阿久津さんとの再会

 クラブハウスにはマリーナの事務所じむしょ、このマリーナにフネをいているひとたちの歓談室かんだんしつ会議室かいぎしつがある。もうすぐこの会議室かいぎしつで、レースについての説明会せつめいかいである艇長会議ていちょうかいぎはじまることになってる。


 はなした会議室入口かいぎしついりぐにから小浪こなみさんが部屋へやはいると、小父おじさんが一人ひとりってきた。

「デンさん、けましておめでとう」

半年振はんとしぶりだからな。けましておめでとう」

 馬頭ばとうさんが「毎年春まいとしはる恒例こうれいだよ」とぼくみみにささやいた。そのうち小浪こなみさんのまわりに小父おじさんたちがあつまってきた。

「デン! まだくたばってねえのか?」

「おめえにわれたかねえな!」

なにを! おれなんか健康けんこう使つかって五時ごじよりまえにはまないようにしてるんだ。不摂生ふせっせいなデンとはちがうぜ」

おれなんか……痛風つうふうにならねえよう焼酎しょうちゅうとウィスキーしかまねえんだぞ!」


 どっちもそんな健康的けんこうてきとはおもえないけど……なんにしてもにくまれぐちたたうくらい、みんななかがいいみたいだ。

「いつもこんなさ。みんないがながいからね」

 なかばあきがお小父おじさんたちをていたぼく馬頭ばとうさんがった。馬頭ばとうさんはああいうの苦手にがてなのか、はなしはいらない。でも笑顔えがおているから、いやがってるわけでもなさそうだ。


 会議室かいぎしつにいるひと(ほとんど小父おじさんとおじいさん。小母おばさんとおにいさんが少し。子供こどもぼくだけ)はみんないらしく、誰彼だれかれとなくこえをかけっている。そんななか部屋へや片隅かたすみかたまってほかひととは距離きょりいている六人組ろくにんぐみがいた。一人ひとりだけおじいさんがいるが、五人ごにんはまだ三〇歳さんじゅっさいくらいにえる。


 なんとなくになって六人ろくにんのことをぼんやりながめていたら、部屋へや入口いりぐちから車椅子くるまいすはいってきた。それを合図あいずにみんな会話かいわをやめて部屋へや前方ぜんぽういた。

 車椅子くるまいすには小浪こなみさんとおなじくらいのとしのおじいさんがすわっていて、車椅子くるまいすしているのは……阿久津あくつさん? そのかおからはなせないでいたら、こうもぼくいた。一瞬いっしゅんびっくりしたかおしたけど、すぐに笑顔えがおになった。やっぱり阿久津あくつさんだ。彼女かのじょ壁際かべぎわかれたホワイトボードのまえ車椅子くるまいすを止めた。


「みなさん、半年はんとしのご無沙汰ごぶさたでした。今回こんかいもおあつまりいただきありがとうございます」

 車椅子くるまいすのおじいさんがはなはじめた。

「おかげさまでしまカップも今年ことし十年目じゅうねんめむかえました。今年ことし佐之島さのしまカップのモットーはユルくたのしいレースでいきますからよろしく」

 だれからともなく拍手はくしゅこった。


「それでは今日きょうのレースについて説明せつめいします。コースはいつものとおりソーセージ。かぜつよくないみたいですから、みじかめに設定せっていします。あまりにもかぜがない場合ばあいはレグをらします」

「マークなおしは?」

「いえ。各艇かくていバラけるでしょうから、たぶんうごかすタイミングがれないとおもいます」

 おじいさんがくと、質問しつもんしたオジサンがうなずいた。

予報よほうによると、スタート時刻じこくにはみなみ微風びふうですが、だんだんひがしまわってつよくなるみたいです。きたしもマーク、みなみかみマークで設定せっていします。後半こうはんはアビームでっていになるかもしれませんがご了承りょうしょうください」

 車椅子くるまいすのおじいさんはそのもレースの注意事項ちゅういじこう説明せつめいつづけたけど、ぼくにはなにってるのかさっぱりからなかった。でもそんなことはどうでもいい。ぼく阿久津あくつさんのことがになって仕方しかたない。ジロジロないようにしようとおもってもがいってしまう。でもときどき阿久津あくつさんとうから、こうもぼくのことになってるんだな。ちょっとうれしい。


 艇長会議ていちょうかいぎわって解散かいさんになった。ぼく部屋へやようとする人波ひとなみをかきけて阿久津あくつさんのところへった。

阿久津あくつさん……だよね?」

「うん。牧野君まきのくんひさり。牧野君まきのくんてヨットやってるの?」

ったことない。ちょっとワケあってハンディのダシにされた」

若返わかがえりポイント? じゃあ『韋駄天いだてん』だね」

「いや、少子高齢化対策しょうしこうれいかたいさく……そっか、若返わかがえりポイントか。阿久津あくつさんは?」

「お祖父じいちゃんがこのレースの運営うんえいやってるからお手伝てつだい」

 阿久津あくつさんはマリーナスタッフらしい人とはなんでいる車椅子くるまいすのおじいさんをしめした。その気配けはいかんじたのか、おじいさんがこっちをいた。

陽毬ひまり友達ともだちかい?」

小学校しょうがっこう同級生どうきゅうせい

「そうか。きみはどのフネにるのかな?」

「『韋駄天いだてん』です」

「デンさんのとこだ。じゃあハンディのダシにされたね?」

「はい」

「『韋駄天いだてん』は若返わかがえりポイントでなんとかブービーになってるフネだからね。きみがいなければ最下位さいかいだな」

余計よけいなことうな」

 うしろからのこえおどろいてくと小浪こなみさんがニヤけたかおっている。

「デンさん、けましておめでとう」

「おう。今年ことしもよろしくな」

冗談じょうだんはさておき、デンさんだけだよ。わかひとれてきてくれるのは」

仕方しかたない。いまどきのはヨットなんて興味きょうみがなかろう。陸斗りくと、おまえだってゲームばかりしてるんだろ?」

ぼく、ゲームはほとんどしません」

めずらしいな。普段ふだんなにしてるんだ?」

「ええと……なんにもしてません」

わかいのにもったいない」

勉強べんきょうしなきゃとはおもってるんですけど……」

 小浪こなみさんはぼくこたえなんかたずに会議室かいぎしつ出口でぐちってしまった。なんて自由じゆうな人なんだ、まったく。

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