第6話 パパ活アプリ

 輪島記者らを見失い落ち込んでいた亜希だったが、さすがはその道のプロということもあってか、隠れ家的なバーに着いた頃にはすっかり気持ちを切り替えていた。

 ひとまず輪島がパパ活らしきことをしているのがわかった。それを元に次に打つ手を考えていた。


 ほどなくして亜希はいう。


「それを利用して近づく、というのはどうでしょう」

「つまり潜入捜査的なやつか」


 動画なんかでしばしば見かけるやつだ。自らが身体を張って現場へと乗り込み、証拠を押さえようというものだ。囮捜査ともいえるかもしれない。


「でも誰がその役目を負うんだ?」

「ここはヒロの出番、といいたいところですが」

「男だもんな。さすがに無理があるわな」

「ええ。……いや?」


 一度同意しかけたが、すぐに首を捻った。いったいなんだというのか。

 僕はいぶかしげな視線を送る。


「……亜希?」

「もしかしたら……いけなくはないかもしれません。中性的な顔立ちをしてますから。お化粧をして、レディース物の服を身につければワンチャン――」


 あわてて手を振った。僕に女装をしろというのか。

 仮に輪島の目を欺けたとしても、あまり気が進まない。感情論的に割り切れないところがあるということだ。

 そういうのに一切の抵抗がなければよかったのだが……。残念ながらそうではなかった。


「頼むからそれだけは勘弁してくれ」

「フフッ、冗談ですよ」


 亜希は可笑しそうにしている。なんだよかった冗談か。


「現時点ではまだ正式な相棒ではありませんからね。あくまでヒロは依頼者です。なので無理強いはさせられません」


 裏を返せば、相棒になればそんな無茶振りをされる可能性があるということか。なんだか将来のことが心配になった。


「今回にかんしてはリスク覚悟で、私がその役目を引き受けます」

「まぁ何かあったらすぐに駆けつけるから、そこまで不安がることもないだろうけど……でも問題なのは、具体的にどうやって繋がるかだよな」

「そこにかんしては考えがあります」


 といって亜希はスマホをバーカウンターの上に置いた。

 そしてひとつのアプリケーションを起動して、画面を共有してくる。

 僕は画面を覗き込んだ。ぱっと見ではよくわからない。


「いったいこれは?」

「パパ活アプリ、というものです」

「パパ活アプリぃ?」


 初めて耳にする言葉だった。

 そんなものが実在するのかという驚きはさておき、響きからしてなんとなくどういった機能を持つのか察しがついた。

 とはいえ誤りがあってはいけない。亜希の口から説明してもらった。


「ざっくりいえば、パパ活に特化したマッチングアプリでしょうか。下心のある男性と援助を受けたい女性を繋ぐサービスとなってます」

「わかりやすい説明をどうもありがとう」


 僕の予想ともまったく違わなかった。


「それを使って接触を試みようってなわけだ」

「そういうことです」

「しかし輪島がパパ活アプリを使ってるという確証は?」

「と、いいますと」

「使わないで相手を探すケースも考えられるだろ。たとえば……街で直接声をかけるとかして」


 それがいちばんのネックだった。

 もしナンパが主な手段だったとしたら、最悪無駄骨を折る結果になりかねない。

 ところが亜希には確証はないにしろ、そうである自信はあるらしく。


「ナンパはまずありえませんね。十中八九ユーザーであるといっていいでしょう」

「なんでそう思う?」

「年齢とリスクと効率の観点からしてそう考えるのがもっとも妥当だからです。ようく想像し直してくださいよ。声をかけたからといって必ず相手が見つかるというわけではないのです。それに若い男子ならまだしも、輪島記者は40を過ぎたであろういい歳したおじさんです。変質者と思われて通報されてもおかしくありません。そうしたリスクを背負うくらいなら、初めから課金してでもアプリを利用したほうが早いと考えるのはごく自然じゃないですか?」

「……なるほど」


 正直小難しくてよくわからなかったが、詳しい根拠を述べられるだけあって相応のものがありそうだった。僕は亜希を信じることにした。

 人の脳みそは単純だ。一度そう思うと、あの輪島がナンパなどやるわけない、という見方しかできなくなっていた。都合が良いというかなんというか……ともあれ。


「じゃあいまからやるべきことは、そのパパ活アプリとやらを使って輪島を地道に見つけるところからだな」

「そうなります。なかなか根気のいる作業です」


 見張りを始めたときから思ったが。復讐稼業なるものはそういった忍耐力を求められるような状況が多そうだ。芸能活動を続けてきた身からしたら人一倍強い自信はあるけれど。それでもやっていけるかまったく心配にならないかといえばやはり嘘になる。


 亜希がスマホを開くよう指示してきた。それからとあるアプリをインストールするよういわれる。


「ひとまずヒロはそのアプリを使って輪島を探してください。私はいましがた見せたアプリのほうで調べてみますから」


 弱音を吐いている場合ではない。僕も先程の亜希を見習い、頭を切り替えて作業に集中した。

 パパを見つける、のところをタップして、片っ端から輪島らしき人物がいないか目を通していく。


「にしてもよく知ってたな。パパ活アプリなんてものを」

「以前受けた依頼で使う機会がありましたから」

「ふうん。ちなみにどういった?」

「ほんとは守秘義務があるんですが……まぁいいでしょう」


 それだけ僕のことを信用してくれているということだろうか。

 ならばもちろんここだけの話にしておこう。

 亜希が片目を瞑った。


「依頼主は中年男性で。援助していた子から荷物を盗まれた。中には貴重品が入っているので絶対に取り返してほしいといった内容でした。そして私はその子……いえ犯人をおびき寄せるために、アプリを使ったということですね」

