第9話 すべては自業自得

【ヒロ視点に戻る】


 話は通話越しに一部始終聞かせてもらっていた。

 そして録音のほうもばっちりだ。スキャンダルが真っ赤な嘘であるという自供、また輪島記者がパパ活をしているという証拠を押さえることができた。

 これでもう勝ったも同然だ。ネットに公開すれば僕の無実も証明できるだろうし、輪島に対しても一泡吹かせられる。満足このうえなかった。


 MVPは亜希に違いなかった。彼女の活躍がなければここまでうまくいくことはなかっただろう。


 特に彼女の演技には舌を巻いた。前職はアイドルだが、女優でも難なくやっていけるだけの力を兼ね揃えていた。

 本命のスマホがあることを知っていた僕ですらハラハラさせられたのだ。彼女の演技からはそれだけ緊張感が伝わってきたし、輪島が引っ掛かるのも無理ないだろう。


 パパ活をしているという弱みを握るまで引っ張ったのも素晴らしいと思った。ふつうだったら詰め寄られた時点でギブアップするだろう。だがそこを堪えてくれたからこそより良い結果へと繋がったのだ。亜希の肝の太さにはほんとに驚かされる。


 ここまでお膳立てをしてもらったら、後はきっちり締めなければならないだろう。出番を呼ばれた僕は、亜希たちのいる部屋へと即座に乗り込んでいった。


 あらかじめそうすると決めていた。なので内鍵は閉められておらず、すんなりと入室することができた。


 僕が突入してくることは流れからして察していたのだろうが、それでも輪島記者は僕の顔を目にした途端ぎょっとしていた。


 これからどんな仕打ちが待っているのか。彼はすっかり縮こまって、借りてきた猫のようにおとなしくしていた。


 いったんスルーする。

 まずは良い仕事をしてくれた亜希に労いの言葉をかけるべきだ。


 近寄ってハイタッチを要求する。


「よくやった。さすがとしかいいようがないよ」


 亜希は誇らしげに胸を張った。


「ふふん。私もプロですからね。この程度お安い御用ですよ」

「それでも感謝を伝えたいんだ。ありがとう」

「まぁ、どういたしまして?」


 お礼をいわれてまんざらでもないようだ。ハイタッチにも応えてくれた。


「ともあれ私の役目はここまでです。後は任せてよろしいですね?」

「ああ、問題ない」


 そしてとうとう輪島記者と対峙する。

 前回は警備員に阻まれたせいで、納得のいかないまま終わってしまったのだが、今回はその心配はなさそうだ。いいたいことをすべていってやるつもりだった。


 その気迫が伝わったのだろうか。輪島記者の肩がびくりと跳ね上がった。

 僕は声になるだけのドスを利かせる。


「覚悟はできてるだろうな?」

「ひぃ……!」

「いましがた入手した証拠はすべてネットに流す。世間からはバッシングを浴びるだろうし、家族にも見放され、最悪罪に問われてブタ箱行きという可能性も十分考えられる。そうなればもうアンタの人生も終わりだ」

「ま、待て……待ってくれ!」


 この期に及んで往生際が悪い。なんとか逃れようと必死に手を伸ばしてくる。


「青島くんが憤る気持ちは当然理解できる。根も葉もない噂で人生をぐちゃぐちゃに掻き乱されたら、誰だってそうなるだろう。しかしあれは仕方なかったことなんだ。あくまで上に命令されて……生活を守るために従わざるをえなかった。ほんとは俺だって記事にしたくなかったんだ!」

「なるほど。そういう事情があったわけだ」


 てっきり単独で動いているものかと思っていたが。組織ぐるみの悪行だったのか。


 文芸夏冬。ほんとろくでもない企業だ。

 いっそのことこの国のために潰れてくれたほうがしあわせだろう。


 これを好機と見たのか。輪島はすかさず自分の要求を入れてくる。


「あ、ああ……そうなんだ。だからどうか見逃してくれ!」


 だが無論呑めるはずもない。

 仕事であろうと生活のためだろうと、僕からしたらそんなの知ったこっちゃない。


 そもそもなぜ迷惑を被った側が配慮しなければならないのか。


 目には目を。歯には歯を、とあるように。

 やられたらやり返すのが鉄則であるはずだ。

 わざわざそれを打ち破ってでも慈悲をくれてやろうなどとは思わない。少なくとも僕の場合は。


 大きくかぶりを振った。


「残念だが聞けない相談だな。事情がどうであれ、僕に大きな被害を与えたことに変わりないし。それにそんな組織にいること自体悪だしな。まぁ身から出た錆(さび)とでも思ってあきらめるんだな」

「そんな殺生な!?」


 けれど輪島は想像以上にしぶといようだ。あきらめろとはっきりいったにもかかわらず、なんとか食い下がろうとしてくる。


 もはやそこには自尊心など存在しない。

 つい先日までからかっていた相手、一回りも二回りも違う年下に向かって、床に額をつけて詫びを入れてきたのだった。つまるところ土下座。


「このとおりだ! 青島くぅんの気が済むまで何度だって頭下げるし、なんだったら殴ってくれてもかまわない。お願いだから考え直してくれないか!?」

「いやけっこうだ。アンタみたいな人間のクズに頭下げられてもちっとも響かないし、また殴る価値すらないと正直思ってる。そして考えが変わることもないだろう」

「ぐぬぬ……!」


 輪島記者が歯を食いしばって悔しがっている。もしかしたら涙もうっすらにじんでいたかもしれない。


 だが同情はまったく湧いてこない。クズ呼ばわりされるような行動を取った彼自身がいけないのだし、ざまぁとしか感じなかった。

 僕は輪島を見下ろしながら突き放すようにいった。


「そうやってたくさんの被害者が涙を呑んできたんだ。少しはその痛みがわかったか、社会のゴミめが」

「ようくわかった……わからされた。だからもう勘弁してくれよぉ」

「勘弁できないって。しつこいな」

「そこをなんとかぁ」


 僕はちっと舌打ちした。

 いい加減付き合いきれなくなってきた。許すつもりはないと何度もいっているのに。それでもなお、みっともなくしがみつこうとしてくる。


 ほんとにあわれな男だ。あわれすぎてこれ以上顔も見てられなかった。


「話はもうしまいだ。とにかく今日押さえた証拠はいいかんじに編集して、そう遠くないうちに公開するだろう。それまで部屋で震えて待ってな」

「青島くぅん……」


 消え入りそうな弱々しい声だった。

 僕としてはこのまま沈黙してほしかった。青島くぅん、とどこか人を小馬鹿にしたような呼び方はきらいだったし、彼の声自体も不快だからだ。


 まぁしかしあまり気にすることもないだろう。どうせ今後かかわることもないだろうし、声を聞くのもきっとこれが最後の機会だ。

 そしてたったいま用事も済んだ。ここに留まる理由などない。


 僕は亜希をつれて立ち去ろうとした。


 輪島記者は床に膝をつき、ぐったりと項垂れた様子で、特に追いかけてくる気配が感じられなかった。

 僕らとしてはこれさいわいだ。完膚なきまでに叩きのめすことに成功したといえるからだ。


 去り際、敗北者である輪島に向かって別れの言葉をかける。


「じゃあな。もう二度と会うことはないだろうけど」

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