3

 砂の都――カシェット。

 そこは一帯を砂漠に囲まれた都市だった。『ノイアッシェ』のあるリムガシアの街から、海を跨いだ西の大陸に存在する小さな一国だ。

 ついに、大陸すら飛び越えて旅が出来るとは。感無量ですね。……開幕王城に召喚されて、犯罪者扱いになってしまいましたが。


「あ、暑すぎる……」


 私は着ていたタリスさんとお揃いの魔法ローブを脱ぐ。店員着らしいが、実はすっごく高価な物だと私は知っている。きっと、タリスさんのご厚意なのだろう。

 あの人はどうせ、「従業員の安全のためですので」とか言いそうだけど。素直に嬉しかったりする。


 じりじりと照り付ける熱波をかいくぐり――あと、追手の兵士たちを振り切るために、裏路地へと転がり込む。


「ナァー……」


 ナーも暑いのは苦手らしい。猫だから、当然か。


「しかし、困りましたね……。いきなり動きづらくなってしまいました」


 兎にも角にも、ネメリスさんを見つけないといけない。私の過去旅行はいつも、対象を探すかくれんぼから始まるのだ。

 陽炎の揺らぐ表通りを覗き見る。どうやら、ナーの素早い移動のおかげで追手は撒けたらしい。


「ナー、行きましょう。夜までに色々と進めておきたいのです」


「ナァー……」


 ナーが渋る気持ちもわからなくない。ひび割れた砂地の地面と雲一つない快晴過ぎる空。

 世界は広いですね。


「冷たいものが売っていたら、買ってあげますから。早く行きますよ」


 ひとまず、街を散策してみることにした。まっすぐ、外壁まで直進してみる。

 王城は大抵、街の中心にそびえることが多い。王城から外壁までの距離で、おおよその国の大きさがわかる。

 これは私がこの一か月で、色んな国を巡って得た知見だ。


 思いのほか、すぐに決して高くない防壁が見えてきた。つくりも甘く思える。きっと、外敵があまり存在しないのだろう。そんな想像も、容易につく。


 周りに人の目が無いことを確認し、ナーに壁を飛び越えてもらう。


「これはまた壮観ですね……」


 街の外はどこまでも続く砂、砂、砂。地平線の隅々まで見渡しても、灰色がかった薄い黄色が広がっていた。

 砂丘が至る所で凸凹を成し、確かにこれでは外敵の心配をする必要は無さそうに感じる。


「サボテンとか生えてないんですね。流石にピラミッドもありませんか」


 私の浅い砂漠へのイメージ。仕方がない、前世を含めて初めての景色なのだから。


「ナァー?」


「ふふっ、何でもありませんよ」


 高く昇ってもらい、街を一望する。


「何だか、奇妙なつくりですね」


 というのも、振り返った先は一面の砂漠というわけではなかった。色どりに欠ける街並みの先に、鮮やかな緑が茂っている。森と呼ぶには規模が小さい。なんせ、そのさらに奥にはやっぱり砂塵が見える。


 一帯が乾ききった世界で、そこだけは不自然なほど瑞々しい自然に満ちていた。


「とりあえず、行ってみましょうか」


 滲む汗を拭い、ナーを促す。

 それにしても、今回は過酷な旅になりそうですね。

 むしろ、陽が落ちてから動いた方が良いのかもしれない。


 街を横断し、目的の緑の地へと向かう。


「ナー、止まってください」


 私が言う前に、ナーは既に私の身を建物の陰に隠すように動いていた。

 流石、私の相棒です。


「何でしょうか……随分と厳重な見張りですね」


 林地を含めての街だと思っていたが、どうやら違うらしい。むしろ、林地を阻むように外壁がつくられている。そして、そこには何人もの見張りの兵士が目を光らせていた。


「ふーむ……何だか益々気になってしまいますね」


 林地を重要な場所としているのなら、その見張りの配置には納得だ。しかし、林地を阻むように建てられた外壁。

 もう一度、上空から眺め見ても、林地と砂漠の境目は壁以外に特に何か建てられているわけでもない。ただ、そこに存在しているだけの木々の集まりだ。


「エルフと種族名に入っているくらいですし、どうしても気になりますよねぇ」


「ナァー」


 ここまで結構な種族の方とすれ違いはしたが、ダークエルフは一人として見当たらなかった。しかし、ネメリスさんはこの国にいるはず。やっぱり、こんな絶好の違和感ある場所は見過ごせるはずがない。

