お姫様と言われる幼馴染

 自己紹介から少し経ち一時間の授業が始まっていた。内容に集中しようにもさっきのことが頭の大半を占めていた。


「少し難しいですが、誰か分かる方居ますか?」


 授業担当の先生から問題が出される。

 自分に当たらないよう俯く生徒が多い中「はい」と凛々しい声が響く。

 転校して早々の授業にも関わらず紬麦が手を挙げていた。


「2x(x−2) ²です」


 鈴の音のような綺麗な声が教室に響く。顔だけてまなく声も良いのかと、男子が密かに話しているのが聞こえてくる。


「素晴らしい、正解です」


「賢い」とか「頭も良い」と言った賞賛の声が紬麦に寄せられる。

 もうすでに紬麦は注目の的となっていた。


 授業が終わるなりクラスの野郎から話かけられた。


「よ、穂積。調子どう?」


「別に可もなく不可もなく」


「そうか? そうは思えないけどなあ?」


 人が心象に浸っているときに話しかけて来てるのは矢沢 慶太郎だ。

 高校になって近くの席だからと話始めて今では一番仲の良い友達になった。

 しかし、今はノリの良い矢沢でも今は勘弁してもらいたい。


 矢沢の目的は俺だけではなく隣の転校生も含まれているだろうから、今回は躱し辛いので面倒だ。

 その転校生にも目新しさで人に囲まれている上に、俺の直ぐ近くまで人だかりがある。


 小さなため息が漏れる。


「やっぱり何かあるだろ!? 相談乗るぜ、友だちだろ?」


「そうだな。しいて挙げるならお前かな」


「な!? 酷いぜそれは」


 ノリが軽く切り替えの早いソイツには落ち込む暇なくもう一つの目的に目を向ける。


「ま、そんな事よりさ転校生さ」


 隣の席にまで聞こえないように耳打ちで話しかけて来る。ほら、やっぱりという気持ちが出たと同時に居心地の悪さにこの場所を離れたくなった。


「凄い可愛いと思わね?」


 口調的に肯定の意味だろう。面倒なので適当にはぐらかしておく。


 そんなことは露知らず、矢沢は何とかして転校生と話す機会をと隣の席の話に耳を傾けている。

 いつの間にか隣の転校生の周りには人だかりができていた。


「さっきの授業、何で分かったの?」


「たまたま前の学校で先に受けてただけです」


 人の分け目から見える転校生の姿は、綺麗な姿勢に艶のある長い髪、窓からの逆光も相まって神秘的に見えている。

 あの頃の姿の幼馴染を色眼鏡として持っている俺でも、ここまでの評価をしてしまうあたり他の奴からすれば更に凄まじい評価になっていそうだ。


「えー、私受けてるのに分かんない」


「私もたまたま押さえていた所が出ただけですよ」


 盛り上がっているのか、声が大きく女子らしい相槌や会話が隣の俺には嫌でも聞こえてくる。


「緒川さん、趣味とかあるの?」


 聞いているのは女子らしく、彼女の抜けた語尾がプライベートの質問に嫌気を感じさせずにいた。

 あの女子は確か、矢沢とよく話してる大和さんだった気がする。何度か話した事はあるが下の名前は覚えていなかった。


「趣味ですか……そうですね」


 悩んでいるのか顔が少し俯き手が顔の近くに移っていた。ひと呼吸を置いて笑顔答える。


「お菓子をよく母と作っているので、お菓子作りかなと思います」


「オシャレ〜〜」


 転校生の一挙手一投足に周りの人々が浮かれて来ていた。


「私たち緒川さんの事に知りたいから、放課後カフェとかで話さない?」


「放課後ですか? 放課後に部活の見学をしたいと思っています」


「私、案内してもいい?」


「良いんですか? ぜひお願いします」


 盛り上がる話のおり、紬麦が目の端で何か見たのだろう。囲っていた周りの人だかりにお願いする。


「あの……すみません。すみません! ここの方、場所を空けてあげて下さい」


 言われるまま人が割れたように道を作る。

 現れたのは会話しようにも、人に押しつぶされも揉みくちゃになった矢沢の姿だった。


「大丈夫ですか? 」


 矢沢からすれば尻もちを付いて見上げるような形で転校生と向き合っている。

 窓際の席には後光が差しているような光が転校生を包んでいた。

 固まっているのか顔を見たまま、あまりにも長い数秒が過ぎていた。


「お姫様……?」


 何を血迷ったのかとんでもないことを言い出しやがった。


「はい? お姫様ですか?」


 困惑した顔で矢沢に聞き返す転校生。


「あ、いえ。一瞬、お姫様よようにに見えただけです」


 不格好な姿から立ち上がって礼儀正しく返事をする。矢沢のあんなにかしこまった姿は俺でも見たことはなかった。それ程の存在にまで矢沢には見えていたのだろう。


「ありがとうございます? でも見間違いだと思いますよ」


 褒め言葉かなのか受け取りに迷って疑問形で返していた。


「いやいや、絶対似合ってるよ」


 割り込んで来たのは矢沢と仲のいい大和。そしてその周りにいた転校生を囲っている人たち。

 みんなして転校生をお姫様みたいだ、と持ち上げ始める。後にこの呼び方は全校生徒にまで届くようになっていた。


「いや〜〜、まさか緒川さんに助けてもらえるなんて」


 俺の席まで戻って来た矢沢が浮かれた表情で言っている。


「見たか? あの一声で割れるように皆が動いたところ。凄いよな。皆を従えてるお姫様みた──」


 過去の紬麦の姿と今の紬麦の姿のギャップに言い表せない感情になり席を立つ。


「ってどこ行くんだよ!」


「トイレ」


 騒がしい周りと自分の頭を巡る悩みに嫌気が差し教室を出た。


 そんな調子で矢沢と転校生を避けるようにして学校の時間が終わった。


◇◆◇◆◇◆

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