見知らぬ本拠地
馬車から降りたカロッツらは現在ディエゴの案内の元、山道を伝って彼の本拠地を目指している。
かろうじて獣や人が通った痕跡のある、道とも呼べぬ道をディエゴはスイスイと見抜き、進んでいく。歩調そのものは後続のペースをしっかりと見抜いた上で調整しているのは見事と言うべきだろう。
「侮っていたなぁ」
カロッツの少しのんびりとした口調にくすんだ銀髪が「ああ?」と首だけ向けて反応した。
「こんな山道を迷う素振りさえ見せずにガイドしている、職人芸じゃないか」
「流石にこのくらい出来るわ、山で迷っておっ
っていうか侮っていたってなんだよ、とディエゴは憤るが、そこまで悪い気はしていないのも事実である。
「ミリアリア様、まだお疲れではないでしょうか」
ミリアリアを気遣うレイナのメイド服には、どういう訳か一切の汚れやほつれは見当たらない。
「これだけ険しい道は初めてですっ…けど!異端審問官は足も使いますので!」
当然とも言うべきか、四人の中で1番苦しそうなのはミリアリアで、急な段差に差し掛かるたびに「よいしょっと」などの掛け声がつく。しかし、彼女の言っていることも本当のようで、今まで一行のペースが極端に落ちたことは一度もない。
「本当に辛くなったら言ってくださいね、背負いますから」
「……本当に本当の最後の手段として頼らせてもらいます」
この間、杖を列車に置き忘れた際におぶられたことを思い出して頬の紅潮を自覚するが、過酷な山歩きを続けていたおかげで、それを気取られることはなかった。
さて、そんなやり取りを続けつつも一行は順調に歩みを進め続け、ディエゴが言うアジト周辺まで到達できた。
「さあ、ここまで来れば目と鼻の先だぜ、どうする?」
ディエゴにとってはよく知る場所まで来たのだろう、振り返りつつ今後の方針を聞いてみたが、3人の顔を順に見比べてまず自分の意見を言うことにした。
「まあ、俺としちゃ一旦休んだほうがいいと思うがな」
やはりミリアリアの消耗が一段と激しい。それでもこの短時間でアジトまで到達できる速度を出したというのに、脱落しなかった彼女のスタミナとタフネスは称賛すべきものだ。
「俺も同意見だ、潜入前に入念な作戦会議も必要だろう」
「……そうですね。若様の言う通りかと」
少しの間を置いて、二人がディエゴの意見に賛同した。3人が野営の準備にとりかかろうとしたところ、当のミリアリアから待ったがかかった。
「待ってください、ここで休憩することに私は賛成できません」
「ミリアリアさん」
カロッツ様、と彼女は彼の方を真っ直ぐと見据えた。意思の光が強く輝く翠の瞳は、彼女の不屈を何よりも誇っているのだろう。
「私のことなら心配いりません。むしろ休憩をとることで、彼らに気付かれることのほうが望ましくないはずです」
確かに、この場で休息を取るのもリスクのある話ではある。アジトに近いとなればそれだけ警戒も厳重だろうし、哨戒中の賊に見つけられる可能性も考えられる。レイナは彼女の覚悟を汲んだようで、前言を撤回した。
「……ミリアリア様の言うことも道理です。それにメイドの立場から言わせていただくと、敵に見つかるかもしれないという状況では、休まるものも休まりません」
ディエゴは口を真一文字に結んだままだ、カロッツの判断に全てを託すということだろう。彼らの提案は全てミリアリアを案じたものであり、その彼女が無理を押して休憩のリスクを排そうとするならば――……。
カロッツはしばしの思考の後に「分かりました」と、意を決したようにミリアリアを見つめて次の行動を述べた。
「ここで長時間留まることはやめます。ただ、皆が消耗してるのも事実です。なので短い休憩だけとりましょう」
「カロッツ様……」
不安げなミリアリアに苦笑し頭を搔く。彼は「下手な気遣いかもしれませんが」と前置いた上で、本心から言葉を紡いだ。
「自分を足手まといとは思わないでください。貴女の聡明さをアジトの中で生かしたいからこそ、小休憩を取るんです」
青年の言葉に、疲れと緊張感でずっとこわばっていた彼女の表情が、やっと緩んだ。
