帰宅と翌朝
「ただいま」
高校から少し離れた自宅に片道40分かけて帰宅する。
そこまで遅くない帰りだが、相変わらず家族からの返事はなく外の音が響く。
それが当たり前になって来て数年のときが経っていたが、何故か今日だけは無性に心の居心地が悪く帰宅しても一人という事実が息を詰まらせていた。
「また、母さん遅くなるのか」
玄関で靴を脱ぎ踵の位置を揃えて並べる。別に誰に見られるでもないがただ習慣として行っている。
並べた靴の周りには他の靴は無く、さっきまで履いていたものだけが玄関の隅に置かれていた。
台所に向かうと母が書き残したであろう書き置きを見つけた。
いつもの母の文字より少し乱雑な字で書かれているのに気づき、急いで家を出たのが分かった。
『穂積へ
お母さんまた仕事で遅くなります。
ご飯はお金を置いておくので、食べに行くなり自炊するなり自由にお願いします。
多分今回も泊まり込みになると思うので、私の代わりにお父さんへ線香を上げといて下さい』
手紙を読み終えると「またか」という感想が口から漏れる。
さっきは手紙に隠れて気づかなかったがお金も置かれているのが確認できた。
ひとまず手紙での指示通りお父さんへの線香を上げるために台所から離れる。
一階のリビングに襖で区切られた和室の一室に仏壇が鎮座していた。
中学以来会うことができなくなった父親の遺影が置かれており、線香とろうそくに火をつけ手を合わせる。
簡素にだが「ただいま」と伝えて和室を後にした。
頼まれ事も終わり夕食の事を考える。
「外で食べるって言っても梅雨だしなあ」
スマホを取り出して天気予報を見るが、この後の予報は下り坂模様と書かれていた。「やっぱり」と呟き外食で済ますというプランは辞めることにした。
「冷蔵庫に何か残ってるか」
何か使えそうな食材をと冷蔵庫を開く。
想像した通りだが、自分が予想している以上の食材はなく、何かしら増えていなかと期待した母親からのサプライズのようなものは無かった。
「簡単に済ませるか」
冷蔵庫から鶏肉と卵を取り出して料理を始める。簡単に済ませられる親子丼を慣れた手際で作りあげる。
「まあまあかな」
作り慣れている上に自分好みな味付けにできる分、失敗することはほとんどない。そのせいか味付けも似たものになり、劇的な感動もなくただのつまらない感想になる。
心の行く先は決まらず料理に関心が向かないまま食事を終えた。
「はぁ……」
無心で親子丼を頬張った後に皿洗いの最中に口から溢れた。単純な作業とシンクにかかる水音が考え事を加速させる。
悩みの原因は転校生してきた幼馴染が全てを締めている。
別に何年も経っている以上、前の関係性とは行かないだろう。
ただ前のように行かないにしても今日の出来事が幼馴染との過去を失ったように思えるのが悩みの種として心に大きくのしかかっていた。
「今はクラスメイトか」
幼馴染の紬麦がそういう対応であるのと、クラスメイトが彼女の事をお姫様と崇めて始めている以上、そこに過去のような感覚で話にはいけない。
当たり前の結論だがただのクラスメイトとして関わる、声に出すことで頭の整理を付けた。
「風呂入って寝るか」
結論を出したにも関わらず、無性の寂しさから生み出される思考を止めるために一刻も速く今日を終わらせることにし、睡眠の準備を始める。
どうしても巡る思考に、情けない感情まで渦巻き始め自分へ牙が向き始めていた。
傷が深くならない内に朝を迎える手順を早足で踏むことにした。
準備を終えて口から幾度と溢れるため息と共に布団に入る。
普段よりも早い消灯にも関わらず寝付けないまま長い夜を越えることになった。
◇◆◇◆◇◆
何回も鳴るアラームでやっと目が覚める。カーテン越しに入って来る太陽光で今日が晴れだということが理解できた。
寝付けずに時間を浪費していたためいつもより起床時間も遅い上に眠い。
時計を確認する前ですら弁当の準備ができない事がうっすらと理解できていたほどだ。
寝て起きても変わらず出るため息が更にナーバスにさせる。
「面倒だな」
頭の中に今日は学校を休むという考えがよぎったものの「でも行くか」と付け加え、家に居ても気分が晴れることはないだろうと発破を掛け身体を動かす。
身支度を終えて家を出ると眩むほど日光に当たる。マイナス気分だったものが少しだけ晴れやかに変わっていく。
電車を降り学校の柵周りで後ろから話かけられた。
「よっ、穂積」
振り向かなくても誰だか分かった。同じクラスの矢沢だ。
まだ知り合って数ヶ月だが軽い声とお気楽な口調でもう既に姿を見なくて俺は理解できるらしい。
「おはよう、矢沢」
「今日は遅めじゃん?」
「まあ少し家を出るのが遅れただけだ」
「それよりよく俺の登校時間知ってるな」
「まあ自慢じゃないが、俺より遅いやつは遅刻だから必然的に教室に入ったときに居る奴は俺より速く来ていると言うことさ」
「そうか」
矢沢の軽さが俺の悩みも軽くしてマイナスな気持ちが薄まっている。
そんな事を考えたのもつかの間、矢沢と出会ったことに悪い予感がした。
「ってそれ時間危なくないか!?」
「まー大丈夫、大丈夫。今から走れば一分ぐらいは余裕がある」
早く言えよ、そんな言葉を噛み殺して鞄を走りやすいように持ち替える。
「走るぞ、矢沢」
「あいさ」
「競争な」
不意を付かれた矢沢を置いてリードを取る。
「は?」そんな溢れた言葉を抜き去るように追従して来る矢沢と全力で教室に向かう。
「そう言えば穂積、今教室凄い事になってるらしいぞ」
走りながらも涼しそうな口調で話しかけてくる。
「何んでだよそれ」
「もちろん転校生」
頭で何が起こっているのか整理する。紬麦が理由で教室が大変なことになっているというが、何が起きてるのか予想ができなかった。
「どんな風になってるんだ」
「それは着いてからの楽しみという事で」
何が楽しいのかニヤケ顔の矢沢と話題の教室まで走って向かった。
◇◆◇◆◇◆
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