 とはいえ、流石にこの見張りの数では動きようがないですね。

 砂漠側から回り込んでもいいのだが、どうやらナーが限界そうだ。


「仕方ありません。明日に備えましょう」


 この暑さで一日飛び回ってくれたのだ。目いっぱい労ってあげなければならない。

 宿を取り、その足で酒場へと向かう。この一か月でわかったことその二、情報は酒場で得るべし、だ。

 酒場には現地の人、そして外から来た人が入り乱れている。ちょっと怖そうな冒険者や、流れの商人、中には危なげな職業の方々もちらほら。


 ひとまず案内された席に着く。今日はまだ時間があることだし、焦る必要もない。


「ナー、今日もありがとうございました。好きなもの頼んでいいですよ」


「ナァー!」


 小さな身体のどこにそんな入るのか、と毎回思うほどナーはたくさん食べる。しかも、野菜からお肉、魚まで何でもだ。

 絶対、猫に与えてはいけないものも食べているのだろうけど、まあケット・シーですし。


 しばらく、豪快に貪るナーを眺め見ながら、周りの席の会話に耳を立てる。が、取り立てて有用な話は無さそうだ。


「ナー、それ食べ終えたら、情報を取りに行きますよ」


 ナーが皿の隅々まで綺麗にしたのを見て、合図する。


「あの方々にしましょう」


 酒場の端のテーブルに向かう。私が選んだ人たちは、少し年を重ねた男性四人組。風貌からして、冒険者では無さそうだし、恐らくこの街に住む人たちだ。

 私が欲しいのは、外界の情報じゃない。この国の内情について。それにはこの街に住む人に訊くのが一番効率的だ。


「あのー、すみません」


 四人が一様に振り向く。そして、私を見て目を見張るのだ。

 やれやれ、やっぱりどこでも同じ反応をされますね。

 どこか、黒猫に首根っこを掴まれている少女を見ても、何も疑問すら持たないでいてくれる国は存在しないものだろうか。


「ど、どうしたんだい、嬢ちゃん」


「少しお尋ねしたいことがありまして」


 ニコッと必死に練習した笑みを零す。この一撃で、男性たちは私を見る目をがらりと変える。

 本当、見目美しく転生させてくれた神様に感謝ですね。


 念のため、ウェイターに声をかけて彼らに一杯ずつ酒を振る舞う。情報とは、見た目と金で買い取るものだ。


 何だか、偏った知恵ばかり身について行っている気がするのは、気のせいでしょうか。


「それで、嬢ちゃんは何が訊きたいんだい?」


「そうですね。私はこの街に来たばかりでして、国の内情だったり、後は――」


 小一時間、彼らに話を伺って酒場を後にする。

 随分と長居してしまったようで、外はすっかり帳を降ろしていた。昼間の茹だる様な暑さとは打って変わって、かなりの冷え込みだ。


 欲しかった情報も得たことだし、今日は流石に引き上げるとしましょう。

 宿は酒場が点在する南区とは違い、西区に取っていた。昼間は結構な人がいたが、夜は見回す限り静寂に包まれている。この街では娯楽が乏しいのだろうか。街によって昼の顔も夜の顔も変わるのは、実際に巡ってみるとよくわかる。


「ナァー……」


 突然、ナーがぴたっと動きを止める。


「どうしましたか?」


「ナァー、ナァー」


 どうやら、前を見ろと言っているみたいですが……。

 私の前方には真っ暗な闇が広がっているだけだ。明かりと言えば、私の持つ手元のランプが照らす範囲だけ。

 じっと、目を凝らしてみる。すると、暗闇の中をこっそり動く人影が見えた。


 猫って、本当によく夜目が効くんですね。


「こんな時間に明かりも持たずにどうしたんでしょうか……」


 物陰に入る振りをし、ランプをそっと消す。

 その人影は、西区の奥へとこっそり足を運んでいるらしい。というのも、明かりを消したせいで、私の視界は人影を捉えることが出来ない。

 暗闇の中でもしっかり見えているナーに尾行してもらっているのだ。


 そして、その人物は突き当り、つまり外壁に備え付けられた門の前で足を止めた。左右に付いたかがり火がその人物を照らす。


 あれ……? あの人は……。


「ナァー……」


 ナーも見覚えがあるみたいだし、やっぱり思い違いということではなさそうだ。

 質の良さそうな外套を羽織り、腰には装飾の施された鞘がちらりと見える。この国では珍しく日に焼けていない肌。そして、手入れの行き届いた金色の髪。

 間違いない、王城の玉座に座っていた人だ。

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