貝と青春の旅立ち

 それから週末しゅうまつすべ佐之島さのしまマリーナへくことになった。もちろん、スピンのろし練習れんしゅうをするためだ。スピンは小浪こなみさんがいえからってきた。ながいこと仕舞しまいっぱなしだったというスピンは、メインセイルやジブセイルほどいたんでいなかった。レースでもそのまま使つかえそうだ。


 でも本格的ほんかくてき練習れんしゅうはじめるまえにやることがあった。船底せんてい掃除そうじだ。うみかんでいるフネの船底せんていには、かいやフジツボなどが付着ふちゃくしていく。そうやってデコボコになった船底せんていのままだと、みず抵抗ていこうになって船速せんそくない。だからうみ係留けいりゅうしているフネは定期的ていきてき船底せんてい掃除そうじして、かいやフジツボをとさなきゃいけない。


 フネようのクレーンで『韋駄天いだてん』をげ、船台せんだいせる。去年きょねんなつから掃除そうじしてないという船底せんていは、かいやフジツボでくされている。まず高圧洗浄機こうあつせんじょうきでざっくりとす。これだけでもう、あつめたかいやフジツボがぼくこしくらいのたかさまでがった。

 あとはスクレーパーを使つかい、としていくしかない。船底せんてい三等分さんとうぶんして手分てわけする。お年寄としよりに重労働じゅうろうどうさせるわけにいかないからぼく全部ぜんぶやるってったんだけど、小浪こなみさんに生意気なまいきうなっておこられた。船台せんだいったフネのしたもぐり、ずっとうえ見上みあげて作業さぎょうするのはとんでもなくキツい。えらそうにったわりぼく作業さぎょうスピードは小浪こなみさんや馬頭ばとうさんの半分はんぶんだ。


 それでもだんだん要領ようりょうかってきた。小浪こなみさん、馬頭ばとうさんが自分じぶんちをわらせたとき、ぼく四分よんぶんいちのこすだけだった。

陸斗君りくとくんのこりは三人さんにんでやろう」

 いた馬頭ばとうさんがってくれた。かなりバテていたから有難ありがた言葉ことばなんだけど、なんとなくおねがいするになれない。

「アラさん、陸斗りくとはこれからチームの一員いちいんなんだ。自分じぶん役割やくわり最後さいごまでたさせてやらにゃ」

 小浪こなみさんが馬頭ばとうさんのかたせてった。ぼくかおのぞんだ馬頭ばとうさんにぼくおおきくうなずいてみせた。馬頭ばとうさんに気遣きづかってもらったことよりも、小浪こなみさんに一人前いちにんまえあつかってもらえたことのほうがうれしかった。


「すまなかった。陸斗君りくとくんも『韋駄天いだてん』の立派りっぱなクルーだもんな。デンさんとぼくはクラブハウスにってるから、あとたのむよ」


 桟橋さんばしあるっていく二人ふたり見送みおくると、かたまったこしばしてからのこりを片付かたづけにかった。


わったあ!」

 ぼくおもわずさけんでおおきくったら、まえ天地てんちぎゃくになった阿久津あくつさんのかおがあった。


「うわっ!」

「おつかれさま」

 阿久津あくつさんがペットボトルのおちゃした。

 ぼく阿久津あくつさんのほうになおってから、おちゃった。


「ありがとう。阿久津あくつさん、てたの?」

「うん。牧野君まきのくんがあたしのために『黒魔術くろまじゅつ』をやっつけてくれるっていたから」

 そうって阿久津あくつさんはイタズラをかくしきれない子供こどもみたいにわらった。

「ええ! 小浪こなみさんだな……」

冗談じょうだん冗談じょうだん。でもあきのレースにけて特訓とっくんするのは本当ほんとうなんでしょ?」

「うん、まあね」

「だったら応援おうえんしなきゃ。お弁当べんとうつくってきたの。デンさんとアラさんはクラブハウスでさきべてるよ」

「えっ? 二人ふたりにはるってってあったの?」

「うん。いてなかった?」

いてない!」

「サプライズのつもりかな。あの人達ひとたちらしいね」

 阿久津あくつさんがまた可愛かわいこえわらった。


 阿久津あくつさんのってきてくれた弁当べんとうべたあとのこっていた船底塗料せんていとりょうとして、一回目いっかいめ塗装とそうをした。船底せんてい塗料とりょうはだんだんけてがれちるようになってる。くっいたかいとかがちるようにね(それでもあんなにくっくんだけど)。だから毎年まいとしえなきゃいけないんだ。いまった塗料とりょうかわいたらもう一回いっかいかさりするんだけど、明日あした学校がっこうがあるから、あと小浪こなみさんと馬頭ばとうさんにまかせた。年金暮ねんきんぐらしで毎日まいにちがヒマなんだ。


 また阿久津あくつさんと二人ふたりかえった。今日きょう阿久津あくつさんはあかるかった。中学生ちゅうがくせいになってからの様子ようすとか小学生しょうがくせいころおも、とか、このあいだぶんもどすかのようによくしゃべった。二人ふたりおな小学校しょうがっこうだったのだから、最寄もよえきおなじだ。一緒いっしょ電車でんしゃりて小学校しょうがっこうちかくまであるいてきた。


牧野君まきのくん、あたしこっちだからおわかれだね」

阿久津あくつさん、お弁当べんとうありがとう」

「ちゃんと出来できてた?」

「うん。美味おいしかったよ。それでさ……」

「なに?」

いやじゃなかったらだけど……」

「うん?」

「アドレスおしえてしい」

「もちろんいやじゃないよ。そのわりにおしえてしいことがあるの」

「えっ、なに?」

あさ学校がっこうくとき何時なんじ電車でんしゃってるの?」

七時半ひちじはん

「ありがとう。バイバイ!」

 阿久津あくつさんはおおきくってはしってしまった。


 アドレスおしえてもらってない……はぐらかされた?


 翌朝よくあさぼくはプラットフォームにって七時半ひちじはん電車でんしゃっていた。

牧野君まきのくん、おはよう!」

 うしろからおんなこえがした。反射的はんしゃてきかえると、セーラーふく阿久津あくつさんがっている。

「お、おはよう……」

 おどいたぼくはかろうじて挨拶あいさつだけかえした。

「あたし、いつも四〇分よんじゅっぷん電車でんしゃってたの。これからこの電車でんしゃえようとおもって」

「え?」

牧野君まきのくんがスピンの特訓とっくんくじけそうになったらお尻叩しりたたこうとおもって」

こわいなあ」

覚悟かくごしてね!」


 それから小浪こなみさんの面白おもしろエピソードだとか『黒魔術くろまじゅつ』の悪口わるぐちだとかで二人ふたりがってたら、あっと阿久津あくつさんのりるえきいた。阿久津あくつさんがりて一人ひとりになってもまだ心臓しんぞうがドキドキしてる。ちなみに、アドレスは無事ぶじ交換こうかんできたよ。

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