レース開始

「やっとかぜてきたな」

 かんチューハイ片手かたて小浪こなみさんがそうってモーターボートのほうをた。それと同時どうじに「プワーン」とちょっと間抜まぬけなホーンのおとがして、モーターボートにがっていた赤白あかしろ縞模様しまもようはたろされた。


五〇ごじゅう……四〇よんじゅう……」

 馬頭ばとうさんが腕時計うでどけいながらカウントダウンをはじめた。

二〇にじゅう……一〇じゅう……五分前ごふんまえ!」

 馬頭ばとうさんがうのと同時どうじにまたホーンのおとがして、モーターボートにはたがった。白地しろぢあか佐之島さのしまのシルエットがえがかれている。


陸斗君りくとくん、あのはたはスタート五分前ごふんまえ合図あいずだよ」

 腕時計うでどけいから視線しせんぼくけた馬頭ばとうさんがおしえてくれた。

「スタートラインにはならばないんですか?」

「ヨットは一箇所いっかしょまっていられないよ。スタートライン付近ふきんをウロウロしてつんだ。それでスタート時刻じこくわせてスタートラインを横切よこぎるんだよ」

りしたりしてですか?」

 真面目まじめいたつもりだったんだけど、馬頭ばとうさんがした。

「そんなのこのレースだけだよ。スタートまでのあいだにかぜきの変化へんかたり、スタートラインからかみマークのへ角度かくどはかったり、なるべく位置いちでスタートできるようにほかのフネときしたり。ヨットレースはスタートまえからはじまってるとってもいいくらいだよ」

小浪こなみさんはおさけんでますけどね」

「ああえて必要ひつようなことはちゃんとやってるよ。闇雲やみくもはしまわってただけにおもえるかもしれないけど、スタートラインに沿ってはしったり、マークの方向ほうこうはしったりしてたんだよ」

「そうなんですか……」

「うん。それでぼくがあのコンパスを角度かくどはかってたんだ」

 馬頭ばとうさんはキャビンの外壁がいへきいてるコンパス……方位磁石ほういじしゃく指差ゆびさした。

「それじゃいまきの最中さいちゅうなんですか?」

「いや。このレースはそこまで真剣しんけんなものじゃないからね。三分前さんぷんまえ!」

 ぼく会話かいわしながらチラチラ腕時計うでどけいていた馬頭ばとうさんが、小浪こなみさんにかってさけんだ。それをいて小浪こなみさんは、モーターボートのうしろろをとおして『韋駄天いだてん』をスタートラインからとおざけた。

 小浪こなみさんはティラーとメインシートの操作そうさ馬頭ばとうさんはジブシートの操作そうさいそがしそうなので、邪魔じゃませずだまってておくほうがさそうだ。


二分前にふんまえ!」

 馬頭ばとうさんがげた。『韋駄天いだてん』は反転はんてんして、今度こんどはモーターボートに近付ちかづいていく。

一分前いっぷんまえ!」

 馬頭ばとうさんのこえ同時どうじにホーンが鳴った。『韋駄天いだてん』はモーターボートのうしろをとおけてスタートラインにせまる。ほかのフネもほぼ横一列よこいちれつならんで、スタートラインに近付ちかづいいていく。


 ここで説明せつめいしておいたほうがいいね(なんてえらそうにうけど、ぼくあと馬頭ばとうさんにおしえてもらったことなんだけどね)。スタートラインの風上かざかみいちキロ(今日きょうかぜよわいのでみじかい)のところにかみマークがいていて、まずはそこを目指めざす。かみマークを反時計回はんとけいまわりにまわって今度こんどしもマークにもどる。こうやって三往復さんおうふくしたあともう一回いっかい風上かざかみかい、スタートとおなじようにモーターボートとかみマークをむすせん横切よこぎればフィニッシュ。

 ところでヨットは風上かざかみかってはしることもできるってってた? それでも真向まむかいは無理むりで、かぜたいしてなな四五度よんじゅうごどまで。北風きたかぜ場合ばあい北東ほくとうまたは北西ほくせいかってならはしることができるんだ。だから、スタートやしもマークからかみマークにくときはくんじゃなくて、左右交互さゆうこうごなな四五度よんじゅうごどでジグザグにはしることになる。

 いま南風みなみかぜだから、スタートラインにかうヨットはみんな、スタートラインにたいして左斜ひだりなな四五度よんじゅうごどよう南東なんとうかってはしっている。


 スタートライン(せんいてあるわけじゃないから、モーターボートとマークを見比みくらべてなきゃいけない)をえる瞬間しゅんかんに、ホーンがった。

「エックスなし!」

 馬頭ばとうさんがさけんだ。

「フライングしたフネはいないってことだよ」

 つづけて馬頭ばとうさんが説明せつめいしてくれた。


韋駄天いだてん』のまわりのフネはだいたいおなじようなはやさだけど、なかにはぐんぐんさきくフネもいる。そのなかでも一番いちばん左側ひだりがわ、マークりからスタートしたくろいフネ、『黒魔術くろまじゅつ』はほかのフネとはレベルのちがはやさでみんなをりにしていく。

 しばらくそのままはしったところで『黒魔術くろまじゅつ』が方向転換ほうこうてんかんした。

栗栖くりすがタックした!」

 ずっとセイルを見上みあげている小浪こなみさんにかって馬頭ばとうさんがった。

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