阿久津さん

 小学生しょうがくせいときぼくはイケメンでスポーツ万能ばんのう勉強べんきょうもできた。バレンタインデーには学校がっこうじゅうの女子じょしからチョコをもらうので、お年玉としだまはホワイトデーのおかえしをうだけでくなってしまうくらいだった。

 なんてことはもちろんなく、かお普通ふつう、スポーツはまるでダメ(とく球技きゅうぎ苦手にがて)、勉強べんきょうもそこそこ。チョコなんか、三年生さんねんせいのときにすこししませたクラスメイトの女子じょしがクラスの男子全員だんしぜんいんくばったのをもらったことがあるだけ。


 でもにしてなんかいなかったよ。まだおんな特別とくべつ興味きょうみがあったわけでもなく、自分じぶんがイケてないことにコンプレックスをいだくようなこともなかったしね。それどころか自分じぶんにはなに特別とくべつちからがあるはずだって、なんの理由りゆうもなくおもってたくらいだ。

 おとこならだれでもするように秘密基地ひみつきちつくったり、友達ともだち自転車じてんしゃとおくのやままちまでったり。かえりが夜中よなかになってしかられることもしょっちゅうだったけど、毎日まいにちたのしくすごごしてたよ。


 そうやってぼく能天気のうてんききてたけど、まわりはそうでもなかったんだな。四年生よねんせいくらいからじゅくかよえてきて、六年生ろくねんせいにもなると塾通じゅくがよいのほうが多数派たすうはになった。でも学校がっこうわったあとにまで勉強べんきょうなんかしたくなかったぼくは、じゅくくつもりも中学受験ちゅうがくじゅけんするつもりもまったくなかったさ。でも一学期いちがっきがもうすぐわるというとき、なかかった友達ともだちに「夏休なつやすみの計画けいかくてよう」とちかけたら、「祖父じいちゃんのいえくのと、じゅく夏期講習かきこうしゅう予定よていがいっぱい」だからとことわられてしまった。ほか友達ともだちもみんな夏期講習かきこうしゅうくとう。このままじゃ夏休なつやすみの大部分だいぶぶん一人ひとりさびしくごすことになってしまう。それでぼくはおかあさんに「勉強べんきょうしたいからじゅくかせて」とおねがいしたんだ。あそ友達ともだち一緒いっしょにいたいからとはえないからね。


 夏期講習かきこうしゅうでもよくあそんだよ。えっ? 「よく勉強べんきょうした」じゃないのかって? 小学生しょうがくせいのことだから、おそくまで授業じゅぎょうするわけじゃない。せっかく普段ふだんないようなまちまでてるんだから、ほか学校がっこうたちも一緒いっしょになってハンバーガーべにっり、ゲームセンターにびたったり。ここにはけないような(ちょっとだけ)わるいことしてみたり。ちょっと背伸せのびしたがしてたのしかったなあ。


 そもそも夏休なつやすみの居場所いばしょ確保かくほするのが目的もくてきだったから、二学期にがっき以降いこう塾通じゅくがよいをつづけようなんておもってなかったさ。ところが夏期講習かきこうしゅう最後さいごけた学力測定がくりょくそくていテストでぼくはなぜか優秀ゆうしゅう成績せいせきのこしてしまった。「特待生とくたいせいとして授業料じゅぎょうりょう割引わりびきしますから、ぜひつづけてください」とわれて、おかあさんがすっかりそのになっちゃった。それでぼく塾通じゅくがよいをつづけることになってしまったんだ。


 ぼく最初さいしょから選抜せんばつクラスにれられた。入塾にゅうじゅく初日しょにち講師こうしれられて教室きょうしつはいり、クラスのみんなに紹介しょうかいされた。

今日きょうからこのクラスに入る牧野君まきのくんです。学校がっこうは……」

 講師こうしぼくかおた。

下庄北しもじょうきたです」

下庄北しもじょうきただと……阿久津あくつさんとおなじかな?」

 そうった講師こうし視線しせんさきったかおがあった。阿久津あくつ陽毬ひまりはなしたことはほとんどいけどおなじクラスの女子じょしだ。

おなじクラスです!」

 阿久津あくつさんが返事へんじした。

「そうか、ちょうどいい。となりせきいてるから、そこにすわりなさい」

 ぼくつくえあいだとおって講師こうし指差ゆびさしたせきすわった。

牧野君まきのくんもこのじゅくかよってたんだね。らなかった」

 阿久津あくつさんがはなしかけてきた。

かよってない。夏期講習かきこうしゅうただけ」

「それでいきなり選抜せんばつクラスなんてすごいね」

「そうなの?」

「うん。あたしは五年生ごねんせいからかよはじめたけど、六年生ろくねんせいになってからだよ、選抜せんばつ

「そうなんだ。阿久津あくつさんがじゅくかよってたのもらなかったけどね」

学校がっこうはなしたことないもんね。これからよろしく」

 小学生しょうがくせい男子だんし女子じょし仲良なかよくなんかしないもんだ。

「うん」

 ぼくはそっけなくこたえた。


 じゅくかおわせると阿久津あくつさんはいつもはなしかけてきた。これまで選抜せんばつクラスにおな学校がっこう生徒せいとがいなかったから、ぼくはいってきてうれしいのだとってた。ぼく学校がっこうでほとんどはなすことのない女子じょしはなせるのはいやじゃなかったんだけど、はなし夢中むちゅうになるとかおかおがくっつきそうになるくらい彼女かのじょしてくるのにはこまってしまった。間近まぢか彼女かのじょがとても可愛かわいかったから。


        * * *


 選抜せんばつクラスの生徒せいとはほとんどが私立しりつ進学校しんがくこう受験じゅけんしたから、ぼくもなんとなくながされて地元じもと名門めいもん男子校だんしこう受験じゅけんして、なんの間違まちがいか合格ごうかくしてしまったよ。阿久津あくつさんも名門めいもん女子校じょしこう受験じゅけんして合格ごうかくした。塾通じゅくがよいがわり、阿久津あくつさんとはな機会きかいもなくなった。そしてすぐにぼくたちは下庄北小学校しもじょうきたしょうがっこう卒業そつぎょうしたんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る