秘密の顔

 生徒が入ってない方の校舎の屋上には誰も居らず静かだった。


「ここなら誰も来ないだろ」


 仮病で保健室に行くのは気持ちが乗らず、誰も来ることなく時間の潰せる場所としてここを選んだ。

 入ってきたドアの隣に腰掛けて物思いにふける。


「それにしても」


 思い出すのはさっきの紬麦の別れ際のことだ。俺を見送る言葉は当時のまま、笑い方までそのままだった。


「どっちが本心なんだか」


 ふとした瞬間に見せる昔の幼馴染の姿に、昔のときのように二人で楽しくやっていたときのことを思い出す。

 しかし、紬麦はクラスメイトからはお姫様と呼ばれたりそう言った対応を求められている雰囲気が既にある。


「まあいっか」


 紬麦が見せている表情が東京から来たお上品な転校生だとしても、心の中に昔の紬麦がいたということが何よりも嬉しかった。


「でも馴れ馴れしくはできないな」


 俺も紬麦の前ではより気をつけよう。


 授業終わりのチャイムが鳴ったの聞いて教室に戻った。


 ◇◆◇◆◇◆


「穂積、どこ行ってたんだよ?」


 顔を見るなり伸びた語尾で矢沢が聞いて来た。


「保健室」


「体調は!?」


 聞き返してくる勢いがらしくないほど強い。さっきまで伸びていた語尾も鳴りを潜めている。

 どうやら矢沢もどこかの奴と同じで人の心配を深くするタイプみたいだ。


「別に何もねぇよ。ただ休んでただけだ」


 心配されているのになにも言わずにいるのはバツが悪く少し恥ずかしいが感謝の気持ちを伝える


「まあ……心配してくれてありがと」


「うわぁ、穂積が照れた!」


 隠れていた伸びる語尾が戻っており、俺を茶化す雰囲気に戻っていた。


「やめろ、恥ずいだろ」


 仕返しとして矢沢を揉みくちゃにする。そんな風に騒がしくしているときに声をかけられた。


「あの、伊崎くん」


 どうやら声の主は聞き慣れた転校生のものだった。


「はい……?」


 紬麦の方からわざわざ話しかける理由はないだろう、何が目的なのか彼女の次の言葉をまつ。


「さっきの授業居なかったでしょ。これ使って」


 さっきの授業で使ったであろうノートを手渡される。


「ありがとうございます」


「あー、ズルいぞ穂積。てか羨ましいぞ」


 矢沢以外にも紬麦の周りを囲って居る男どもも羨望の眼差しを向けてくる。

 さっきのタイミングで一緒に教室に入らなくて良かったという安堵感とともに、この場をどう切り抜けるための正解に頭を回す。


「助かりました」


 ポケットから取り出したスマホで写真を撮って紬麦にノートを返す。このままノートを借りてると他の面倒事になりそうと思っての判断だ。


「えっと……これだけで良いんですか? そのまま持っていても良いんですよ?」


「いえ、写真に撮ったので大丈夫です。ありがとうございます」


 借りたノートを手渡す。昼休みの事もあり紬麦への敬語がいつもよりたどたどしくなってしまう。

 それを聞いた紬麦は堪え切れなかったのかお淑やかな笑いが溢れた。


「緒川さん、どうしたの?」


 周りの女子が急に笑い始めた彼女に理由を聞く。笑う際に口元を手で隠す仕草から紬麦の上品さを伺えた。


「い、いえ。何も無いです」


 口元を隠したまま笑う転校生を横目に俺の前の野郎が懲りずに小馬鹿にするよう語りかけてくる。


「お前の顔が相当面白かったんだろうな」


「てんめぇ」


 再び矢沢を揉みくちゃにしてヘッドロックまで入れておく。さっきより少し力が強いが「痛ぇ」とか「タンマ」とかの声が聞こえてきたが今回は罰として受け取って貰おう。


 そんな隣の席で行われる争いをを見ていた紬麦と俺の目が合った。

 一瞬が数秒にも感じられる長い間、紬麦の瞳から目が離せかった。彼女の方も俺を見つめたまま時間が過ぎる。


 長く続く時間の中、紬麦が口パクで俺の名前を呼ぶ。そのまま目を向けていると口元に指を当てて沈黙のジェスチャーをする。

 この場で俺だけが意味の分かるジェスチャーだ。


『穂積、ヒミツだよ』


 さっきの昼休みに見せた紬麦の表情の事だろう。


 そして口パクで伝えるだけ伝えて俺にだけ見えるように笑顔を見せる。

 目をクシャッと閉じて心の底から楽しそうに笑う無邪気な姿があった。


(笑い方も笑顔もあの頃のままか……)


 そんな時間もつかの間、人気ものの彼女は他の女子たちかすぐに話しかけられた。


「緒川さん、今週末何かしないー? この辺り紹介するよ!」


「週末ですか? そうですね──」


 昔の表情を辞めて同じクラスの女子たちとの会話に戻っていく。周りの誰が見ても彼女の姿はお姫様と呼ばれるものに変わった。


「ん?」


 俺の脇腹を二回叩く感触が襲う。


「ほ、穂積。離してくれよ」


「あ、悪い」


 紬麦に見惚れていて矢沢をヘッドロックしたまま忘れていた。慌てて組んでいた手を外す。


 抑圧から開放された反動で凝ったのか、吐息混じりに身体を伸ばしていた。その傍らキャピキャピ盛り上がっている女子たちを見たのだろう。


「良いなー女子たち楽しそうで。俺たちも週末遊ぶか」


 と、女子たちに負けじとなのか週末のお誘いを受ける。


「残念ながら大雨だぞ」


 梅雨時ということもあり週末に天候は崩れていた。


「じゃあ解散だな」


 ◇◆◇◆◇◆


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