第十一話 事件の足跡


《キュルルル!!!》

「よし、十匹目討伐。クエスト完了だ」


 ジェリーの断末魔も聴き慣れてきたな…。真っ二つになったぷよぷよは溶けて液体になり、真ん中の黒いボールを残して地面に吸い込まれて行った。


  

「ソロはなかなかスジがいい。武器の性能があるとしても、次々と倒すにはコツがいるんだぞ?」

「アハハ…お褒めいただき光栄です…」



  


 言えない…剣術を指南してくれている先生の目の前で、包丁を使うときのコツでモンスターを切っているだなんて。


 

 初心者の街からフィールドに出て、隔壁のそばでジェリーを集中して狩り、1時間が経過。

 

 ジェリーは見た目は水饅頭そのもので、透明なぷよぷよに中身の核…命の根源が黒い玉だからあんこ玉が入っているように見える。


  

 名前の通りゼリーのような硬さかと思っていたら、動くたびに硬さが変わる仕様で驚いた。

力が加われば硬くなり、跳ねて飛んでいる間は柔らかい。実に理に適った作りでリアリティがあるモンスターだ。

 硬さはテニスボールからプリンくらいの硬さの間で変化するが、タイミングを見計らっていると先に攻撃されてしまう。

 

 都度変化する硬さを見誤ると刃を跳ね返したり、表面を滑ってしまうからこのやり方を思いついた。



 

 包丁でモノを切るときは、摩擦係数を増やして切る…要するに薄い刃の先に力を集中させる事で、対象の物質結合力を上回り、物が切れる。

 剣とは叩くようにして切るのが通常だが、ジェリーは叩いても切れなかった。

 アリシアもロングソードの部類使用者だが、彼女の剣はとにかく重い。その重さで生まれる衝撃で叩き潰しているから…真似てもうまくはいかなかった。


 

 俺のやり方としては、トマトを切るときみたいにスライドさせながら、刃先を肉にすべり込ませて切る。トゥルーエンドは常に軽いが、切るイメージを明確に持つとその重さの比重が変わるようだ。

 これは剣を持ったときに取得した『剣術スキル』による影響らしい。

 

 うまく物を切るためのコツがスキルで得られるんだから…そりゃみんな剣術スキルが良いものだと思うに決まってる。

 

 刃を潜り込ませるときに先端に重さを置いて、それを刃が滑る部分に沿わせる。

 自分の頭の中にイメージするのは切れ味のいい包丁で、トマトを薄くスライスする様子だ。

なんだろうな…俺の冒険はイマイチ格好がつかないと決まっているようだ。



 

「私が言った『何を切るか』のイメージに、きちんと説明がつけられているのだろう。クリフの恋愛云々には鈍かったが、他のNPCクエストについては中々勘が良かったしな」

「そうかな…?俺は別に運動神経良くないし、勘がいいと言われた事はないけど。恋愛は門外漢だから勘弁して…」

 

「ふふ…ソロは面白い奴だな」


 手甲で額に滲んだ汗を拭い、アリシアが微笑む。一つにまとめた髪が涼やかな風にそよぎ、いかにも冒険者然としてかっこいい。

 俺もこうなりたいもんだ。



  

「もうすぐスタート地点に到着する。結晶化したジェリーを集めにもう一周りしよう。

 素材は持っているに越した事はない」

「了解。やー、結晶って結構キラキラしてる物なんだね…」

 

「うむ。半熟の部分には触れないように。手袋は外さない方がいいだろう。ジェリーは触れると、稀に物を溶かすから」

「わかった」


 

 初心者の街を一周回り切ったようだ。行手の先に出入り口の門が見える。

 

 ジェリーの真っ黒な核が角張った石のように変化して、俺たちが通った場所に転々と転がっていた。これが結晶化した宝石ってことだな。

 一つ一つを拾い上げ、小さな布の袋に入れていく。

アリシアも一緒に拾い上げながら、おしゃべりは続いた。


  


「先刻の話の続きだが、勘というのは直感の事ではないよ。物事を多方向から見れる視野、本質を見極めるセンスなんだ。それは戦闘のみでの話ではない。君は、間違いなく勘がいい。」

「ソ、ソウデスカ…なんか照れるな…」


 アリシアのキッパリとした言葉を受けて、頬が熱い気がする。こんな風に真っ正面から褒められる事はあまりないから、どう反応して良いものかわからない。アリシアもオーレリアさんも属性が似てるように思う。イケメンレディは人を褒めるのが上手いんだな。



