら最高のチート機能じゃないか。弱っちいイケメン王子なんかよりはるかに使える能力だ。どんな魔法が使えるんだろう。できれば回復魔法だけじゃなくて、強力な攻撃魔法も欲しいな。戦闘に特化していなくても、実生活に役立つ魔法でもいいや。期末テスト前に一晩で教科書丸暗記できる魔法とか。またしても学校生活にしか想像力が及ばなくて、ケンタは自分の発想の貧困さに苦笑いした。
守護神なら当然この世界のことを熟知しているはずだ。ケンタは思いきって守護神に聞いてみることにした。
「ねえ、守護神さん、ちょっと聞いてもいいですか。あ、僕、ケンタです。よろしくお願いします」
ケンタは一応名乗って頭を下げた。何事も第一印象が大事だ。
「僕は何に転生したんでしょうか? 見たところ外見は変わっていないみたいなんですけど」
できるだけフレンドリーな感じで守護神に話かける。守護神は振り返らずに、
「ああ、ケンタのままだよ」
と何を寝ぼけたことを聞いているのかというように短く答えた。
「え? ああ、そうですよね。見た目変わってないし。じゃあ、やっぱり魔法使いか何かの能力があるんですよね? どんな魔法が使えるんですか?」
と続けざまに尋ねると、守護神は今度は振り返って淡々と答えた。
「魔法は使えないよ」
「え?」
聞き違いかと思って再度問いかけたが答えは同じだった。ケンタには回復魔法はおろか日常に使える簡単な魔法さえも与えられていないらしいのだ。
「じゃあ、今までと何が違うの? 見た目も同じで魔法も使えないなら、ほかに何か特殊能力があるんだよね? 魔法じゃなくてサイコキネシスとか? 透明人間になる能力でもいいや」
転生できた束の間の喜びが吹っ飛んだ勢いで、守護神に対してもつい口のきき方がぞんざいになる。
「私がいるじゃないか」
それ以上何を望むのかという口ぶりである。こうしてただ鳥の背中に乗って空中散歩を楽しむだけが転生で唯一与えられたものなのか? 風を切って空を飛ぶのは気持ちいいけれど、飛行機やヘリコプターのような乗り物とは違って、金属で覆われていたり客席があるわけじゃないから、ちゃんとしがみついていないと落ちそうだし、下を見ると地上ははるか下にあって、おしっこをちびりそうになる高さだ。それにもう結構長い時間飛んでいるのでだんだん日も暮れてきた。夜になったら上空は寒いだろう。お腹も空いている。一体いつまで飛び続けるつもりなのだろう。
「ねえ、守護神さん、そろそろ帰らない? 僕は僕のままだとしたら、うちはまだ同じところにあるんだよね? うちに帰ってもいいんだよね?」
「何だ、空を飛ぶのはもう飽きたのか? せっかく出血大サービスで長距離を飛んでやったのに」
やれやれという様子で守護神はぐるりとUターンすると、徐々に高度を下げ始めた。
「ごめんね。でも、とっても楽しかったよ」
取ってつけたようにお世辞を言うと、
「ハハハ、心にもないことは言わないほうがいいぞ。怖くて震えていたくせに」
と完全に内心を見透かされた返事が返ってきた。
随分長い時間飛んでいたような気がするのに、Uターンしてからそれほど経たないうちに眼下に中学校の校舎が見えてきた。昼間の屋上での出来事がフラッシュバックしてケンタは思わず体を固くした。
「もうあいつらはいないから安心していいぞ」
ケンタの恐怖を感じ取ったのだろう。守護神はのんびりした声音でそう告げた後、
「急降下するからしっかりつかまっていろよ」
とつけ加えると校庭のある一点を目指して降り始めた。
気づくとケンタは校門内の銅像群の脇の地面に尻餅をついたような状態で座っていた。守護神はと見れば、実際の体よりはるかに小さい「守護神」銅像の中に吸い込まれていくと完全に同化して、いつものただの銅像に戻っていた。
「え? うちまで送ってくれないの?」
と銅像に話しかけたけれど、どうやらここが守護神のホームポートに当たる場所らしく、もはや動く気配はなく声も全く聞こえなかった。リュックをとりに教室に寄ろうかとも思ったけれど、もうあたりは真っ暗で、放課後にグラウンドを使っている部活の子たちも一人も残っていなかったので、下手に校舎に入ると用務員のおじさんに見つかった時に面倒だなと思い、ケンタはとりあえず家に帰ることにして「守護神」に別れを告げて校門を出た。歩きながら、家に帰ればお父さんとお母さんに会える、そう考えただけで急に元気が出てきた。
「どうしたの? こんなに遅くまで。心配したのよ。メッセージ送っても既読にならなかったし」
家の前まで来ると、門のところまで出てきていたお母さんがケンタのほうへ走り寄ってきた。ほっとした表情が読み取れる。
「ちょっと友達と遊びに行っちゃって……」
もごもごと言いわけをしていると、玄関からお父さんも出てきた。今日は帰りが早かったらしい。遅くまでどこをほっつき歩いていたんだと叱られるのを覚悟していると、
「お母さんが心配するから、今度から遅くなる時は連絡しろよ」
とだけ言って、ケンタの背中を軽く押して家の中に入るように促した。
「着替えて手を洗っていらっしゃい。ご飯まだでしょ?」
2階の自分の部屋に入って勉強机の上の時計を見るともう夜の9時前だった。12時過ぎに給食を食べてから何も口にしていないことを思い出した途端にお腹がぐぅと鳴った。
スウェットに着替えてダイニングに下りていくと、テーブルの中央にはホットプレートにのったビーフシチューの鍋があり、銘々のランチョンマットの上にはカラフルな色合いのサラダが盛り付けられたボウルが置かれ、シチューが取り分けられるのを待っているかのような空の皿が並べられていた。お父さんもお母さんもケンタが帰ってくるまで食べずに待っていてくれたんだ。温かいシチューから漂ってくるおいしそうな匂いに、涙がこみ上げそうになる。
「遅くなってごめんなさい」
素直に謝るケンタの様子に両親は顔を見合わせた。心配と安堵どちらの表情も浮かんでいる。
「お皿かして。お腹空いたでしょう?」
お母さんが各自のお皿にビーフシチューを盛っていく。ケンタの皿は特に盛りがいいようだ。
「ビーフシチューか、今日はご馳走だな。いただきます」
お父さんがわざとらしい陽気な声で言ったのを合図に、
「いただきます!」
とケンタも元気に言って、ゴロゴロとたくさん入っている肉の一つをスプーンですくって口に運んだ。お母さんが台所の炊飯器からご飯をよそってきてくれたので、ケンタはシチューとご飯とサラダにかわるがわる箸をつけながら黙々と食べ続けた。シチューのおかわりまでする息子の様子を両親は静かに見守っていた。
満腹になったケンタはごちそうさまを言って自室に引き上げると、ごろりとベッドに横になって目を閉じた。朝からの怒涛の1日が瞼の裏に浮かんでは消えていく。守護神は「もうあいつらはいない」と言っていたけど、この世界の学校にはもういないという意味なのだろうか。それともあの時間にはもういないと言ったのだろうか。その点に一抹の不安を感じたけれど、長い1日の疲れもあり、シャワーを浴びることも忘れていつしかケンタは深い眠りに引きずり込まれていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます