第十二話 発見


「ぐっ…いてて…うっぷ!臭い!!!何これ?!」


 ふと気づくと、背中に地面のジャリッとした感触がある。俺は大の字になって仰向けに寝っ転がっているようだ。

 顔中にぬるぬるしたくっさい液体が付いている。手のひらでぬぐい、広げてみると真っ青な色がぬとっと糸を引く。



  

「ソロ!あぁ、良かった…頭は打って居ないか?」

「痛くない、でもすごく臭い」

 

「……それは、そうだろうな。済まない、私が油断して居たせいだ」

「何が起きたの?俺どうなってるの?何で臭いの??」


 地面に膝をついて、顔を覗き込んできたアリシア。束ねた髪のひとふさが少し短くほおに落ちている。

 多分羽を持ったモンスター的な何かが降ってきたんだとは思うけれど、剣を抜いて掲げてからの記憶がない。

 最後に見えたのは鳥の足と鋭い爪だった。



 

合成獣キメラだよ…そこに死骸がある。ソロが私を引っ張って、剣で下肢を受け止めたまでは良かったのだが…その、切れ味が良すぎてな」

「え?」

 

「体重の重いキメラが空から降りる勢いのまま押し潰そうとして、君は倒れた。刃が足に食い込んだキメラは、そのまま首まで一気にスライスされたんだ」

 

「スライス」

「あぁ。…切ってしまっているからあまり衝撃はなさそうだが、君は切り落とされた嘴を頭にうけて、気絶した」


「………………」


 


 えっ、カッコ悪くないか俺…アリシアの苦笑いと、布でベトベトを拭ってくれるのに任せながら脇にある小山のようなキメラ?を眺める。

 足から胸、首を一直線に切断されたキメラさんの切り口から青い液体が溢れ出している。

 

うわ、まさかこの臭い…キメラの血なのか?



 見た目が本当にめちゃくちゃなモンスターだ。足は鳥の下賜をそのまま太くして鋭い鉤爪をつけている。一つ一つの爪の大きさは俺の握り拳くらいあるようだ。

 下半身はそのまま鳥で違和感のない見た目だけど、胸から先、頭のてっぺんまでがどでかい蛇。てかてか光る緑の鱗と、青い鱗が入り混じってる。何で蛇の口が嘴なんだよ。

蛇の鎌首脇から牛と、豚の頭が生えて…あまりにも生物としては不自然なその姿に、俺は全身の肌が粟立つのを感じた。



 

「キッモ…キッモ!!!何あれ!なんで首三つもあるんだよ!?どんだけ?!合成って言ってもこんなキモい組み合わせある!?

 ううう…ヤダ!これアイツの血??ウエップ…無理…本当に無理…」

 

「ソ、ソロ。落ち着け。冒険者ギルドでシャワーを借りて、血を落とそう」


  

「やっぱりアレの血なのか!?臭い…!

 なんかこう、牛乳が腐って酸っぱい匂いに潮溜まりと、牛のウンコ混ぜたみたいな匂いがする!!」


「は…?……あは…あははは!」

 

「アリシア!笑い事じゃないよ!せっかくもらったマントについてるし…ウエップ。臭い…もうおうち帰りたい…」

 

「くっ…ソロ、君は本当に変わっている。普通は怖くて怯えるところなのに…匂いの詳細をレポートするなど…くく…」



 

 アリシアがポカンとした後、笑い出した。だってこんな、臭いものまみれなんだぞ!?拭いても拭いても取れないし…気持ち悪いっ!!


