幼馴染
「なッ……!?」
突然、昔のように下の名前で呼ばれた事で動揺が出てしまった。ただ名前を呼ばれただけなのに眩しかった昔の記憶が溢れてくる。
「何を驚いているのですか。伊崎くん」
一瞬見えた過去の表情が隠れ、クラスでお姫様と呼ばれる紬麦が顔を出す。
そんな姿を見て俺も心を落ち着ける。
「悪い。気にしないでくれ」
昔の表情を見れたのは嬉しかったが、彼女の意図を尊重して今の関わり方で話を進める。
「それで緒川さん。教室分からなくて困ってるんでしょ?」
「……はい」
「案内するから付いてきて」
「ありがとうございます」と不満少しと恥ずかしさの混ざったお礼の言葉と共に、俺の後ろを付いてきた。
教室まではたいした距離ではないものの特別近いという距離でもなかった。その間お互いこれ以上の会話はなく、このタスクを早く終わらせることに集中していた。
「ここの階段を登れば教室まで着けるから」
一階の踊り場で紬麦の案内を終える。そんな俺に疑問のある顔を向けてきた。
「時間も無いですし一緒に入らないと遅刻になりますよ?」
いつの間にかこの幼馴染は優等生らしい口調とセリフを吐けるようになっていたらしい。
「別にいいよ」
「じゃあ俺はこれで」
「もうすぐ授業なのにどこ行くんですか!?」
離れる俺を制服の袖を掴んで引き止められた。場所を教えないと離してくれなさそうな雰囲気が感じ取れる。
「保健室」
伝えるだけ伝えて掴まれた袖を振り払おうと腕を降るも、離れそうになるなり強く握りしめられた。
「な、穂積、どこか体調が悪いの!?」
焦っているのかお姫様らしくない、昔の口調が溢れている。
元気で自分の事は後回しなのに、
「あー」
心配そうな目で見つめてくる幼馴染には申し訳ないが、彼女のために本当の理由は隠すことにする。
「サボるだけだよ」
「どうして……?」
焦っているのかお姫様らしくない口調が崩れたままだ。
「そんな事聞いてる間に遅刻するぞ。お姫様」
理由を聞かれるのが面倒になり適当にはぐらかしたが『お姫様』という言葉が耳に入った瞬間にムッとした表情になる。
ただ言われて思い出したのか口調もお姫様の口調に戻していた。
「お姫様は止めてください」
昔には見なかったような真剣な眼差しで見つめられる。大きいな瞳に吸い込まれそうになるような魅力があった。
「分かった」
その返事を聞くなり不満な様子だった顔が晴れやかになった。
どうやら本当にお姫様と呼ばれるのは好ましく無いらしい。
「理由」
「理由?」
「どうしてサボるのかまだ聞けてないです」
「遅刻するぞ」
「構いません」
遅刻を盾にはぐらかそうとしてたが紬麦は引く気がない。だがこちらも言う気はない。
「ただサボりたいからサボるだけだ」
嘘を付くのにバツが悪くなり目線を外して答えた。
「……」
そんな俺を少しの間無言で見つめてくる幼馴染に息が詰まる。
「本当に言う気が無いのですね」
ため息まじりに吐く彼女の言葉には呆れの感情と他に嬉しそうな感情が混じっていた。
「相変わらず嘘を付くときは、すぐに目線を外すし心配になってバレないようにこっちの顔を確認しますね」
「嘘……?」
自分の知らない癖を言われ焦ったがなんとか誤魔化そうとする。
「本当です。何年見てたと思うんですか」
そう言われてしまえばこちらも癖の事は事実として諦めるしかない。
「ですが隠したい気持ちは分かりました」
安心したのもつかの間、紬麦が言葉を繋ぐ。
「一度だけ質問するので合っているかだけ答えてください」
「……わざわざ答える義理はないだろ」
「ずっと一緒に居た幼馴染の前ですよ。隠し事するのですか?」
暴論だが説得力のある言葉だ。こうなると意見を曲げる相手ではないことは分かっていふので、紬麦の言い分を受け入れることにした。
「一回だけな」
紬麦がサボる理由はと前置きして続ける。
「私のために二人っきりで居た事を隠したいためですか?」
「違う」
「本当に嘘が下手ですね。さっき言ったのに仕草がそのまま出てますよ」
指摘されて、焦って紬麦の顔を見る。意識したものの長年の癖を一度言われるだけで変えることはできなかったようだった。
「確かに、隣の席の私たちがいきなり二人で教室に入ったら変な誤解されてもおかしくないですよね」
不満はあるがお互いのために仕方なく納得した様子だ。
「昔なら……」
彼女から昔を噛みしめているるような細い声が漏れていた。
紬麦の話を切り上げるように「遅刻するぞ。じゃあな」と伝えて立ち去る。
「ありがとうございます」と小さな声の感謝が聞こえた。
その場を経とうとするする俺に、後ろから昔にずっと聞いていた声が俺を呼び止める。
「穂積、次の授業は出席してよ!」
聞いているだけで元気が出るような明るい声。学校を休んだ日にかけられたような優しい温かい声。思わず懐かしんでしまう。
あの頃のように「あぁ」と少し幼い返事をする。
そんな昔の返事を聞いてか、見送った階段の先から何度も聞いたイタズラっ気のある楽しそうな笑い声が響いていた。
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