お泊り会②


「あんまり浮かれ過ぎるなよ」


 紬麦が気持ちを切り替えたのは助かるが、それにしても浮かれ過ぎているようだった。この切り替えの早さも昔と変わってないのだろう。


「でも数年振りのお泊り会だよ? そんなの浮かれるに決まってるじゃん!」


 確かに数年振りのお泊り会だ。そういう意味ではテンション感を調整するのは難しいのだろう。


「そうだねぇ、前お泊り会したときは……あ、これ昔のままだね。勉強机の位置とかも変わってないし」


 部屋の配置を確認し始める。昔との位置関係を見ているようだ。


「あと、これとこれとこれも」


 そのついでに机の引き出しを開け始めた。こういうところも昔のままでいるらしい。


「勝手に漁るな」


 静止しても辞めることなく続ける。別に見られて困るものがそこにある訳ではないが。


「いいじゃん、いいじゃん。何が出てきても驚かないって、私なら全て受け入れるよ」


 ついには机の上のパソコンまで触り始めた。


「そう言う問題じゃないだろ」


 触り始めたはいいもののパスワードの入力画面で止まっているようだった。


「あ、パソコン開いた」


 つかの間、紬麦が俺のパスワードをくぐり抜けパソコンを開けた。


「な!?」


「いやー、まさか開けるとは。パスワード昔のままじゃん。私と決めたヤツだし」


 どうやら紬麦の方は昔のパスワードを覚えていたようだった。


「やめろ恥ずかしいから」


「そうだよね」


 流石に他人のパソコンを漁るのは悪いという気持ちは持ち合わせているらしく、素直にキーボードとマウスから手を離した。


「はい」


「はい?」


 パソコンから手を離して、何をするかと思えば何故か紬麦が自分のスマホを手渡してきた。そんな意味の分からない行動に聞き返してしまった。


「いやー、穂積のだけ覗くのは悪いかなって思ったから私のスマホ見てていいよ」


 無理やり手にスマホを握らされた後、紬麦が再びパソコンの方向に身体を向ける。


「勝手にメールとか送っちゃダメだからね」


 覗くのはいいがメールを勝手に送るのはダメという線引きらしい。


「何だこのノーガード戦法。勘弁してくれよ」


 他人のものを見るなら自分のも見せれば良いという発想なのだろう。

 仕方ないのでこちらも取り敢えず、紬麦のスマホに思いついたパスワードを入れてみる。


「ってお前もパスワード、俺と決めたヤツじゃあねぇか」


 ロックも開けずに終わると思ったが意外にも開けれてしまい声を少し大きく上げてしまった。


「うん。そうだよ? 別に代える必要もなかったから」


 開けられたことに欠片も動揺していない様子で答えられる。


「……本当に見ていいのか?」


 他人のパソコンを見る手を止めない紬麦に遠慮する必要があるのか、と思ったが相手は昔からの幼馴染とはいえ女子だ。スマホを覗くなど許されるはずが


「いいよ、いいよ。てか今私が覗いてるから穂積の方が出遅れてるよ」


 出遅れてるとは何だよ、と言う前に紬麦が話しを続ける。


「ま、お互いを空白期間を知るためだと思ってさ」


 中身を見やすいように大義名分まで用意されてしまった。

 このままだとパソコンを覗かれただけになってしまう。それに抵抗するにはしょうがないだろう。


「……お互いの知らない期間を知るためだからな」


「そんな熱心に確認しなくても、私は怒んないって」


 お互いに無言で相手の電子機器の中身を確認する時間が生まれる。その沈黙を先に破ったのは紬麦だ。


「って穂積。もっと私でも知ってるような有名なゲームしなよ」


 どうやらパソコンに入っているゲームを確認したらしい。実際、俺のパソコンにはクラスメイトの矢沢が勧めてくる謎のマイナーゲームが多い。


「それは友だちの趣味だ」


「へー、それは難儀なご趣味で」


 誤解されないように言っておいたが紬麦が理解したとは思えない様子なので機会があれば誤解を解いておこう。


