お泊り会
紬麦からのハグも終わり話をする余裕が生まれる。そのタイミングで紬麦から話を切り出された。
「……穂積。そのお母さんと話してどうだった?」
「どうって言われても、俺からしたら昔のままな感じだったけど」
俺からすれば昔のままで話させてもらえた感覚だったが、紬麦からすればそう言う母親を見ていない。
「嘘!? どうして!?」
なので驚くのも無理もないだろう。そうなった理由が少し分かった。
「俺との電話の前に母さんと話して、それ経由で俺の番号聞いたらしいんだけど」
紬麦が理解しやすいように省かずに説明していく。
「そのときに母さんにも意見聞いたら『高校生だしいいんじゃない?』って言ったみたいで」
そんな母の言葉に目を輝かせて聞いている。
「流石、穂積おばさん」
「ただ放任主義なだけだって」
「いいじゃん。羨ましいよ」
ウチの親は『自分の好きなようにしなさい』というのがモットーで自由にさせてもらえている。そこに紬麦が羨ましいと思うのも理解できた。
「それと紬麦の電話もあって考えてくれたみたい」
「ほほー」
「私のお母さんってママ友に影響されやすいのよね……」
俺からすると意外な話しではあるが、電話を聞いていた感じそうなのだろう。
「だから、このまま紬麦おばさんと何回も接触させることで私、自由になったりしないかな?」
お互いの母を利用したとんでもないゴリ押しで自由を手に入れようとしている。
「流石に無理がある」
「無理だよね」
言い出した本人も綻びが見えているらしく簡単に諦めていた。
「いいなー、穂積は穂積おばさんで。私も放任主義の方がいいな」
「紬麦のせいで目が離せないんだろ」
「でもさー、ちょっとぐらい自由でもいいじゃん」
不貞腐れたように頬を膨らませている。本人も家ではかなり制限されているのだろう。
「ウチでは好きなだけ自由にしとけばいい」
どうやら本当に家では制限があったのだろう目を輝かせた。
「うん! そうする!」
親の話が終わって一段落ついたところで、紬麦の感情が揺れる。
「うーん、落ち着いたら、落ち着いたでどういう気分で話していいか分かんないね」
この短い時間の間にさまざまな感情になり悩んでいるのだろう。
ベッドに仰向けの姿勢で手を顔の前にかざしていた。表情を見れば哀と喜の混ざりあった複雑な顔をしている。
「悲しい気持ちもあるし、穂積とお泊り会するのも楽しみ。だから気持ちの整理が難しいなって」
ウチの父親の事を想っているのだろう。俺からすれば前の事だが、紬麦からすれば今日失った感覚なのだろう。
「どっちかって言われたら俺は気分上げてもらえると助かるんだが」
流石に辛気臭い顔をされたまま居られるのは、何とも居心地が悪い。
「そう?」
「一緒に泊まるやつが辛気臭い顔してるのは居心地が悪いだろ」
「そうだよね……」
上げていた手を顔に持ってきて目を元を拭ったように見えた。
「お泊り会だし悲しい気持ちのままっていうのもだよね」
身体を持ち上げて俺と顔を合わせる。
「よし! じゃあテンション上げてくね!」
自分の顔を両手で叩いて気合を入れていた。
「その方が俺の知ってる紬麦らしいよ」
「そう? こんな私知ってるの穂積ぐらいだよ」
どうやら気持ちの整理をつけてくれたらしく表情は晴れ渡っていた。
「ね、穂積。私たちも連絡先交換しない?」
「あー、そうだな。紬麦おばさんのだけ持ってるのも具合が悪いしな」
現状、俺が紬麦の関連で持っている連絡先は
紬麦おばさんだけという歪な状況だ。
「ホントだ、私より先じゃんズルい」
母親に何がズルいのか分からないが聞き返すのも厄介なので流しておこう。
「あー、小学校の頃にスマホ持ててたらな。穂積と疎遠にならなかったのに」
お互いに小学生の頃にスマホどころか携帯の許可が降りずに、スマホを手に入れて連絡先を交換する前に紬麦は引っ越してしまった。
家の番号も知っていたが中学生になりお互いに連絡がしだいに遠のいていったという結果だ。
「しょうがないだろ。小学生だったんだから」
善悪の怪しい小学生にスマホという外部に繋がれるのを渡すのに気が引けるという親の言い分はよく理解できた。なのでそれについてどうこう言うようなことはしない。
「そうだけど……まあ、また会えたからいっか」
紬麦にスマホを渡して手続きを進めてもらう。コードを読み込んでいる様子だ
「やった穂積の連絡先ゲット!」
浮かれたような手付きで俺のスマホを返してくる。画面を見ると紬麦の連絡先が表示されていた。
「連絡先が一番上に出るようにしとくね!」
「それ学校で見られたらどうするんだよ」
「うっ……それは……」
プライベートなところを許可無しで見る方が悪いと思うが万が一の事があれば紬麦も俺も面倒なことになる。
そう断言できるほど紬麦に学校人気があった。紬麦もしぶしぶ諦めたようだ。
連絡先を開いたついでに送らないといけないメールを済ませておく。
「あれあれ、穂積くん。さっそく私にメールですかな」
わざとらしくウザい口調で絡んでくる。
「ちげーよ」
「じゃあどなたに?」
「母さんに。事後報告だけど紬麦が泊まる事にったことと、その経緯を送ってる」
母さんにメールを送ると返事はすぐに返って来た。
「穂積おばさん何て来たか聞いていい?」
紬麦のことでもあるしメールの内容を隠す必要はないだろう。
「『明日帰るから、今日は二人で楽しみなよ』だってさ」
「おー、流石」
「まだ何か送ってるの?」
返ってきたメールに返信のために文字を打っていると、紬麦の想像してたより時間がかかっていたのか気になってに聞いてきた。
「ん? 帰って来たら紬麦をめちゃくちゃ褒めて頭を昔みたいに撫でてやってくれって送ってる」
「ホントに!? 穂積ありがとう!」
送るなり再び母親から返信の音が鳴った。
「何て何て?」
母のメール内容が気になったらしく、心踊る様子で聞いてくる。
「母さんに任せないだってさ」
「本当に!?」と子どもみたいな声を出して喜ぶ紬麦。ここだけ見れば小学生の頃と変わらないだろう。
「明日が待ち遠しいね」
紬麦はすでに明日の母さんとの再会を待ちわびているようだった。
「でも今は穂積とのお泊り会だよね」
どうやら浮足立つ気持ちを抑えて心は今に持ってきたらしい。
「何回もお泊り会してきたけど二人っきりは初めてだね」
小学生の頃のお泊り会は相手の親が居るのが当たり前だ。それが今回、親の居ない状況で二人きりというシチュエーションだ。
「せっかくだし、今日は思いっきり楽しもうね」
紬麦はこれから宴でも始めるという勢いで話している。
まだまだ長くなりそうな幼馴染とのお泊り会が始まる。楽しみにしている自分が、いや二人が居た。
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