セイルはヨットの生命です

牧野君まきのくん、ずいぶん上達じょうたつしたんだって? デンさんがめてたってお祖父じいちゃんがってたよ」

 あさ通学つうがく電車でんしゃ今日きょう阿久津あくつさんと一緒いっしょだ。

小浪こなみさん、ぼくまえではなんにもわないよ。馬頭ばとうさんは上手うまくなったってってくれるけど」

「デンさんらしいね。でもデンさんがめるくらいだから、結構けっこういいかんじなんじゃない? 『黒魔術くろまじゅつ』にてるかもね」

「まだまだだよ。スピンワークはもっと練習れんしゅうするしかないけど、まずはセイルをなんとかしないと」

「セイルがどうしたの?」

「あんまりふるくてびちゃってるから、セイルカーブがキレイになくて」

 セイルってのはただたいらなぬのえるかもしれないけど、じつはいくつものパーツをわせて立体的りったいてきつくってある。かぜをキレイになが曲面きょくめんにするためだ。でもふるくなってくるとぬのびて、せっかくの曲面きょくめんみだれてしまう。のんびりはしぶんには問題もんだいないけど、やっぱりレースになるとてしまう。

「『韋駄天いだてん』のセイル、ちょっとその……みすぼらしいもんね」

「でもセイルうようなおかねいし」

「セイル、たかいもんね。あたし、お祖父じいちゃんに相談そうだんしてみるよ」

「うん。そうしてみて」

「ところで牧野君まきのくん、このあいだすすめした配信はいしんドラマ、てくれた?」

 そうえば、そんなはなししてたっけ……

「そのかおわすれてたでしょ? 仕方しかたない。もう一度いちど面白おもしろさをおしえてあげるから、今度こんどこそてよ。まず主役しゅやくのキャラがいいの。たとえば……」

 身振みぶ手振てぶりもまじえて熱心ねっしん説明せつめいする阿久津あくつさんに、やれやれとおもいながらもみょううれしくなるぼくなのだった。


 つぎ通学つうがく電車でんしゃ

「お祖父じいちゃんにはなしてみたよ。デンさんからもおな相談そうだんけてたみたい」

「それで?」

いに『韋駄天いだてん』とおなじヨットってるひとがいて、もう使つかってないセイルがあるからもらえるって」

本当ほんとう? でも、もう使つかってないセイルだったらおなじくらいふるいんじゃないかな……」

「うん、あたらしくはないけど、レースよう特注とくちゅうしたいいセイルだって、お祖父じいちゃんってたよ」

「それはすごいね」

期待きたいしちゃうね。小浪こなみさんがりにくみたいだよ」

りにく? どこまで?」

湘南しょうなんだって。そのいのひと静岡しずおかひとなんだけど、湘南しょうなんでやるレースにるためにるんだって。そうそう、そのレースに『黒魔術くろまじゅつ』も出るって」

「そうなの? きたいなあ」

小浪こなみさんにいていったら?」

「そうしよう。小浪こなみさんに連絡れんらくしてみる」

「そうするといいよ。ところで昨日きのうはなしたドラマた?」

「あっ、阿久津あくつさん、もうりるえきだよ」

 ぼくはほっぺたをふくらませる阿久津あくつさんの背中せなかして、彼女かのじょをプラットフォームにおくした。


 そののうちにぼく小浪こなみさんに電話でんわした。

小浪こなみさん、陸斗りくとです。セイルりにくの、いていきたいんですけど」

べつかまわねえけど、なにかあるのか?」

「レースにる『黒魔術くろまじゅつ』をたいんです」

敵情視察てきじょうしさつってわけだな」

「そういうことです」

くのは今度こんど日曜日にちようびだ。むかえにってやるから住所じゅうしょおしえろ」

「ありがとうございます。あとでメールしておきます」


 そうして日曜日にちようび小浪こなみさんはしろけいトラでぼくいえまでやってきた。ぼく両親りょうしん挨拶あいさつする小浪こなみさんは、まるで別人べつじんみたいにピシッとしてた。ああ大人おとななんだなってあらためておもった(普段ふだん目茶苦茶めちゃくちゃなのに……)。


 国道一号線こくどういちごうせん南下なんかしてうみた。海岸沿かいがんぞいのみちすこはしったら、前方ぜんぽうならぶマストがえた。目的地もくてきちのマリーナだ。けいトラはマリーナの駐車場ちゅうしゃじょうすべんだ。


 小浪こなみさんとぼくはマリーナの事務所じむしょたずねた。佐之島さのしまマリーナにくらべたら随分ずいぶん立派りっぱだ。一般客いっぱんきゃくけのレストランまで併設へいせつされている。


だれかいるか?」

 小浪こなみさんがけのまどからおくかってけた。

「レースの準備じゅんび事務じむもの出払ではらってるんですよ」

 そういながら白髪しらがじりの小柄こがら小父おじさんがかおした。

「おお、清水しみずじゃねえか。まだいたのか」

「デンさん? ご無沙汰ごぶさたです。今日きょうはどうしたんですか?」

「ああ、静岡しずおかのシンさんのところにな」

「『レッド・オニオン』なら一番奥いちばんおく桟橋さんばしにいますよ」

「ありがとう。陸斗りくとくぞ」

 小浪こなみさんは清水しみずさんにかるげて挨拶あいさつしてからあるした。ぼくあとからいていく。


 ズラリとなら桟橋さんばしれつ横目よこめながら、マリーナの一番奥いちばんおくまであるいた。あたりでれて、一番いちばん海寄うみよりの桟橋さんばしさきかう。小浪こなみさんはあかいハルのヨットのまえあしめた。


「シンさん! いるかい?」

 小浪こなみさんがびかけると、ハッチの中から小浪こなみさんよりすこわかい……五〇代ごじゅうだいくらいの小父おじさんがハッチからかおした。

「デンさん、ひさり」

「おお。すまないな」

「なんのなんの。あのセイルはもう使つかわないから」

 いままえにあるヨットは『韋駄天いだてん』より大分だいぶおおきい。これにえたからまえのフネのセイルはらなくなったんだな。

るときけてやらなかったのか?」

ぬしはクルージングで、レースようのセイルなんて邪魔じゃまだかららないってさ」

「それなら遠慮えんりょなくもらうぞ」

じつぼく邪魔じゃまこまってたんだよね」


 ぼく小浪こなみさんの二人ふたりがかりで『レッド・オニオン』からセイルをろし、駐車場ちゅうしゃじょうけいトラにんだ。

あとはレース観戦かんせんだな。陸斗りくといてこい」

 小浪こなみさんはまた桟橋さんばしれつもどり、今度こんどなかあたりりの桟橋さんばしわたった。小浪こなみさんがあしめたのは、見覚みおぼえのあるヨットのまえだった。

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