「パソコンはもういいのか?」


 しばらく漁っていたようだったが次に話題を出すことなくパソコンを見るのを辞めたらしい。


「うん。どんなゲームしてるとか見たかっただけだから」


 紬麦によるパソコンの確認が終わったようなのでこちらもスマホを返却する準備をする。


「じゃあこれ」


 部屋を散策して近くに紬麦にスマホを返す。しかし、手で押し返されるように拒否され再び紬麦のスマホが手元に来る。


「ん? まだ私、穂積の部屋漁るから見てていいよ」


「マジかよ」


 なるほど電子機器だけではなく、これはお互いの情報のトレードなのだと理解できた。

 こちらもこうなればもうノーガードだ。紬麦のメディア欄を覗くことにする。


「紬麦、景色の写真ばっかりだな」


 見てみると人の写った写真などは少なく街並みを撮ったものが多かった。


「まあ……食事前に写真撮る、みたいな雰囲気のところじゃなかったからね」


「あ、それとも私の自撮りが見たかったの? それならね、入学式とかのが──」


「あー、自撮りなら最新のところにあるな。紬麦、こんなフリフリ系の着るんだな」


「なっ──!?」


 俺の言葉を聞くなり顔がみるみる赤くなって行く。


「き、今日試着したヤツだよね……?」


 どうやら今日、学校の女子も遊んだ拍子に試着して撮ったものらしい。

 自分写った写真を話題に出されてひどく動揺しているようだった。


「そんなに照れるなら渡すなよ」


「撮ったの忘れてただけ……」


 顔を真っ赤にして言う紬麦に悪い気がして遠慮の気持ちが出てきた。


「返そうか?」


「い、いい。私も穂積の漁ってるんだからそれぐらい」


「……何て言うか、昔の私を知ってる穂積にそんな服を見られるのが恥ずかしいってだけ……」


 確かに昔の印象とは大分違う服を選んでいる。まあ昔の紬麦の方がわんばく過ぎたので、女の子として落ち着いた服なのだろう。


「……それでさ……似合ってる?」


「似合ってると思うし、かわいいと思うぞ」


 昔の紬麦を考えなければ、メディア欄にある写真の数々は、とても可愛い女の子が可愛い服を着たという素晴らしい写真だ。


「……ありがと」


「……あぁ」


 照れたように控えめな感謝の言葉が聞こえてくる。何と言うか、そんな表情をされるのは勘弁してほしい。急に来られると心臓に悪い。


「穂積はこういう系、私に着て欲しい?」


 紬麦から難しい質問が来る。こう言うゆるふわ系やお嬢様のような服のことだ。

 似合ってるかといえばもちろん似合っている。ただ紬麦に着て欲しいかと言われると悩む。


「いや似合ってると思うが、俺は昔の紬麦のイメージで違和感あるからな……違う服の方が馴染み深い」


「例えば?」


「例えば……今のイメージからかけ離れた服とか……女子の服は思いつかないが」


「本当に!?」


 何やら嬉しそうにしている紬麦から服の提案をされる。


「じゃあ私がストリート系の服着たいって言ったらどうする?」


 ストリート系、と思って開いていたスマホで調べてみると昔の紬麦が着ていても想像できるような服が表情されていた。


「俺は紬麦に似合うと思うが」


 そのまま持った印象を伝える。それを聞いた紬麦の目はどんどんと輝いていった。


「ホント!? 私もこういうの着たかったの! 似合う? 本当に!? 良かった!」


 何やら嬉しいそうな感情が爆発しているかのような様子だった。


「……良かった。今の私でも着れるんだ……」


 少し聞き取れそうな独り言を呟いた後に名前を呼ばれる。


「ね、穂積! 明日……いや、明日は穂積おばさんと会うし……」


 すぐに行きたいという浮足立つ気持ちと、明日の予定に悩み一人問答が行われていた。


「来週! 来週の週末、こんな服を一緒に買いに行こうよ!」

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