お姫様と呼ばれる幼馴染が俺にだけ昔の姿を見せてくれる
ジャンフ丸
一章
再会
「穂積、こんな時間にごめんね」
玄関を開けるとこの土砂降りの中を傘も持たず、暗がりを歩いて来た幼馴染の姿が瞳に映し出されていた。
一緒に遊んでいた頃には着ることの無かった女の子らしい服はこの雨に濡れて、身体はこの雨で冷えたのだろう小さく震えている。
申し訳なさそうに佇む彼女に取り繕うのを忘れてしまう。
「紬麦……?」
理解の追いつかないまま昔の呼び方で彼女の名前を呼んでしまった。
何故、家に来たのか、傘を持っていないのか、そんな思考が頭を巡る。
「えーと、こんばんは?」
「挨拶以外に言うことがあるだろ」
取ってきたバスタオルを紬麦に手渡す。袖の先から見える彼女の手は赤く寒さで震えているのが分かった。
「……ありがと」
渡された布で顔を覆い隠し溢れたように、小さくか細い声でお礼を言っていた。
「ある程度拭いたら次は風呂な。ちょうど沸かしてたからすぐに入れる。いいか?」
話なら後で聞けるだろう。自分の何故という気持ちよりも今は彼女を助けてあげるのが先決だ。
「うん……」
「風呂どこか覚えてるか」
「うん、玄関入ったときに全部思い出した」
玄関の周りを確認する彼女から向けられる視線の一つ一つに、懐かしさと哀愁の感情が入り混じっていた。
「懐かしいね。本当に何もかも昔みたい」
「……そうだな、昔みたいだ」
思えば今から──いや、再会したあのときから、昔に終わった関係がまた動き始めていた。
◇◆◇◆◇◆
時間は少し前に遡る。
俺、伊崎穂積は高校に進学して少し時間が経ち、周りの事が見え始め身の丈に合った生活が日常になり始めていた。
家から少し遠い学校に進んだのに自分の期待した変化は起きず惰性に時間を過ごす。
そんな中、高校初めての梅雨どきに転機が訪れた。
「今日は皆さんに大切なお知らせがあります」
入学してから初めて聞く大切なお知らせにクラスも湧く。
朝の気分の乗らない時間帯にも関わらず生徒のテンションを跳ね上げていた。
「なんと今日からこのクラスに転校生が来ます」
先生の溜めた言葉も相まって教室の上がったボルテージが更に上り調子を迎える。
そんな俺も中学の3年だけでなく、高校に入っても冴えない学生生活を送っているので少し浮ついた気分にさせる。
「では、緒川さん。入って来て下さい」
呼ばれた転校生の名前にチクリと針を刺された感情になる。
ただ昔、好きになった幼馴染と相手と名字が被っただけ。
それも綴りだって違うかもしれないのに、そんな単純なことを心は理解してくれない。
「あれ? 緒川さん?」
「──緒川 紬麦さん?」
「はっ?」と思わず口から漏れた。
綴りこそ分からないが初恋と同名。
幸いにも転校生に注目が集まっているため、言葉が漏れたことで見られる事がなかったのが幸いだ。
自分の心に平常心と言い聞かせるも焦る気持ちが抑えられない。
他の生徒も今か今かと転校生を待つが現れない。
一瞬が数十分にも感じられたときに聞き馴染んだ声が聞こえてきた。
◆◇◆◇◆◇
「し、失礼します」
「なっ!?」口を抑えつけて声をかき消す。しかし身体の熱は更に帯びていく。
先生が教卓の前に促して「自己紹介をお願いします」と転校生に伝える。
言葉を発するのに緊張か少し躊躇いがあるのか少し震えた声の自己紹介を始めた。
「は、初めまして。緒川
そこに立って居るのは絵になるという言葉がよく似合う可憐な美少女。
肩に少し掛かった亜麻色の髪には艶があり、髪色と馴染んだ睫毛は長く整った顔立ちに更に花を添えているようだった。
前髪に見え隠れする瞳はそれでも存在感を失わないほど大きく、美しい麦色が彼女の魅力をより深めていた。
見た目も雰囲気も俺が知っている紬麦とは違っている。
でも間違える訳がない。確実に言い切れる。
転校生は間違いなく俺の初恋の幼馴染だ。
「親の都合で転校してきました。よろしくお願いします」
挨拶を終えてその後に何をしていいのか「えっと……」と困った様子に生徒の一人が声を上げた。
「質問良いですか?」
生徒の中でもムードメーカーの女の子が助け舟のように手を差し伸べた。
紬麦も「はい」と小さく返事したことで自己紹介から転校生への質問タイムに切り替わる。
「どこの高校から転校してきたの?」
「えっと……知ってるか分かりませんが、東京の○○高校です」
「○○高校って中高一貫でお嬢様の?」
「はい……多分そう言われてる高校です」
「凄い」とか「可愛い」と沸き上がるクラス。
さらに距離的には行ける東京でも、そこに憧れを持つ生徒には住んでいたという魅力は消えず、彼女の価値をより高めていた。
「緒川さんってどこか外国の血が入ってたりするの?」
「祖父が外国の人で、オランダの血が少しだけ」
「クォーターなんだ!」
男子生徒からの評価も可憐な見た目と上品な雰囲気を合わさり、既に大好評といった具合になって来ている。
そんな盛り上がる生徒たちを宥めるように「自己紹介はこの辺りで。緒川さん、最後に一言をお願いします」と締めるように促す。
「少しでも早く皆さんと馴染めるように頑張ります。よろしくお願いします」
「────えっ?」
一礼の後、顔を上げた先で二人の目が通じ合う。
彼女からすれば見上げた先にたまたま居るはずの生徒Dだっただろう。
ただ違った。視線の先に居るのは小学生の頃に時を同じくした幼馴染だ。
「緒川さん。どうかしましたか?」
「い、いえ。何でもありません」
「そうですか」
紬麦が髪を耳に掛ける。
変わってない。見た目も雰囲気も変わった、しかし焦ると出てしまう癖は高校生になってもそのままだった。
それと同時に理解する。紬麦も確実に俺を認知したと。
「席は空いている後ろの席の方に座って下さい」
指定された席は俺の隣で窓側の一番後ろの空いた席。
「ありがとうございます」
彼女が歩いてくる数秒の間にも過去の思い出がフラッシュバックする。
最後に会ったのは小学生の時、お別れ会の後で以来だ。
そしてそれ以来の会話に普段では味合わない緊張をする。
最初の挨拶は紬麦に取られた。
「初めまして。緒川 紬麦です」
予想していない言葉に胸が締め付けられる
。数秒、頭が真っ白になり何も考えられなくなった。
しかし雰囲気を壊さないためにかろうじて言葉を振り絞った。
「初めまして伊崎 穂積です」
挨拶を終えると直ぐに話を切り上げた紬麦を見て心は否定するが頭で理解した。
雰囲気が変わっても、歳月が経っても変わらないと期待していた関係が、気持ちが崩れる。
もうあの頃のような関係ではないのだと。
関係は少しの時間で大きく変化する。
価値観も交友関係も時が経つと小学生の頃には想像できなかったように変わる。
たとえそれが他の誰よりも遊び、時を同じくした幼馴染であっても。
4年の歳月は俺たちを他人にするには十分過ぎた。
◆◇◆◇◆◇
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20時頃に更新予定です。
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