第7話 行動開始
そうして約束の時間が近づいてきた。落ち合う場所は昨日と同じく繁華街のど真ん中だった。
が、亜希を向かわせる前にいったん整理したほうがいいだろう。
「今回の目的は大きく二つあって。ひとつは輪島本人の口から例の記事はでっち上げであると吐かせること。で、もうひとつがパパ活してる証拠を公表するといいつけて、やつをギャフンといわせること」
亜希が顎を引いた。
「そのための準備はこのとおり、ばっちりできてます」
そして肩から提げているバッグを少し持ち上げた。
よく見るとファスナーの隙間からスマホのレンズがちらりと覗かせている。それで証拠を押さえようというわけだ。
「最初は昨日のパパ活女子とホテルに入るところを写真に収めて、それで輪島記者を強請る……いえ、交渉を持ちかけるつもりだったんですが、このほうがより確実ですし、私生活にもダメージを与えることができて一石二鳥ですからね」
「ああ、まさしく。だからなんとしてでも亜希には成功してもらわないと困るわけだ」
「ものすごいプレッシャーですね」
亜希が困ったように笑う。
「しかし私もプロです。依頼者であるヒロの復讐が果たせるよう、全力でサポートしたいと思います」
「頼もしいかぎりだよ」
うまくいくのを願って、後は自分の出番が回ってくるのを待つだけだ。
僕は亜希に向かって親指を立てた。
「じゃあ任せた。グッドラック」
「いってきます」
エールを受け取った彼女は、夜の繁華街へと消えていく――。
【亜希視点】
待ち合わせ場所で待機することおよそ五分後――。
ついに輪島記者が姿を見せた。
出で立ちは昨日とまったく変わってなかった。一張羅ということだろうか。上下をハイブランドで固めている。
べつにハイブランドに対してどうこう思うところはない。テレビ出演時の衣装などで着せられることもあったし、体験した身としては少なくとも悪いかんじはしなかった。
しかしどうしてだろう。輪島記者が着用しているところを見ると、どことなく品のなさを感じる。
見せびらかしている気がするからだろうか。はたまたスタイルのせいか。わからないが、結局のところ何を着るかではなく、誰が着るかだと思った。
顔……にかんしても特段触れるところもない。ふつうの中年男性といったかんじだ。ブサイクでもなければハンサムでもない。個人的な好みでもなかった。
ともあれ。目が合った瞬間、輪島はぎょっとした顔をした。
「驚いた。興味本位で来てみれば、まさかご本人様だったとは」
「もしいやでしたらキャンセルしますか。私としてはどちらでもかまいませんが」
本当は逃げられたら困るわけなのだが。しかしここはあえて一歩引いてみた。焦ってがっついてしまうよりもそのほうが効果的だと判断したからだ。
ここらへんは恋愛術、駆け引きと同じだった。押すのではなく引け。
そしてそれは見事にハマった。
「キャンセル……はしない。絶対にしない。むしろ頭を下げてでも一度話をしてみたい」
「話をするためではなく、パパ活をするために来たんですが」
「もちろんそれはわかってる。あくまでついでに、と思ってくれればいい。そのぶん小遣いも弾む」
「そうですか。ならば本日はよろしくお願いします。ええと……」
「輪島だ」
「輪島さん」
いわれるまでもなく知っている。だがここもあえてとぼけて見せたのだ。警戒を緩めさせるために。
それもうまくいったようだ。順調に事が運んでいく。
「ではいまからどちらに向かいましょう」
「ひとまず飯にでも、といいたいところだが」
輪島の下心は見え見えだ。非常にやらしい目つきでこちらの全身を眺めている。
「最近そういうのも面倒になってきたからな。白川くんさえよければホテルに直行したいんだが」
「ええ、全然かまいませんよ」
亜希としてもそのほうが好都合だった。
ヒロを待たせているというのもある。目的は速やかに済ませたかった。
「そうと決まればさっそく」
大胆にも公衆の面前で、輪島が腰に手を回してきた。
あまりの気色悪さに思わず手が出そうになったが、ここはぐっとこらえた。
耳元に感じる輪島の荒い鼻息にも耐えながら、亜希は誘導されるままラブホ街へと足を向けるのだった。
★
ラブホは歩いて数分のところにあった。外観は西洋のお城のようなかんじだった。
復讐稼業を始めてから数々の現場に乗り込んできたけれど、ラブホはいまだ経験がなかった。もちろんプライベートでも一度も利用したことがない。
緊張してない、といえば嘘になる。
一方で輪島記者はこなれているかんじだった。それはそうだろう。なんせパパ活をするのはこれが初めてではないからだ。空き室になっている部屋の中から、迷わずひとつのボタンを選択し、亜希をその部屋へと誘う。
各部屋にコンセプトのようなものがあった。たとえば学校の教室だとか、電車の車内だとか。よほどアブノーマルなものでなければどれでもいいと考えていたのだが、よりにもよって輪島記者が選んだのはSMテイストのものだった。拘束器具やら鞭のようなアイテムが視界に飛び込んできた。
部屋に入るなりやらしいビデオが流れているし。もうその時点で帰りたかった。
しかしこれも仕事なのだ。意を決して室内のソファに腰を下ろす。
亜希の対面に輪島記者は座った。
「この部屋は俺のお気に入りでね。どうだ、興奮するだろ?」
「いえ、まぁ特には……。とりあえずビデオのスイッチ切ってもいいですか」
「へへ、この恥ずかしがり屋さんめ」
いっている意味がわからなかったので、いったん無視してスイッチを切った。
騒がしかった室内は静かになる。
「ですが、たしかに緊張はしてるかもしれませんね」
「そうか。なら身体を動かす前に少しリラックスするか」
「意外と紳士なんですね。てっきりすぐに襲ってくるものかと思ってました」
実際身構えていた。
さすがに行為に及ぶわけにはいかないので。証拠を押さえるまで、なんとかかわすつもりだった。
紳士といわれて輪島記者はまんざらでもないようだ。
「紳士というよりパパだからな。そりゃあ娘に対しては優しく扱うよ」
こんな部屋に連れ込んでおいて、何が優しく扱うよ、だ。気持ち悪すぎて反吐が出そうになる。
表情を隠すようにお辞儀した。
「感謝します」
「いいってことよ。それに……ちょうど話もしてみたかったしな」
「いわれてみれば、私もいくつか気になってることがあるかもしれません」
「ならここらで質問タイムといこうか」
輪島記者は懐から煙草を取り出した。
テーブルに置かれてあったマッチで火をつけると、ふーっと天井に向かって紫煙を吐き出す。
「そうだなぁ。まずは何を聞こうか……」
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