打倒! 『黒魔術』

 梅雨入つゆいまえ日差ひざしはつよく、『韋駄天いだてん』のしろいデッキがまぶしい。桟橋さんばし小浪こなみさんをぼく決意けついあらたにする。半年間はんとしかん、ここにかよめる覚悟かくごだ。


陸斗りくとたせたな」

 こえかえると、小浪こなみさんが桟橋さんばしをこちらに向かってあるいてくる。

「おはようございます!」

 ぼく挨拶あいさつ小浪こなみさんはかるげてこたえた。

おどろいたぞ。『黒魔術くろまじゅつ』にちたいだなんて」

「やっぱり無理むりですか?」

「やってみなけりゃからん」

「そうですか……」

なにしょぼくれてるんだ。人生じんせいでやってみる価値かちのあることは、やってみなけりゃからんことばかりだ。絶対ぜったい勝負しょうぶなど、やる価値かちい」

「そうだよ。やるだけやって、駄目だめなら仕方しかたない。なにもしないよりずっといい」

 肩越かたごしに馬頭ばとうさんのこえがした。

「おお、アラさんたな」

「デンさん、どういうかぜまわしだい?」

陸斗りくとがな、陽毬ひまりにカッコいいとこせたいってうからよ」

小浪こなみさん! そんなことってませんよ! ぼくは、阿久津あくつさんのお祖父じいさんのために……」

「いじゃねえか。青春せいしゅんだな」

「そ、そんなんじゃ……ない……と……おもい……ます」

 だんだん自信じしんくなってきた。

「いいとおもうよ。理由りゆうなんであれ、なにかに挑戦ちょうせんしようとするのはね」

 小浪こなみさんがっても納得なっとくできないけど、馬頭ばとうさんにわれるとぼくもそれでいいようにおもえてくる。阿久津あくつさんに「カッコいい」ってわれていやなわけじゃなし。とりあえずこのけんはそういうことにしておこう。


「ところで馬頭ばとうさん、『黒魔術くろまじゅつ』にてるでしょうか? ていうか、希望きぼうはあるんでしょうか?」

 やつてみなけりゃからない、というのはそのとおりだとおもうけど、馬頭ばとうさんの冷静れいせい意見いけんいておきたい。

簡単かんたんじゃないよね」

 馬頭ばとうさんはむねポケットからメモ用紙ようしし、ぼく小浪こなみさんにせるようにかかげた。なにやら箇条書かじょうがきがならんでいる。


軽量化けいりょうか 荷物にもつろすこと。まずは酒瓶さかびん


船底せんていみがき いそかいとし。レースまえ研磨けんま


・セイル新調しんちょう 新品しんぴん無理むりでも、せめてびになっていないもの。


・スピンのみとバウマン確保かくほ


「まず片付かたづけなきゃいけない課題かだいあらしてみたんだけどね」

「アラさん、やる満々まんまんじゃねえか」

最近さいきんじゃ若者わかもの邪魔じゃまあつかいされてばかりだから、わか陸斗君りくとくんやくててうれしいんだよ」

おれおなじだな。それはいといて、軽量化けいりょうか船底せんていはたいした問題もんだいじゃないが……」

問題もんだいはセイルとバウマンだね」

年金けんきんらしのじゃ、セイルうようなかねなんかるはずねえからな」

「セイルって何円いくらくらいするものなんですか?」

 まったくえんいものだから、想像そうぞうがつかない。

やすくても三〇万円さんじゅうまんえんはするね。レースようにいいセイルなんてつくろうとおもったら、いくらでもたかくなるよ。中古ちゅうこでも一〇万じゅうまん覚悟かくごかな……」

「ヨットなんてってるくらいだから、小浪こなみさんたちってお金持かねもちじゃないんですか?」

世間せけん人間にんげんはそうおもうよな。もちろん金持かねもちはおおいぞ。でもそればかりじゃない。FRPせいのヨットはびもくさりもしないから、何十年前なんじゅうねんまえのフネでも充分じゅうぶん使つかえる。そんなヨットならやすえる。この『韋駄天いだてん』だって……」

「デンさん、子供こどもにおかねはなしなんかするもんじゃないよ。陸斗君りくとくん、そのへん軽自動車けいじどうしゃよりやすいとおもっておけばいいよ」

俺達おれたちかねがあるからヨットにってんじゃねえ。ヨットがきだからってんだ」

「すみません……」

 なんだかからないけどあやまっておいた。とりあえずおかねいってことだよね。

「それでセイルはどうするんですか?」

いまはどうしようもないから、かんがえない」

「えっ?」

わかやつはなんでもすぐに解決かいけつしようとする」

「はあ……すみません」

 とにかくあやまっておこう。


「そのうちなんとかしないとね。デンさん、バウマンはだれかアテがあるかい?」

「アラさん、なにってんだよ。バウマンは陸斗りくとまってんじゃねえか」

 えっ?

「バウマンってなんですか?」

「スピンをげるとき、バウにって作業さぎょうする担当たんとうのことだよ」

つつもりなら、スピンくらいげねえとな」

小浪こなみさんと馬頭ばとうさんでもげられるってってましたよね」

げるだけならな。でもとうってんなら、ちゃんとバウマンせて素早すばやろしできなきゃな。だいたい陸斗りくとちてえなんてしたんだ。まさか自分じぶんなにもしねえつもりじゃねえよな?」

「うっ! でもぼくじゃ下手へたくそでやくたないですよ」

「どのみち無茶むちゃはなしなんだ。上手うま出来できなくて元々もともとだよ」

「いや、安心あんしんしろ。上手うま出来できるまで特訓とっくんしてやる。へこたれんなよ」

「よ、よろしくおねがいします」

 さっきの決意けついはどこへやら。あたまげるぼくこえは、われながらなさけなくなるくらい弱々よわよわしい。仕方しかたない。そんないきなりスーパーポジティブになんかなれっこない。大丈夫だいじょうぶ。あと半年はんとしあるんだ、頑張がんばろう……


 こうしてチーム『韋駄天いだてん』の『黒魔術くろまじゅつ打倒だとうプロジェクトが始動しどうしたんだ。

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