風が無ければヨットは走らない

 レースに参加さんかするヨットが次々つぎつぎ桟橋さんばしはなれ、マリーナをきかかえるようにびる堤防ていぼう目指めざす。エンジン全開ぜんかいはしる『韋駄天いだてん』もそれにじって堤防ていぼうそとた。まえさえぎるものがなにもない水平線すいへいせんひろがる。午前ごぜん日差ひざしをけてキラキラひか海面かいめんなみなめらかだけど、おおきくうねってゆっくり上下じょうげしている。


「うねりがはいってきてるな。陸斗りくと、ここではかぜいてなくてもおきにはかぜがあるんだ。そこで出来できなみがうねりになってここまでつたわってきてるんだ」

 小浪こなみさんがおしえてくれた。つづけて小浪こなみさんは、ティラーをにぎっていないほう前方ぜんぽう海面かいめん指差ゆびさした。

陸斗りくと、あそこにボートがいるのかるか?」

 ぼくゆびさきらす。とおくにモーターボートがうねりでかくれしている。ぼくうなずいた。

「それとあそこにマークがえるだろ」

 小浪こなみさんはボートからすこはなれた海面かいめん指差ゆびさしている。ぼくはボートから視線しせんをずらした。

なにえないです」

黄色きいろものいてるの、えないか?」

 ぼく黄色きいろもの注意ちゅういしてまた海面かいめんた。

「あっ! なにいてます」

 俵形たわらがたものいているのをつけた。とおくてよくからないけど、おおきなバルーンみたいだ。

「あれがしもマークだ」

風下側かざしもがわのマークって意味いみだよ」

 馬頭ばとうさんが補足ほそくしてくれた。

「あのモーターボートとしもマークをむすせんがスタートラインだ」

 小浪こなみさんはボートにけたゆびしもマークのほうにスライドさせた。


 小浪こなみさんのゆびってくびまわしたぼくは、なんとなくそのままうしろをかえった。くろいハルのヨットがすごいスピードでいかけてくる。ちかづいてきてよこならんだ。バウには金文字きんもじで『黒魔術くろまじゅつ』っていてある。っているのはあの六人組ろくにんぐみだ。

「そんなチンタラはしってるとスタート時刻じこくいませんよ!」

 マストにりかかってっている一人ひとりさけんだ。あのおじいさんはコックピットでわらっている。小浪こなみさんが相手あいてにしないで無視むししたから、『黒魔術くろまじゅつ』はさらにスピードをげて『韋駄天いだてん』をっていった。


小浪こなみさん、スタートにわないってってましたけど、大丈夫だいじょうぶなんですか?」

 わなくてもぼくかまわないんだけど、一応いちおういてみる。

「このかぜじゃレースにならないよ。風待かぜまちでスタート延期えんきになるから大丈夫だいじょうぶさ」

 馬頭ばとうさんがこたえてくれた。さきにスタートラインちかくまでってセイルをげているヨットをると、ほとんどまっている。ヨットはかぜちからはしるもの。かぜければどうにもならない。たしかにあれじゃレースにならない。


「よし、セイルをげよう。かぜがないからこのままでいいな」

 スタートラインすぐちかくまでてから小浪こなみさんがった。馬頭ばとうさんが、キャビンの屋根やねいている糸巻いとまきのおけみたいなものに、マストの根本ねもとからびてきている一本いっぽんのシートをけ、糸巻いとまきのうえいてるハンドルをまわしてシートをっていく。るにつれてメインセイルがマストに沿ってがっていく。メインセイルのかどがマストの天辺てっぺんまでがったところで馬頭ばとうさんはシートをロックして糸巻いとまきからはずした。おなじようにしてジブセイルもげた。


「エンジンめるぞ」

 小浪こなみさんの足元あしもとにはエンジンを操作そうさするレバーがいてる。そのわきちいさなツマミがっていて、小浪こなみさんがそれをくとエンジンがまった。きゅうしずかになる。最初さいしょ惰性だせいすすんでいた『韋駄天いだてん』だけど、すぐにまってしまった。

「こりゃはしらないな。かぜければどうにもならん」

 小浪こなみさんはそううとキャビンにはいっていき、かんチューハイをもどってきた。

「おさけむんですか?」

 ぼくはびっくりしていた。

「こんなかぜだ。まんとやってられん!」

「モーターボートをてごらん。赤白あかしろ縞模様しまもようはたがってるよね。あれはスタート延期えんき合図あいずなんだ」

 馬頭ばとうさんがおしえてくれる。

「まだしばらくかぜてきそうにないから。みんなくつろいでるよ」

 馬頭ばとうさんがまわりを見回みまわす。ぼく一緒いっしょくびめぐらす。


 チューハイんでる小浪こなみさんなんてカワイイほうだった。ってるひとみんながかんビールってるなんてたりまえ。スターンからいとれてるのもいる。コックピットからモウモウとけむりげているフネがいたからおどろいてらしたら、なんと七輪しちりんでサンマをいてた。 


「このレースはつことよりもたのしむことが一番いちばんさ。そうじゃないのが一杯いっぱいだけいるけどね」

 馬頭ばとうさんの視線しせんさきには『黒魔術くろまじゅつ』がかんでいた。

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