電話②
「何で穂積の電話知ってるの!? 私も知らないのに!」
紬麦の言う通り俺も紬麦おばさんの連絡先を知らなかった。そもそも紬麦の番号すら知らないのだ。
おそらく、母さんの連絡先を知っていてそれ経由で聞いたのであろう。
「紬麦、俺電話に出るから」
電話を取るのを躊躇うが紬麦に頼まれたこともあり出る覚悟を決める。
「ちょっと待って! 私聞きたくない!」
紬麦の方はさっきの電話もあって居心地が悪いのであろう。内容を聞きたくないようだ。
「穂積の部屋行くから!」
同じ空間に居られず俺の部屋に向かうらしい。そこなら電話の声は聞こえないだろう。
二階に登って行く足音が、ここまで聞こえる程の勢いで階段を上がっていった。
「もしもし」
深呼吸をし息を整え、平静を保って電話を取る。
『もしもし穂積くん。お久しぶりです。紬麦の母です』
「お久しぶりです。その……紬麦おばさん」
紬麦に言ったが、かく言う自分も相手の母の呼び方に困り昔の呼び方をしてしまった。昔の幼いところを蒸し返したような恥ずかしい気持ちになる。
『わ!? その呼び方懐かしいわ』
「すみません。流石によくないですよね。……何と呼べばいいですかね?」
『いいわよ、昔のままで』
ひとまず、呼び方で機嫌を損ねてはいないらしくそこは安心だ。ここまで話した感じは昔から変わっていないような気がしていた。
「ありがとうございます」
『それで電話した理由なんだけど、うちの紬麦が穂積くんの家に来てたりする?』
さて、本題だ。誤魔化す必要もないだろう。正直に答える。
「はい、来てますね」
『本当に!? 今電話代われたりする?』
「多分無理だと思います。この電話も聞きたくないって俺の部屋に走って行きましたから」
紬麦おばさんからは「そうなのね」と少し呆れた声が伺えた。
『それじゃあ、さっきの電話のときも穂積くん一緒に居たのかしら?』
どう答えるか悩むことを聞かれたが、嘘をつけば後々に隠せないだろうということで素直に話そう。
「……はい。紬麦がスピーカーにしたのでその……全部聞いてました」
『……そう。恥ずかしいところ聞かれちゃたわね』
「その……すみません」
『お母さん、今家に居ないのよね?』
どうしてその事を知っているのか、そう言う疑問を返事のついでに投げかける。
「はい。その……どうしてそれを? 電話番号もですし」
『この電話番号もお母さんに聞いたのよ』
「やっぱり、そうですよね」
何だよ、母さん。紬麦おばさんの連絡先知ってたのかよ、なら言っててくれればよかったのに、と思ったが今はこの電話だ。
『お母さんも私の話を聞いてビックリしてたわ』
うちの母にまで伝わっているのか。しょうがないにしても勘弁してほしい。
「……そうですよね。母は何て言ってましたか?」
『もう高校生は大人なんだから泊まらせてもいいんじゃない? って言ってたわ』
こういうときもうちの母は変わらないのだろう。何と言うか、紬麦おばさんに申し訳なくなる。
「……すみません、そのご期待に添えなくて」
『いいのよ。お母さん、変わってないのね』
「はい……ずっとあんな感じで」
苦笑いになりつつも返事をする。
『そっか』という言葉に懐かしむ感情が混じっているような気がした。
『それで紬麦の方は本当に泊まる気なの?』
少なくとも俺の知っている紬麦から今から意見を変えないだろう。
「はい。どうしても今日は泊まりたいらしくて紬麦の事ですし意見変えなさそうで……」
『そうよね……。もしかしてデートだったとか?』
盲点だった。確かに、親視点だとそうなるよなと思う。ここは念の為誤解を解いて置くのが先決だろう。
「その……違いまして」
今日の紬麦が来た理由と、紬麦が何をしていたのか事細かに説明した。紬麦おばさんは話を途中で遮ることなく最後まで聞いてくれていた。
『なるほど。勘違いしてごめんなさいね』
何と言うかさっきの紬麦との電話を考えると、最後まで聞いてもらえると思わず少し驚く。
「いえいえ、勘違いしますよね」
