電話
父さんの話がひとまずおわり、紬麦の方はまだ少し目が腫れているが気持ちは落ち着いたようだ。
タイミングもちょうど良いので気になっていたものを切り出す。
「それで紬麦。いつ帰るんだ?」
「え、今日は帰らないけど?」
「は?」
想定外の一言に思考が止まる。かろうじて出せた言葉がただ疑問を投げかけるているだけだった。
「いや、だって電車止まってるじゃん」
「本当に?」
「本当だよ」
いつの間にか付けたテレビを俺に指差す。内容も外の大雨の話題で持ち切りらしく、使うのであろう路線の運休の話が出ていた。
「迎えは?」
公共交通機関がダメなら他の手段だ。紬麦の家族を呼べばいい。
「うーん」
悩んだまましばらく黙り込んでいた。何かこっちを伺う様子にも見えたので一言足しておく。
「俺に気を使ってるなら気にしなくていいぞ」
「うん。土曜日でこの雨だからお父さんはお酒飲んでるだろうし、お母さんは運転できないから迎えは厳しいかな」
休日でこの雨なら飲んでいてもおかしくないのだろう。しかし、この間の悪いことだ。
「だから迷惑じゃなければ泊めて。お願い。手伝いとか何でもするから」
顔の前で手を合わせて頼み込む仕草を取る紬麦。
親を呼べないとなると他の選択肢は限られてくる。それにここまで頼まれるなら無碍にすることもできない訳で。
「そんなの勝手に決めていいのかよ」
「うーん。まあもう私も高校生だからいいでしょ」
数ヶ月前は中学生だろ、と言いたくなったが俺たちの中で高校生という響きはあまりにも強力すぎた。
高校生ならいいのかもしれないという気が頭によぎったが振り払う。
「でも心配するだろ」
とは言え、何も言わずに家に帰らないのは親目線で心配するだろ。
「……まあ、友だちの家に泊まるってメールぐらいは送っとくね」
紬麦も思うところがあったのかそこは素直にメールを送るようにしたらしい。
「これでよし。あとは急いでシャットダウンと……」
何なら不穏な言葉が聞こえてきたが、その瞬間に理由が分かった。
「わ!?」
どうやらメールを見るなりすぐに電話をかけてきたようだ。
「電話……早すぎない? はあ……穂積、出なくていいと無いかな?」
「それ紬麦おばさんのだろ。出ないとダメだろ」
親からすれば急に友だちの家に泊まろうとするなんて不安だろう。それなら紬麦が電話ちゃんと説明すればいい。
「はあ……そうだよねえ」
本当に嫌な様子らしく、ため息がまじったような話し方になっている。
「出ないのか?」
「穂積の家族の話しの後にさ、凄く言い辛いんだけど」
「だから気にしなくていいぞ。切り替えだ切り替え」
「穂積、ビックリすると思うけど。私、今さお母さんとの仲すこぶる悪いんだよね」
「嘘!? 普通に想像つかないんだが」
「そうだよね。穂積からしたらそうなるよね」
深呼吸をしてスマホを見つめる紬麦。俺のイメージする母娘は紬麦がべったり甘えている様子だ。
「やっぱり出ない選択肢は? 無いよね……」
「無いだろうな」
どうやらこの数年でそんなに
「スピーカーでいい? 穂積にもちょっと聞いてて欲しいからさ」
「俺は良いんだけど……」
「誤解されないように穂積の名前出さないから、電話終わるまで静かにしててね」
紬麦の意見も理解できる。
ただ男の家に泊まるのにそれを伝えないのもと思うが、そこは女子にとって繊細なのだろう。
「……じゃあ出るね」
深呼吸をし、意を決した様子で電話を取った。
「……もしもし」
『紬麦、どこで何してるの!』
スピーカーなのもあり開口一番、耳が痛くなるような音量で紬麦おばさんの声が聞こえてきた。
「だからメールで送った通りで友だち家に泊ま──」
『馬鹿なこと言ってないで早く帰って来なさい!』
「この雨の中、歩いて帰れないよ! 電車止まってるって!」
『じゃあ、紬麦、今どこに居るの!』
「だから友だちの家」
『友だちって言ってもまだ出会って数日でしょ! それなのにお世話になるのは迷惑よ』
「それぐらい私も分かってる。でも大丈夫だから!」
『何意味の分からないこと言ってるの!』
「だから! 大丈夫だから今日は泊まるって帰る」
『何言ってるの、他の子たちだってお泊り会なんてしないって言ってたでしょ!』
「今はもうお嬢様学校じゃないって! 口を開けばいつも他の子、他の子って昔はお泊り会よくしたのに」
『それは小学校のときでしょ!』
「じゃあ何で高校生で泊まったらダメなの?」
『それは……他の子に迷惑がかかるし他の家はそんなことしてないわよ』
「迷惑はかからない! 他の子も泊まったりする!」
「……じゃあ、今日は穂積の家に泊まって帰るから!」
『え!? 待ちなさ──』
「えーと。見苦しいところ見せたよね?」
「まあ確かに」
「お母さん。中学のママ友の影響で私にもっとみんなみたいにしてって言うの」
「家でも周りのお嬢様みたいに居ることを求めるから、だんだん嫌になっちゃったんだよね」
「それで不仲に?」
「……うん。私は昔みたいに居たいだけなのにね」
母娘の電話の影響か少し俯いてしまった。
「そうか」
薄っすらと分かっていたが今回のではより見えた気がする。紬麦が昔のように居たいという気持ちの大きさに気付いた。
今はそれも大切だが、別に確かめたほうがいい事があった。
「話変わって悪いんだけどさ、電話切るとき俺の名前出てたよね?」
「……嘘!? 出しちゃってた?」
「多分」
どうやら自覚なく言ってしまっていたらしい。言い合いの中、咄嗟にそこまで頭が回らなかったのだろう。
それは仕方ないとしてもこれがキッカケでどうなるか不安になる。
会話の無い二人の間にスマホに着信があった。
「俺のスマホだ」
「……誰から?」
紬麦の方も嫌な予感がするらしく、俺と一緒に相手が誰か覗き込みながら確認する。
「番号だから分からない」
表示されてたのはただの番号。ただ少し見覚えのあるような気がした。
そんな着信番号を見て紬麦の方が青ざめてながら言葉を発する。
「この番号、私のお母さんだ……」
母親の電話番号をちゃんと覚えていたらしくひと目で確信したらしい。どうするかと悩んでいると紬麦からとんでもないお願いをされる。
「穂積ならちゃんと話聞いてもらえると思うの。だから、お願い! お母さんを説得して私を家に泊めて!」
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