コンビニ


「よ、穂積。着替えて来たよ!」


 洗面所で下着を乾かして着替えたのであろう。勢いよく部屋をあけて入ってきた。


「そんなに疑っても見せてあげないよ!」


 紬麦を見ていた俺の視線を気にしたのかそんな事を言う。疑っても確認できない以上そんな事言わないでもらいたい。


「はあ……近くのコンビニでいいか?」


 何と言うのか紬麦のペースに付き合ってられず話題を替えた。


「うん!」


 二人で階段を降り玄関まで行く。そこの傘立てから使えそうなものを探す。


「この雨風の中で壊れなさそうな傘は……」


 困った事に傘が一つしかない。安いビニールの傘ならあるが、この雨では厳しいだろう。


「あ、母さんが傘持っててるから一つしかないな」


 母さんが持っているらしく頑丈そうなのは一つだけだ。それを紬麦に渡そうとすると止められる。


「相合い傘でいいよ」


 それでも無言で傘を押し付けても断られたので紬麦の意見は変わらないだろう。こうなればテコでも変えないので受け入れるしかない。


「分かったよ」


「あ、穂積がその靴履くならサンダル借りていい?」


 俺が靴を履くなり後ろから言われた。何故、と疑問に思ったが紬麦の靴を見てみると底は高く履きにくい上に濡れていた。


「いいけどサイズ合うか?」


 試しに紬麦が履いて見ると想像通りサイズが大き過ぎるようだった。


「ホントだ。穂積、足大きくなったんだね。私じゃもう服も靴もブカブカだよ」


「やめとくか?」


「ううん、この靴そのまま借りるよ」


 サイズのせいで靴と裸足が離れ、ペタペタと音を鳴らしながら扉の方に歩く。風の影響で開きにくく少し力を込めて開けた。


「うわ、ホントに雨強いね」


 どうやら外は窓から見るよりも風が強く横殴りのような雨のようだ。

 傘立てから握った傘を玄関外で開くと、紬麦も一瞬入りたそうな仕草をしている。


「ありがとう」


 入りやすいように隣を空けてやると感謝を述べながら隣に並んだ。ちゃんと傘に入った事を確認して二人で雨の中を歩き始める。コンクリートの濡れた臭いの中を歩く。


「もう結構暗いね」


 外は厚い雲の影響で真っ暗闇に等しかった。ただ行き交う車の光が足元の水面に反射して場面によっては眩しく映る。


「あ、でもいつの間にか街灯点いてる」


 歩いている中、紬麦が街灯を見つけて言った。確かにここらの灯りは最近つけられたものが多い。昔とは違うところでこのおかげてま夜道も歩きやすくなった。


「穂積、気づいてないと思った? 私の為なのは嬉しいけど風邪引くよ?」


 紬麦に言われて何のことかと考えたが、恐らく紬麦が濡れないように傘の場所を多くしていることだろう。その影響で片側の肩が少しだが雨に当たったいる。


「あ、私と密着するのに遠慮してる? そんなの気にしなくていいのに」


 見透かされているらしい。ただでさえ紬麦と肩が当たっている以上、これよりも密着するのは距離が近く身体の至るところが当たってしまう。


「もうしょうがないなあ」


 紬麦が腕を組むように密着してくる。急な接近に心臓が跳ねて速くなる。二人の身体の至るところが当たっている。


「これで雨に当たらないね」


 動揺を出さないために何も言わないでいたが紬麦の方も何も言わず無言の時間が包む。

 傘に当たり弾ける雨音だけが耳元に入ってくる。


「そんなに照れなくてもいいじゃん」


 微かに聞こえた声を確かめるように聞き返しす前にさらに強く密着される。


 何も言えないまま二人で夜道を歩いているとまた紬麦の方から口を開らいた。


「あ、ここの本屋さん無くなってるんだ。よく行ったのになあ」


 指差していた方角を見てみるとそこは昔本屋があった場所だった。引っ越している間に潰れていたので知らないのだろう。


「ここは結構前に潰れたな」


 お互いに何回も行った場所で今だに店内の配置を覚えているだろう。

 潰れたと聞いて無言になったようで、隣の様子見てみるとを悲しそうな横顔が見えた。


「ここの駄菓子屋もかあ」


 その少し先の方にあった駄菓子屋の場所も指を指す。そこも少し前に潰れた場所だった。


「なんか一緒に行った思い出の場所が減ってるの寂しいな……」


「そうだな」


 何て声をかけて良いか分からず、淡白な返事を繰り返す。それでも紬麦の方は話しを広げていく。


「校外学習のときとかここでみんな買ってたのに」


「懐かしいな。みんなここで150円のやりくりして」


 ここの潰れた駄菓子屋は俺らの校区ではみんなが来た場所だ。特に校外学習のような外に行くときにはみんなが前日にここに買いに来ていた。

 そんな昔の忘れかけていた記憶が紬麦との会話で思い出されて行く。


「そうそう。でもガムが禁止とかで選ぶの悩むんだよね」


「あったな。そんなルール。それでも誰かはガム買って怒られてたんだよな」


 小学生の頃に感じた謎のルールだったが、今の年齢になって考えたら納得できるものへと変わっていた。


「……懐かしいね」


 紬麦が思い出を噛みしめているような声で小さく言ったのが聞こえてくる。


「そうだ! コンビニの駄菓子めっちゃ買おうよ。大人買いってやつ!」


 楽しそうににしているが、無くなった思い出の場所を忘れないようにするような提案にも思えた。


「それ良いな」


「でしょでしょ。それで晩御飯のあとに穂積の部屋で駄菓子パーティ!」


 俺の部屋かと思うがそんな言葉を挟む間も無く続ける。


「今までに見た事ない量の駄菓子を机に並べるの!」


「それ流石に買い過ぎてないか?」


「いやいや、食べ切れないぐらいの駄菓子ってロマンじゃん!」


「確かに子どもの頃の夢ではあるが」


 ずっとお金の制約があった故に、大量の駄菓子はある意味子どもの夢と言えるだろう。


「それに今家に二人だけなんだしこんなチャンス他に無いよ!」


 何のチャンスかと思うが勢いに乗ったようで話しを続けている。


「食べ切れなくても保存きくから大丈夫だし」


 確かに開けなければ長持ちするものが多いだろう。それなら紬麦の提案している大人買いもできてしまう。


「駄菓子もいいが晩御飯の方ちゃんと食べるか?」


「お母さんみたいな事言うじゃん。もちろん食べるよ! 懐かしいカレーだよ! 穂積の手作りだよ!」


 どうやら晩御飯の方も力を抜かない様子なので、これなら駄菓子を買っても大丈夫だろう。


「なら晩御飯のあとは駄菓子パーティだな」


「最高! やっぱり穂積分かってる!」


 浮かれたのか組んでいた腕が俺の腰にまで回って来て抱きつかれるような形になった。

 昔からだったが、今でもこの距離感の近さは健在のようでずっとくっつかれている。


「ほら見えて来たぞ」


 上がる心拍数をバレないように平静を保ったような声で言う。

 その裏でこの距離感に慣れないと、と思いつつ気持ちを抑えるために深呼吸をした。


「ホントだ。あんなところにコンビニ出来てたんだね」


 相合い傘を終えて二人で夜中のコンビニに入って行った。

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