無事に話し終えて嘘と思われているかもしれないが、ひとまず誤解は解けたという事にしておこう。
『紬麦に電話に出てちゃんと話してくれたら、穂積くんの家に泊まるの許可するって伝えて貰えるかしら?』
紬麦おばさんの提案に目を見開いてしまった。否定的な意見を持っていると思っていたからだ。しかし、どうやら違うみたいだ。
「え、本当ですか!?」
『うん、本当よ。何なら穂積くんとお母さんに誓っておくわ』
「分かりました。でも良いんですか?」
『そうね……。お母さんと少しだけど話してみて、昔のようにさせてあげるのも良いかなって……』
うちの母にほだされた様子が声質でも伺えた。なんとか母さんの力で乗り越えられたので次あったとき感謝しておこう。
『それに紬麦に言われたことも引っかかったから』
さっきの電話のことを考えてくれていたのであろう。これなら紬麦に代わってもちゃんと二人で話せそうな様子だ。
「分かりました。紬麦に代わるように言いますね」
電話を繋いだまま二階に駆け上がる。自分の部屋の扉を開けると、ベッドに上がり込んで布団に包まっている紬麦を見つけた。
「紬麦、お母さんから。ちゃんと話したら泊まっても良いって」
聞こえないように布団を被っていたみたいだが、俺の話を聞くなり被っていた布団から飛び出して来た。
「ホントに!? 穂積ありがとう」
「はい、電話」
浮かれている紬麦にスマホを手渡す。さっきまでとは違い躊躇いなく電話に出た。
「もしもしお母さん」
念の為かまたもスピーカーにして俺に聞こえるように会話を始める。
『紬麦。今回はあくまでも穂積くんだから許可するだけよ』
「うんうん!」
さっきのときの電話とは考えられないほど気分が乗った様子で話をしていた。
『それと穂積くんのお母さんにも迷惑が掛けちゃったから、紬麦の方からもお母さんと穂積くんに謝ること』
「うんうん!」
『そして貴方たちは高校生。昔とは違うところ多いのよ、間違えても羽目を外しすぎて一線を越えないように』
な、何て事を言うのかと思うがそれも親心だろう。しっかりと肝に銘じておこう。
「うんうん!」
『本当に分かってる?』
「分かってる!」
『本当にこの子は……嬉しそうにして』
視覚越しだけなく、電話越しでも紬麦の浮かれた様子がちゃんと伝わっているようだ。そんな様子に母からの小言が溢れた。
『普段口も聞かないのに、転校初日に帰って来るなり穂積くんが居たって私に嬉しそうに報告して──』
「待って、穂積に聞こえてる。聞こえてるから!」
慌てて声で遮ろうとするも、俺にまで内容は余裕で伝わっていた。
何だよ、それなら最初から……と思うが、転校生として来たときの紬麦を考えると、今みたいな風にクラス内で振る舞うのは無理だったのだろうと思う。
まあ……こっちも知れたのは嬉しいので紬麦おばさんに心の中で感謝しておく。
『はあ……全く。じゃあ、お泊り会楽しんで来なさい』
「はい!」
最後まで嬉しそうに電話し、別れの言葉を伝えたあと通話を切った。
「穂積ありがとう」
感謝の言葉と同時に紬麦が飛びついて来る。浮かれているのか距離が近すぎる。体温が直で分かってしまう。
「あんまり抱きつくな」
恥ずかしくなり引き剥がすそうとするが中々離れない。
そもそも、紬麦は今、下着を着けていないのだ。身体が密着すると柔らかいのが分かってしまう。
「抱きつくだけなら一線を越えたことにはならないよ。昔よくしたでしょ?」
そんな俺を知らずか違う視点とんでもない事を言っている。確かに昔はよくしていた。恥ずかしい気持ちも懐かしい気持ちもある。
紬麦の方は離れないし、仕方ないのでもう何とでもなれという精神で受け入れることにする。
「ごめんね、穂積。そしてありがとう」
最大級の感謝を込めてのであろう紬麦からのもう一度の熱い抱擁を受ける。
この後が思いやられそうなほどの時間、お礼として紬麦から抱き締められていた。
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