追い風では専用のセイルを揚げると速い

 方向転換ほうこうてんかんした『黒魔術くろまじゅつ』はかぜ左舷さげんけて、右斜みぎなな方向ほうこう方角ほうがくえば南西なんせいはしはじめた。ほかのフネはみんなスタートしたときのまま、南東なんとうはしっている。


陸斗君りくとくん、ヨットのレースではスタボー……右舷うげんかぜけているフネが優先ゆうせんなんだ。だからスタボーていとポートてい……かぜ左舷さげんけているフネが交差こうさしてぶつかりそうになった場合ばあい、ポートていけなきゃいけない。みんなそれがいやだからスタボーにかぜけるき、左斜ひだりななめでスタートしたんだよ」

 馬頭ばとうさんにはぼくなにりたがっているかかってしまうみたいだ。


「じゃあなんで『黒魔術くろまじゅつ』は不利ふりきに方向転換ほうこうてんかんしたんですか?」

「ヨットレースはひろ海面かいめんらばってはしるから、どのフネがまえでどのフネがうしろかかりにくい。でも交差こうさするときはどっちのフネがまえにいるか一目了然いちもくりょうぜんなんだ。相手あいてのフネのまえ横切よこぎれば、こっちがってるってかる。そのことを『バウをる』ってうんだ」

 こうやって説明せつめいしくれているあいだも、馬頭ばとうさんはジブシートをこまかく調整ちょうせいしている。


栗栖くりす……『黒魔術くろまじゅつ』のスキッパー……艇長ていちょうのことだよ、はみんなのバウをってみせることで、自分じぶん圧倒的あっとうてきはやいってせつけたいんだろうね。相手あいてまえってしまえば、優先権ゆうせんけんなんて関係かんけいないからね。そのためにわざわざ左端ひだりはしからスタートしたんだ」


 嫌味いやみなフネだなあとおもうけど、実際じっさいのところ『黒魔術くろまじゅつ』は圧倒的あっとうてきはやい。ほかすべてのフネのバウをりブッチギリでかみマークをまわった。二番手にばんて以下いかのフネはマークにくまでまだしばらくかかりそうだ。


 マークをまわってしもマークに向かう『黒魔術くろまじゅつ』のマストに、パラシュートのようなものががった。赤白青あかしろあおのパッチワークでカラフルだ。

馬頭ばとうさん、あれはなんですか?」

 ぼく黒魔術くろまじゅつ指差ゆびさした。

「あれはスビンってって、追風おいかぜ専用せんようのセイルだよ」

 『黒魔術くろまじゅつ』から大分だいぶおくれてかみマークをまわっていくほかのフネのマストにも、次々つぎつぎスピンががっていく。


 『韋駄天いだてん』はなかよりすこうしろの順位じゅんいでマークをまわった。

「スピンをげるんですね?」

 ぼくくと馬頭ばとうさんはくびよこった。

「『韋駄天いだてん』にスピンはんでないよ」

「えっ? なんでですか?」

「スピンをげるやつがいねえからだ!」

 こたえたのは小浪こなみさんだった。

小浪こなみさんと馬頭ばとうさんじゃげられないんですか?」

「スピンぐらいげられるぞ。でもスピンをげるのは俺達おれたちじゃない」

 意味いみからない。馬頭ばとうさんのかおうかがったけど、馬頭ばとうさんはだまってうなずくばかりだ。


 ぼくらのあとでマークをまわるフネもみんなスピンをげる。スピンをげていない『韋駄天いだてん』とのスピードあきらかだ。『韋駄天いだてん』はスピンをげたフネにどんどんかれていく。しもマークをまわったときぼくらよりうしろには、五艘ごそうのフネしかいなかった。まえには二〇艘にじゅっそういるのに。


 しもマークをまわってまた風上かざかみかう。かぜ専用せんようのスピンは使つかえないから、『韋駄天いだてん』だけが特別とくべつおそいということはない。うしろの五艘ごそうかれることなくかみマークにいた。それどころからないあいだ二艘にそういていて、『韋駄天いだてん』のうしろは七艘ななそうになっていた。バラけてはしっているとどのフネがまえにいるのかからない、という馬頭ばとうさんの言葉ことば実感じっかんする。


 かみマークまであとすこしというところで、うしろから『黒魔術くろまじゅつ』がぐんぐんせまってきた。あっというに『韋駄天いだてん』にならんだとおもったら、『韋駄天いだてん』とマークのあいだってはいってきた。

みずくれ!」

 『黒魔術くろまじゅつ』から怒鳴どなごえがした。小浪こなみさんはすぐにかじみぎって『黒魔術くろまじゅつ』に進路をけた。内側うちがわに『黒魔術うろまじゅつ』、外側そとがわに『韋駄天いだてん』。二艘にそうならんでマークをまわる。マークをまわりきったときには『黒魔術くろまじゅつ』が完全かんぜんにまえていた。『黒魔術くろまじゅつ』はすぐにスピンを揚げて、あっとに『韋駄天いだてん』をりにしてってしまった。はやくも周回遅しゅうかいおくれだ。


 そのあとは、風下かざしもかうときスピンをげたほかのフネにかれはなされ、風上かざかみかうときにすこいついて、をかえし、『韋駄天いだてん』は結局けっきょく最下位さいかいでフィニッシュした。

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