阿久津さん、『黒魔術』に喧嘩を売る

 とうとう小浪こなみさんが馬頭ばとうさんのうでりほどいてしていった。あわてて馬頭ばとうさんがいかける。小浪こなみさんが栗栖くりすさんにつかみかかろうとしたそのときだった。


馬鹿ばかにしないでください!」

 阿久津あくつさんのこえ会議室かいぎしつひびわたった。

「レベルがひくいんじゃありません! みんなもっとはやはしれるけど、そんなことよりたのしむことを大事だいじにしてるんです!」


 いきなりのことに栗栖くりすさんも小浪こなみさんもぽかんとしたかお阿久津あくつさんをている。いや、会議室かいぎしつだれもが、なにきているのかすぐに理解りかいできない様子ようすでいる。そんなみんな視線しせん一身いっしんけて、仁王立におうだちになった阿久津あくつさんが栗栖くりすさんをにらみつけている。


きみは……良清りょうせいさんのおまごさん、ええと……陽毬ひまりちゃんかい?」

 阿久津あくつさんのかおをまじまじとていた栗栖くりすさんが、きゅうがついたようにった。

「そうです。阿久津あくつ良清よしきよまごです」

 阿久津あくつさんがこたえるのにわせて、車椅子くるまいすのお祖父じいさんがうなずいた。

良清りょうせいさん、元気げんきなおまごさんですね」

 栗栖くりすさんは阿久津あくつさんのお祖父じいさんに笑顔えがおってから、阿久津あくつさんに真顔まがおなおった。


陽毬ひまりちゃん、くちだけならなんとでもえるな。実際じっさいはやいところをせてもらわないと」

かりました。あきのレースでも『黒魔術くろまじゅつ』が優勝ゆうしょうしたら、来年らいねんから栗栖くりすさんのお仲間なかまれてきてください。でも、ほかのヨットが優勝ゆうしょうしたら、もうここにはないでください」

 阿久津あくつさんは、栗栖くりすさんのをまっすぐつめてった。

「なるほど。勝敗しょうはい修正しゅうせいタイムでかい?」

「もちろんです。ハンディきで自信じしんはありませんか?」

 阿久津あくつさん、あおるなあ……

修正しゅうせいかまわわない。今日きょうだって修正しゅうせい軽々かるがる優勝ゆうしょうだからね。このレースのローカルルールにしたがうよ」

約束やくそくですよ」

良清りょうせいさん、それでいいですか?」

 栗栖くりすさんは車椅子くるまいすのお祖父じいさんにねんを押した。

「おい! なに勝手かってなことってんだ。良清りょうせい! こんなはなしけるなんてわねえよな?」

 それまでだまって阿久津あくつさんと栗栖くりすさんのやりりをいていた小浪こなみさんが、こらえきれずに阿久津あくつさんのお祖父じいさんにった。

「そうはっても、参加申込さんかもうしこみしてくれたらことわるわけにもいかないし……だれでも歓迎かんげいがモットーだから」

「さすが良清りょうせいさん、公正こうせいですね。それでは次回じかいもう一度いちど、『黒魔術くろまじゅつ』だけ参加さんかさせてもらいます。それでまた『黒魔術くろまじゅつ』が優勝ゆうしょうしたら、来年らいねんからほか連中れんちゅうびます。いいですね?」

 お祖父じいさん、小浪こなみさん、ほかみんななにえずに栗栖くりすさんをにらんでいる。

優勝ゆうしょうできなかったら二度にどないってこともわすれないでください」

 一人ひとり阿久津あくつさんだけが強気つよきだ。

安心あんしんしなさい。そのときは二度にどと『黒魔術くろまじゅつ』でることはないよ。じゃっ、今日きょうのところはこれで失礼しつれいしましょう」


 『黒魔術くろまじゅつ』の六人組ろくにんぐみがぞろぞろと会議室かいぎしつていった。のこされたみんなかないかおだ。部屋へや重苦おもくるしい空気くうきたされている。


「わあっ! どうしよう!」

 沈黙ちんもくやぶったのは、また阿久津あくつさんだった。でも先程さっきまでとはってわって、そのこえ狼狽うろたえてるみたいだ。

「お祖父じいちゃん、あたし大変たいへんなことっちゃったかも……ねえ、『黒魔術くろまじゅつ』にてるヨットなんている?」

 お祖父じいさんが一瞬いっしゅん小浪こなみさんを見たようにおもったけど、のせいだろうな。『韋駄天いだてん』が『黒魔術くろまじゅつ』にてるはずない。あんじょう、お祖父じいさんはくびよこってためいきをついた。

「ごめんなさい! あたしが勝手かってなことって」

 阿久津あくつさんは半泣はんなきで、部屋へやみんなかって深々ふかぶかあたまげた。

陽毬ひまり栗栖くりす野郎やろうはどのみち仲間なかまれてくるつもりだ。一回分いっかいぶん先延さきのばしになったってことさ。おまえさんがにするこっちゃない」

 小浪こなみさんの言葉ことばみんなうなずいた。


栗栖くりすやつ仲間なかまれてんなら、きにすりゃいいんだ。どんなレースになろうが、おれには関係かんけいねえ。げさえあればな。さあ、もう、もう!」

 小浪こなみさんはそううと、部屋へやすみき、ゆかかれたクーラーボックスからかんチューハイをした。ほかみんなもそれを合図あいずにクーラーボックスにむらがった。


牧野まきのくん、おさけせきになっちゃうから、あたしたちかえろう」

 阿久津あくつさんがってきてぼくささやいた。阿久津あくつさんはもうさきかえるとお祖父じいさんにはってきたというので、ぼく小浪こなみさんと馬頭ばとうさんの姿すがたさがす。二人ふたり部屋へやなかになってはなしているあつまりのなかにいた。

小浪こなみさん、ぼく阿久津あくつさんとかえります」

 こえをかけられてかえった小浪こなみさんのかおはもうあかい。

「そうか。今日きょうはありがとうな。おかげ今日きょう最下位さいかいまぬがれた。智坊さとぼうによろしくな」

陸斗君りくとくん、ありがとうね。けてかえるんだよ」

 フネのうえではまなかった馬頭ばとうさんだけど、っているのかいますこかおほころんでいる。

 ぼく二人ふたりってわかれると、阿久津あくつさんとって会議室かいぎしつあとにした。

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