「まさかの依頼してきたのがパパのほうだったとは。てっきり男のほうが悪いことをしたのだと思い込んでた」

「下心があるのはお互い様ですからね。逆パターンがあって然りということです」

「ひとつ勉強になったよ」


 先入観は禁物だということだ。それがあれば今回のように事実が見えなくなってしまう。今後復讐稼業を手伝うことになったら、真っ先に直さなければならないだろう。


 と、少々話が逸脱してしまった。

 輪島を見つける作業に集中しなければならない。

 僕はひたすらスマホとにらめっこする。


 黙々と進めること、三十分後――。


 ラッキーなことに、思いのほか早くそれらしき人物に行き着いた。


 40代男性、既婚。職業は雑誌記者。

 プロフィール写真にある顔はくっきりと映っているわけではなかったが、しかし髪型やら服装やらシルエットなどで、ほとんどやつといって間違いないだろう、と確信に近いところはあった。


「もしかしてこいつじゃないのか」


 亜希にも情報を共有する。

 画面を食い入るように見つめて、しばらくした後、彼女ははっきりとうなずいた。


「どうやらビンゴのようです。ヒロ、でかしました」


 褒められてちょっぴり良い気分になる。


「輪島隆本人で99パーセント合ってるでしょう」


 いや、二人の強い意見が合致したのだ。もはや100パーセントといっていいだろう。

 僕は白い歯を見せる。


「頑張ったかいがあったよ。……で、やつを特定した次のアクションは?」

「ウルトラライクを送りまくりましょう」

「ウルトラライクぅ?」


 またしても聞き馴染みのない単語が出てきた。

 これもなんとなくはわかるのだが。亜希がしっかりと補足してくれる。


「特に気に入った相手に送ることによって、断然マッチングしやすくなります。異性にプレゼントを贈る行為がもっとも近いたとえでしょうか。課金して、それで自分に関心を持ってもらおうという……」


 本人は説明に手応えを感じてない様子だった。しきりに首を捻っている。

 が、僕としては十分すぎるほどに伝わった。


「ありがとう。ようく理解できた」

「であれば、よかったです」

「ここでへんにケチってターゲットを逃すわけにはいかないからな。さっそく課金から始めてみるよ」

「ええ、じゃんじゃん使っちゃってください。費用はすべて経費から落ちますので」


 僕は画面を戻し、再び操作を始める。


 正直このウルトラライク作戦はほとんど失敗しないだろうと思っていた。おそらく輪島記者は食いついてくるだろうと。

 ふつうはパパのほうから送るものだからだ。それが女子側から送るとなると、よほどの本気度が伝わるだろうし、当然受け取ったほうは舞い上がるに決まっている。

 ウルトラライクを受け取り、鼻を伸ばす輪島の姿を想像するとおかしくて仕方なかった。


 悪い顔になっていたであろう僕は、操作を進めているうちにはたと手が止まった。


「どうかされましたか?」

「送るのはいいとして、送り主の名前はどうしようか」


 登録するアカウント名と言い換えてもいいだろう。

 現場に向かうのは亜希で間違いないのだが、そのままバカ正直に本名を載せてしまうと、輪島記者に警戒される恐れがある。

 元S級小町の白川亜希を知らぬ者などいないのだ。それが週刊誌記者ともなれば尚のこと。


 悪徳業者か、あるいはたんなる悪戯か。そう受け取られるのが関の山だろう。


「個人的に、偽名を使うのがぶなんだと思うけど……」


 リスクマネジメント的な観点からいくと当然そうなる。

 ところが亜希は首を振るのだった。


「いえ、ここはあえて本名でいきましょう」

「……いちおう理由を聞いても?」

「リスクはありますが、逆に好奇心をつけるのではないかと思ったんです。腐っても彼はメディア関係者ですからね。それに……どのみち偽名を用いたところで、拒否的な姿勢なら当日逃げられるだけの話でしょう」

「いわれてみればそのとおりだ」


 偽名にしたところで結局、というわけだ。ならばはなから勝負に出たほうがましだった。


 僕はいわれたとおり白川亜希の名前でアカウントを作成し、そして輪島記者であろうアカウントにウルトラライクをたくさん送りつけた。


「うまく食いついてくれればいいんだけど」


 もしダメだったらまた一から出直しだ。

 そうならないよう僕は祈った。


 さすがにすぐには反応は返ってこないだろう。

 不安に駆られながら待つことになると、ある程度覚悟していたのだが。


 まさかのその日のうちに結果が出てしまった。


『よければ明日の夜ふたりでホテルに行かないか』


 まるで下心を隠すつもりのない気持ち悪い文面付きのウルトラライクが、輪島記者から送られてきたのだった。

 パパ活女子と夜の街でお楽しみをしてきたばかりだというのに。


 いい歳してどれだけ節操ないんだよ、と僕はあきれた。

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