スーパーバウマンへの道は険しいのだ

 追風おいかぜ専用せんようのセイルであるスピンネーカー、りゃくしてスピンは、三角形さんかくけいのパラシュートのかどひとつをマストの天辺てっぺんげて、のこりのふたつのかどけたシートを左右さゆうからってひろげるかんじ、とえばイメージできるかな?


 スピンは追風おいかぜ専用せんようなので、風上かざかみかうときは使つかえない。だから、風上かざかみのマークをまわって風下かざしもかうときげて、風下かざしものマークをまわって風上かざかみかうときろさなきゃいけない。スピンはフネの一番いちばんまえるから、このろしの作業さぎょうはバウにってする必要ひつようがある。その担当たんとうがバウマンだ。


 船底塗料せんていとりょうえがわって『韋駄天いだてん』が海面かいめんもどったので、本格的ほんかくてきぼく特訓とっくんはじまった。(船底せんていがキレイになってからはじめて『韋駄天いだてん』にったときはビックリした。なめらかに海面かいめんすべっていくさま全然ぜんぜんべつのフネかとおもうくらいだった)


 風上かざかみけてはしってきた『韋駄天いだてん』が反転はんてんして、風下かざしもいたらスピンをげる。そのときによってちがうけど、可能かのうであれば反転はんてんするまえになるべくセッティングをませておく。スピンポールとばれるぼうをマストのまえすようにけ、たかさをわせ、スピンを左右さゆうるシート(スピンシートとアフターガイ)をスピンの左右さゆうかどける。アフターガイはスピンボールのはしのフックにけておく。アフターガイってうくらいだから、フォアガイってのもある。これはスピンボールからバウデッキ(船首甲板せんしゅかんぱん)にびてる。このながさの調整ちょうせいもしておく。

 『韋駄天いだてん』が反転はんてんしたら、スピンハリヤードというマストの天辺てっぺんまでつながったシートをいてスピンのうえかどをマストの天辺てっぺんまでげる。スピンハリヤードをくのは馬頭ばとうさんの役目やくめだけど、ぼくはバウでスピンを舷外げんがいほうげてがりやすくする。

 これだけでかぜつかんでくれればいいけど、簡単かんたんにはいかない。スピンがかぜつかまえてふくらむように、スピンシートとアフターガイを調整ちょうせいしてスピンのきをえていく。


 よくわかんないって? うん、スピンってややこしいんだ。なかなか上手うまくできない。左右さゆうがクロスしてこんがらがったり、さかさまにげちゃったり……


「スピン用意ようい!」

 小浪こなみさんの合図あいずぼくはコックピットからバウデッキに移動いどうする。バウハッチをけてスピンをおさめてあるスピンバッグをす。スピンポール、スピンシート諸々もろもろをセットして待機たいきする。

「ベア!」

 小浪こなみさんはそううのと同時どうじにティラーをいて『韋駄天いだてん』を回頭かいとうさせる。ベアってのはフネを風下かざしもけることだ。フネがまわるのにわせて馬頭ばとうさんがジブシートをゆるめてジブセイルをよこさせる。小浪こなみさんもティラーを操作そうさしながら同時どうじにメインシートをゆるめてメインセイルをさせる。

 フネが風下かざしもいて安定あんていしたところでぼくはスピンをかかげる。

「スピンハリおねがいします!」

 ぼくがコックピットにかってさけぶと、馬頭ばとうさんがスピンハリヤードをはじめた。それにれてスピンのかどひとつがするするとがっていく。ぼくはそれにわせてスピンをかかえてはげ、かかえてはげをかえす。

「スピンハリ、オーケー!」

 馬頭ばとうさんがスピンハリヤードをききったとらせてくる。

陸斗りくと! スピンシートがかってるぞ!」

 小浪こなみさんに指摘してきされて気付きづく。本当ほんとうすりのうえとおらなきゃいけないスピンシートが、すりのしたくぐってる。

陸斗君りくとくん、スピンにシートをけるときすりのしたからばしちゃってるんだよ。スピンハリゆるめてやりなおそう」

 馬頭ばとうさんはいったんロックしたスピンハリヤードをゆるはじめた。ぼくもそれにおうじてスピンを手繰たぐるようにろしてやりなおす。


 どんなに失敗しっぱいしても、小浪こなみさんと馬頭ばとうさんはけっしておこらない(小浪こなみさんが本気ほんきおこったのは、ぼく救命胴衣きゅうめいどういけずにうみようとしたときだけだ)。なにくなかったか指摘してきしてやりなおす。それを根気こんきよくつづけてくれる。これまでのぼくだったらしてたとおもう。自分じぶんでもいやになるくらい上達じょうたつしない。それなのに、小浪こなみさんも馬頭ばとうさんもいやかおひとつせずってくれる。学校がっこう先生せんせいもこうだったらいいのに(ぼくほうからしつこく質問しつもんけばってくれるのかな?)。

 くじけそうなときは、阿久津あくつさんのおこったかおおもかべてみる。それでも駄目だめなときは、阿久津あくつさんのかなしむかお想像そうぞうしてみる。


陸斗りくと! 今日きょうはあと一回いっかいわりにしよう。午後ごご天気てんきくずれる予報よほうだからな」

かりました。よろしくおねがいします!」

「スピン用意ようい!」

 小浪こなみさんの合図あいずぼくはバウデッキに移動いどうする。スピンボールをセットし、シートをスピンのかど取付とりつける。け、け。シートはすりのうえとおってるな。よし。

「バウ、オーケーです。スピンハリおねがいします!」

 馬頭ばとうさんがスピンハリをいて、スピンががっていく。大丈夫だいじょうぶだ、どこにもかってない。ぼくがスピンの状態じょうたい確認かくにんしてるあいだ馬頭ばとうさんがスピンシートをあやつってかぜつかまえた。

「おお、まったな。陸斗りくと! 上出来じょうできだ」

 ぼくかぜはらんでまえらんだスピンを見上みあげながら、ふか満足感まんぞくかんつつまれる。

陸斗りくと! スピンダウン!」

 余韻よいんひたもなく、今度こんどはスピンをろす練習れんしゅうだ。

 まずスピンポールをマストからはずす。つぎにスピンの左右さゆうはし手繰たぐって真中まんなかまとめる。かぜはらんだままではあつかえないから、わざとスピンをつぶすんだ。かぜがしてダランとなったスピンをつかんでから馬頭ばとうさんに合図あいずする。

「スピンハリカット!」

「スピンハリカット!」

 馬頭ばとうさんが復唱ふくしょうしてスピンハリのロックをはずす。スピンがちてくるから素早すばや手繰たぐってスピンバッグにんでいく。バッグにおさまったらスピンシート、アフターガイをはずし、バッグをバウハッチから船内せんないほうむ。


陸斗君りくとくん、おつかさま。なかなかかったよ」

 コックピットにもどったぼく馬頭ばとうさんがねぎらってくれた。ティラーをにぎ小浪こなみさんはなにわなかったけど、満足まんぞくそうなぼくうなずいてみせた。

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