 

「キメラなどここの街周辺には出ていなかったんだがな。しかも、混ざっている種類からしてまぁまぁの強敵の筈。

 それを一太刀で、しかもさっき覚えたばかりの剣術で倒した者が…んふっ…」

「アリシア…笑いのツボおかしくない?」



 

 アリシアはお腹を抑えて、必死に笑いを堪えようとしている。

ひどいなー。俺はちっとも面白くないんだが。


 

「はぁ…はぁ…苦しい。ソロ、一旦街に戻ろう。キメラ討伐をしたなら報告をしなければならない」

「え、そうなの?」

 

「あぁ、普通はこれを十人がかりで倒す物なんだ。それを一人でやってしまったんだからな。」

「オーレリアさんの剣のせいでしょ。俺の手柄じゃないし」

 

「それはそうとも言えないよ。君はキメラの足を受け止める際、きちんと剣をスライドさせた。そうでなければ胸の真ん中あたりで剣が止まって居ただろう。

 キメラの重さを受け止めるのではなく勘で流し切ったんだ。運悪く嘴だけが難を逃れて頭の上に落ちたが」

 

「この臭い血も難だよ」


 確かにな、と苦笑いになったアリシアは笑いすぎて出てきた涙を拭い、手を差し伸べてくる。

 素直にそれを握って引っ張られて立ち、そのままキメラに近づいていく。



「クッサ!」

「ソロ、やめてくれ。笑いのツボを突かないでくれ」

 

「つついた覚えはないんですけど。報告って、何か持っていくのかな?」

「あぁ、嘴は大きすぎるから…羽と爪でも持っていこう。おや…観客が来たな」



 街の入り口門から大量の人たちが走ってくる。みんな剣やら杖やらいろんな武器を煌めかせて。

 取り敢えず人が来る前にやっとくか。


 茶色い大きな羽を一枚抜き取り、爪を見つめる。

 全体的な大きさは小山くらいの大きさなんだが、そう考えると小さいのかな。そしてこれを切るのか。


 

「ウェップ」

「んふっ。ソロ、わたしの剣では切れないよ。早くやってくれ。鉤爪なら二つしかないから観客に取られる事もない」

 

「わかった…」


 恐る恐る剣を突き立てると、まるでケーキのようにふわっとお肉から爪が落ちる。臭い、マジで臭い。口を押さえつつ爪を嫌々持ち上げると、そこからコロン、と何かが落ちた。



「ん?何だこれ…」



 銀色に光る丸い輪っか…これ指輪じゃないか?先端にキラキラ光る宝石がついて、なんだか高級な様相だ。

 指輪を拾い、アリシアがくれた布でなんとなく拭う。



 

「アリシア、これ…」


 差し出した指輪を見て、笑いを噛み殺して居た彼女の顔色が一変した。

 

「それは…ノーブの街で流行っている求婚の指輪だ」

 

「えっ?クリフさんみたいに仲人?とか立てて、さっきみたいに返事で指輪を作るとか、そういう感じじゃないのか?」

「この町では古い慣習が残っているが、ノーブは都会だよ。さてな、これの持ち主は…もしや腹の中か…」

 

「えっ」

「ソロ、一応確かめたほうがいいと思う…この膨れ方は不自然だ」

「えっ?えっ?」

 



 武器を携えたプレイヤーたちが集まってきて、何かを叫んでいる。

 アリシアが説明をしてくれてるのはわかるが、俺の中には確かな衝撃が残って動けなかった。



 腹の、中に、いる?どうして?

 ここはゲームの中だ。NPCはフィールドに出てこない。となると、腹の中にいるって…。



「ソロ、申し訳ないがしっかりしてくれ。婚約指輪だとしたら、所持者が限定されてる。…プレイヤーにしか持てない物品だ。

 それが…もし食われて、死亡したとして、ログアウトされてないとすると…」



 


 膝を折って、俺は腹の底から湧き出してくるものを必死で押し留める。

ハッとしたアリシアが走り寄って、俺の背中をさすった。



「すまない。配慮が足りなかった…」

「アリ…シア…。吐いちゃう。離れて…」

「構わない」



 キッパリとそう言ったアリシアが俺の手を握り、肩に手を回して摩ってくれる。

 

 抑えの効かなくなった俺は衝動を地面に吐き出した。

 

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