朝の教室と昼休み
急いで登校するなり教室の前に人だかりができていた。
矢沢曰く、一分前に着くという話だったが全力で走った分だけ時間に余裕があり、その結果朝のHRが迫っている中で教室の前の人だかりを確認できた。
「これ、何の集まりだ?」
一緒に歩いている矢沢に疑問を投げかける。
「そりゃあ、一択でしょうよ」
登校中に言ってたやつを思い出す。どうやら矢沢が言ってたのはこれのようだ。
「何で転校生ってだけでこんなに人が集まるんだよ」
「穂積、もしかして緒川さんの人気知らないなあ?」
人気という言葉に引っかかる。
「人気も何もまだ転校してきて二日目だぞ」
たった二日、それも今は二日目の朝だ。実質転校初日にこれだけの人を集めたことになる。
「そう! そうなんだよ穂積くん」
何故お前が自慢気にと言いたくなるのをぐっと抑えて矢沢の演説じみた話を聞く。
「一日で緒川さんの話題は学年中に広がってるんだよ」
「はぁ……?」
頭が理解を拒むかのように腑抜けた声が漏れてしまう。
「もう既にファンクラブが産まれているとう噂すらあるんだよ」
「初日で?」
これが事実なら、もう何でもありとさえ思ってしまうほどの話だ。
「そう、初日でこのありさまさ」
付け足すように「そんな人がウチのクラスに来てくれるなんて」と浮ついたことも言っていたが目の前の衝撃にあまり耳に入って来なかった。
「信じられん。初日で他クラスまで話題にはならないだろ」
「昨日の放課後に部活の見学をして回ったみたいなんだけど、その結果がこれなんだとさ」
確かに部活の見学をすれば他クラスの人たちにも目が止まるだろう。しかし、と心が理解を拒む。
「あり得んだろ」
「ほれ、証拠」
クラスの周りにできている人だかりを指差している矢沢な表情は真剣そのものだった。
あり得ないだろと思ってはいるものの、信じざるを得ない状況に乾いた笑いがでた。
HRの時間も迫っているのでそんな事は言ってられず、教室に入るため矢沢と人だかりをかき分ける。
「こら、勝手に教室に入るな」
入るなり先生に呼び止められた。俺と矢沢の確認するなり「なんだ、伊崎と矢沢か」とすんなり通してくれ理由を説明してくれた。
「悪い。転校生をひと目見ようとする奴らが多くてな、教室が人で溢れないようにこのクラスの生徒以外は入らないように言ってるんだ」
「はは……そうですか」
最後まで矢沢の事を信じきれていなかったが先生からも告げられ、ついに話を信じなければと再び乾いた笑いが出てしまっていた。
◆◇◆◇◆◇
午前の授業が終わり面倒なことから開放される。
授業が終わるたびに転校生をひと目見ようする輩は一定数いて、当事者では無いのにも関わらず気疲れしてしまった。
「おーい、穂積。一緒に飯食べようぜ」
矢沢が俺の席に弁当を運んで向き合った状態で座る。
「あー、俺今日学食だし今日はごめん。他当たってくれ」
朝に寝坊昼飯用意はできなかったが、転校生騒ぎの中で教室で食べる心が落ち着かないので結果オーライとしよう。
教室の前に人が集まる前に急ぎ足で教室から出る。
「そんなー」
悲しそうな矢沢の声に「悪い」と伝え後にする。
教室を出る最後に目の端で転校生の様子を見ると既に女子たちと席を囲み、さらに立ち見席の男連中まで生まれていた。
食堂に行ったはいいものの溢れかえる人にウンザリしたので購買部で済ますことにする。
時間が経っていたので余りものの菓子パンを手に人気の無さそうな場所を探す。
普段あまり行かない外のベンチで腰を下ろして昼食を取ることにした。
人気のない場所で落ち着いて考え事をすると「はぁ……」とまたため息が口から漏れる。
ため息の要因は一つしかない。朝の転校生のことだ。
(そうなるよな……)
数年、会うことも連絡も無ければ仲が良くても他人になってもおかしくない。
頬張った菓子パン片手に物思いにふける。
(どう過ごすべきか……)
現状、紬麦が他人として接している以上昔のように仲良しこよしでというのは無い。
それは理解した。
しかし、問題は二人の思い出がまるまる無くなってしまったような喪失感だ。
それも学年中からの人気者と来た。
そんな物思いをしている間に時間は過ぎていった。
教室に戻ろうとした矢先、少し先の角から現れ転校生が困った様子でうろうろとしているのが見えた。
「何でこんなところに……」
咄嗟に身を隠して転校生の動向を伺う。
そんな元の場所に帰れない様子にある思い出がフラッシュバックする。
「ってあいつ方向音痴は治ってないのかよ」
関わらずにどうにかならないかと、観察している間に予鈴のチャイムが響く。
次の授業のタイムリミットが近づいたことで更に落ち着きが無くなってる転校生。うっすらと涙がさえ浮かんでいそうな所まで来ていた。
さらに周りにはもう次の授業のためと人が居なくなり誰かに頼ろうにも手遅れ状態だ。
そして意を決したのか教室とは明後日の方向を目指して進み始めた。
「しょうがない……」仕方なく手を貸すことにした。
「緒川さん、教室どこか分かんないの?」
もし周りに見られても大丈夫なように他人行儀に話しかける。それがたとえ二人きりでも、ただの隣の席のクラスメイトとして。
「穂積……」
そんな俺とは裏腹に一瞬だけ、紬麦が昔に戻ったように俺の名前を呼んだ。
◆◇◆◇◆◇
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