「刃を滑らせるという発想は『トゥルーエンド』の本質を知っているからこそと言える。切れ味の鋭い剣は刃先が薄く、本来刃こぼれし易い。

しかし、希少素材のせいでかなり硬いからなこの剣は。

 何と言ったか…極東ターミナルイーストの島で作られた武器がある。それの使い方と似ていた」

「もしかして、の事?」


「それだ!刀だな。君は彼の国の人かい?」

「うん、俺は極東の人間だよ。…プレイヤーってそこからの人だけじゃないの?」


「様々だな。ここでは全ての言語がひとつに集約されている。見た目に関して言えば髪の色も、目の色もランダムで選べない筈だが、両方揃っているのは珍しい。ソロは黒がよく似合うぞ。マントも黒、剣も黒、髪も目も黒だからのようだ」

 

「そう言われると良いモノに思えるな…俺は元々の見た目とあんまり変わってないから、損したような気でいたけど」


 

  

 転生がテーマのゲームなのに、ふと見た自分の姿はリアルにそっくりだった。

 外人さんもプレイヤーの中には居るみたいだ。アリシアみたいに『忍者』『侍』みたいな認識を持つ人が他にも居そうだな。海外の人はそれが好きだもんね。

 


 侍と言われて何となく悪くはない気分だが、俺みたいな肝っ玉の小さい凡人がそう言ったものになり得ないことくらい分かってる。

 まだ敵がモンスターの形だから攻撃に躊躇はないが、これが人型になったらと考えると背筋が寒くなる。そうなる前に事件にカタをつけたいものだ。

 

 俺はそう言った〝ヒーロー〟的なものとは程遠い存在だからさ。


 

 

「見た目がリアルと変わらない?顔つきもか?」

「顔つきは…うーん。鏡で見ていないからはっきりとはわからないけど、池の反射で見た感じ大して変わらないと思った」

「何だって…?こ、これで見て確かめてくれるか」



 アリシアが慌てて胸元から手鏡を取り出した。おお、鏡は存在してるんだな。

 ゲーム設定がどこまで現代に即しているのか分かっていないから、何でもかんでも驚いてしまう。


 金色の金属縄に囲まれたシンプルな鏡を受け取る。アリシアが持っていると言われて違和感のない見た目の鏡だ。

 真ん中には良くあるタイプのシルバーの鏡が嵌め込まれているが、若干の歪みが見える。…どうしてこう、変な所で再現性が高いんだこのゲームは。



 

 鏡を覗き込むと、予想通りいつもの顔。面長で顔の中に直線と曲線が入り混じってる。眉毛は上がり眉で男っぽいとは思うけど、目が大きくて垂れ目だし。

 小さい頃は大人の女性にモテた事はある。今ではほとんどご縁がないけれども。

 

 普通だ、と思う。他に感想をどう持てばいいのかは正直わからないまま歳を重ねてきている。まだ?もう?26歳だけど。


「どうだ?」

「リアルと一緒だと思うよ。もしかして、これも珍しい?」

「時たまそう言ったプレイヤーが存在するとは聞いた。珍しいとは思う……」



 言葉を切って、アリシアが両手で顔を隠した。…えっ、何だその反応。


 


「私は極東系の顔に弱い」

「はぃ?」

「特にソロのように…トマトソース顔と言われる部類がクるんだ」

「トマトソース…顔???なんだそりゃ????」



 アリシアが耳まで赤くしてるんだけど、何が起きたんだろう。あれか?醤油顔とか塩顔とかそう言う…?わからん、トマトソース顔ってなんだ???

しょっぱいの?酸っぱいの?甘いのか??訳がわからないのですが。


 


「すまない、失礼した。ソロのような御仁は大変尊い存在だ。今後も自分を大切にしてくれ」

「よくわからないけど、わかりました…」

 

「私は小さな頃に見た、極東の映画が好きなんだ。あの方達は民族としては多少の混じりがあるが、その…見た目もさる事ながらサムライ魂というのが大変良い。」



 頬を両手で押さえたまま、アリシアが呟く。小さい声だな…なんだか可愛らしい。

 アレだな、憧れ的な何かだろうな。銀幕の主人公が日本人ぽかったんだろう。



  

「現代人の俺がその魂を持っているかどうかは疑問な所だけど。失望させたら申し訳ないなぁ…」

「そんな事はない。生まれた環境は心の育成にも深く根をさすものだ。ソロの心にもそれは確かに宿っている。」


 

 そうかなぁ、どうなんだろう。アリシアは出会ったばかりだし…俺の事を知っているとは言い切れない。

彼女自身に対する印象は、旅人で剣士でイケメンレディだとばかり思って居たけど、意外にミーハーなところもあるみたいだ。お茶目だな。


 相変わらずモニモニと頬を揉み続けるアリシアの背後に何となく目線が勝手に動く。そこに――突然真っ黒な闇が落ちた。


 


「アリシア!!」


 大きく叫び、アリシアの手を引っ張る。 

 大きな影がアリシアと俺を覆い、上空から圧力が降ってくる。

 

 巻き起こる風、舞い上がる砂ボコリ、生臭い獣臭。

俺は咄嗟に剣を抜いて振り上げた。



 


 

 

 




 

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