佐之島マリーナ

 スイカばたけなかをガタピシはし二両編成にりょうへんせい辿たどいたのは、ふるびた木造駅舎もくぞうえきしゃ終着駅しゅうちゃくえきだった。改札かいさつぼくは、ふくろれてってきたたた自転車じてんしゃ駅前えきまえ駅前広場えきまえひろばなんかじゃなくて、雑草ざっそうしげ文字通もじどお)でてた。


 えきみさき小高こだかおかうえにある。駅前えきまえ集落しゅうらくけると視界しかいひら海岸かいがんくだ坂道さかみちた。見下みおろろせばうみひろがり潮風しおかぜきつけるさかさき海岸かいがんすぐおき目指めざ佐之島さのしまえている。ほとんどみどりおおわれているけど、東側ひがしがわ六分ろくぶんいちくらいがコンクリートでかためられていて、くるまがたくさんめてある。駐車場ちゅうしゃじょううみとのあいだあか屋根やね建物たてものがあって、うみにはヨットやモーターボートがズラリとならんでいる。

 ぼくいきおいつけて坂道さかみちくだり、そのままっすぐつづはしとおってしまわたった。スピードをとすことなく内側うちがわおおきく自転車じてんしゃかたむけてカーブしながら駐車場ちゅうしゃじょうすべんで、駐輪場ちゅうりんじょう自転車じてんしゃめた。


 あか屋根やね建物たてものにマリーナの受付うけつけがあったけどだれもいない。なかのぞいていたら、とおりかかった小父おじさんにこえけられた。

少年しょうねん、どうした?」

小浪こなみさんてひとたずねてきたんですけど」

 小父おじさんはすぐに合点がてんがいったかおをして「いておいで」とった。


 小父おじさんはあか屋根やね建物たてものとおけて海側うみがわた。

「この桟橋さんばし一番いちばんおく緑色みどりいろのヨットがかんでるのかるかい? あれが小浪こなみさんのフネだよ」

 ぼく小父おじさんにおれいってから桟橋さんばし先端せんたんまであるいた。桟橋さんばしにロープでつながれているそのヨットの船首せんしゅには、白抜しろぬ文字もじで「韋駄天いだてん」ていてある。このヨットの名前なまえだろう。

 ヨットのうえにおじいさんが一人ひとりち、そらかってびるぼうなんったっけ……そうそう、「マスト」だ)を見上みあげている。


「すみません! 小浪こなみさんはいますか?」

 ぼくがおじいさんにたずねると、おじいさんはくろ陽焼ひやけしたかおをこちらにけた。

小浪こなみおれだが。おまえさんは?」

間宮先生まみやせんせいわれてきました」

「おお! 智坊さとぼうのところの生徒せいとか」

「あのお、けとしかい、われてないんですけど、なにをすればいいんでしょうか?」

智坊さとぼうやつ、なにもはなしてないのか。おまえさん、名前なまえは?」

牧野まきのです」

牧野まきのなにさんだ?」

牧野陸斗まきのりくとです」

陸斗りくと? 海斗かいと、だったらよかったのにな。そんなことはどうでもいい。陸斗りくとはこれでレースにるんだ」


 えっ? このヒトなにをってるんだ? ぼくがヨットでレースにるだって?


「レース? ヨットのですか?」

「これが自転車じてんしゃえるか?」

「いや、そうじゃなくて、ぼくヨットになんかったことないです。それなのにレースなんて。なんのやくにもちませんよ」

「そんなことはかってる。ってるだけでいいからツベコベうな」


 ぼくはあんまりな物言ものいいに唖然あぜんとして、おこにもならない。


「そんなとこにってないで、はやくフネにれ」

「どうやってればいいんですか?」

「そのしろいワイヤーをつかんで、ガンネル……その船縁ふなべりあしをかけて、えいやっと」

 ぼくわれたとおり、ヨットのまわりをすりのようにかこんでいるワイヤーをつかんだ。

「そのワイヤー、れるかもしれないからけろよ」


 いやいや、これつかんで「えいやっ」てしたときにれたら、をつけるもなにもないでしょ!


 ぼくがワイヤーをつかんだままうつるのを躊躇ちゅうちょしていたら、ヨットのなかからべつのおじいさんがかおのぞかせた。やっぱり陽焼ひやけでくろだ。


「デンさん、子供こどもをからかうもんじゃないよ。少年しょうねん、そんな簡単かんたんれるもんじゃないから大丈夫だいじょうぶだよ……多分たぶん。まあれてもうみちるだけだ」


 それフォローになってない。もうどうにでもなれ。


 ぼく船縁ふなべりあしをかけ、つかんだワイヤーをぐいっとむねきつけてヨットにうつった。


陸斗君りくとくんうのかい? ぼくうまあたまいて馬頭ばとう智君さとしくんからなにもいてないんだね?」

智君さとしくんって、間宮先生まみやせんせいのことですか」

「そうそう。間宮先生まみやせんせい

「はい。ただって小浪こなみさんをたずねろとしか……」

「そうか。今日きょうてもらったのは……」

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