「……では、お言葉に甘えますね」
強がりではない彼女の笑みを見てカロッツは頷いた。
短めの休憩を終えて、4人はいよいよアジトが目視できる位置までやってきた。
しかし、一番慣れ親しんでいたはずのディエゴの様子が明らかにおかしい。目を見開かせたまま喋らない彼の肩に、カロッツが手を置いた。
「おい、どうしたんだ。なにかおかしいのか?」
「おかしいもクソも……俺の知ってるアジトじゃねぇんだよ」
どういうことだ?と聞き返すが、同時にアジトの方を見れば彼の動揺も理解できる気がした。
「うちはあんな要塞みたいな作りじゃなかったぞ。この一ヶ月もしないうちに石造りにまでなるか?普通」
そう、彼の見知った本拠地は既になく、彼の言うとおり要塞のような建造物が其処にはあった。ディエゴにとっては狐につままれた、いや神に弄ばれたような錯覚さえ覚える事態である。
「ならば、その普通ではない事態が貴方の家に起こったのでありましょう」
鈴のような声がディエゴの耳朶を打った。その声色が幾ばくかのリラックス効果を含んでいたのか、彼はわずかに冷静さを取り戻したようだ。
「……そうだな、あんたの言う通りだ。俺の任務失敗も見据えた上で拠点を改造しやがったんだ」
色々疑問は尽きないが、とカロッツが前置いた上で皆に話しかけた。
「まずあの要塞に潜入する方法を考えよう。レイナ、頼む」
畏まりましたと彼女が応じると、優雅な所作で手を要塞の方へ向け、無詠唱で呪文を発動した。
「
彼女から放たれた莫大な魔法力が目には見えない振動となって大気を伝っていく。要塞内に到達したそれは、反響を繰り返しながら内部を駆け巡り、限界点に達して主人の元に戻って行った。
「……っ!終わりました」
彼女をしても相当な負荷を強いられる魔法だったのか、完了を告げたレイナの額にはうっすらと汗ばんでいる。
若干置いてけぼりのミリアリアとディエゴだが、彼女の邪魔をすることはせずに成り行きを見守っていた。
「お疲れ様、どうだった?」
「少々お待ちください、ただいま出力いたします」
そう言うと、彼女の周囲に留まっていた光球の群れが動き出し、まるで指揮者の如く指を振るレイナに導かれ、分裂と合体を繰り返して一つの塊となった。
「どうぞ皆様、こちらにお手をかざして下さい」
言われるがまま、差し出された光球に皆が手をかざすと……。
『頭が俺たちを売ったって本当かよ!』『マルクスのやつが新しい頭だってよ』『家にこんな改造するくらいならそのまま金寄してほしいぜ』『あの白髪頭の野郎イケすかねぇよな』
様々な声が、一気に三人の体を駆け巡った。これこそが、先ほど発動した魔法の効果である。
「重要そうな音声のみ抽出いたしました。どれも我々にとっては値千金かと」
レイナの言う通りは尤もで、彼女の魔法によって抽出された音声は、要塞の状況がよく分かるものだった。カロッツは彼女に礼を伝えると、まずディエゴの方を向いた。
「やはりあちらも急激に内情が変わっているようだ。マルクスという名に聞き覚えは?」
ディエゴはそのたくましい腕を組み、苦々しげに答えた。
「……ありまくりだ。あの中で言えば、ナンバー2といったところだな」
「お前がいない状況で、そしてあの混乱の中では、確かに次の頭目を名乗り出るのも不思議ではないか」
おそらく、ディエゴの情報はまだ伝わったばかりなのだろう。それが証拠に、向こうもまだ事態の収集がついていなさそうだ。ならば、やることは一つである。
「やはりミリアリアさんの即潜入の決断は正しかった。現場の意思が統一できていない今が、ディエゴの名のもとに投降を促す最後の機会だ」
彼の意見に皆が一様に首肯する。あの要塞に挑む上で、最も必要なものを4人はここに共有できた。それは、この作戦を必ず遂行するという覚悟と意志である。
「速やかに内部の掌握と手紙の入手をするべく、あの要塞への潜入を決行する」
カロッツの静かな、しかし断固たる決意を持った宣言の下、彼らは出発した。
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