その出会いは突然に
山の頂上方向、監視が難しい方角からカロッツたちは要塞を見下ろし、全体を観察していた。
「どうだディエゴ」
カロッツの確認に、ディエゴは「ああ」と答えてから要塞から3人の方へ目を移した。
「メイドの嬢ちゃんの言う通り、俺達が元々使っていたあばら家を核に拡張してるな」
あのやけに小高い中心部がそうだ、とゴツい指がそこを差した。ミリアリアもその部分を判別できたのか、なるほどといった顔をしている
「流石に急造すぎたんだろう、元の棲家を壊す手間さえ惜しんだとみえる」
カロッツの推測はおそらく正しい。この3週間ほどでスクラップ&ビルドを行うのは、どんなに人足を投入したとて無理な話だ。
吹き抜ける風から、ブロンドの髪を守るように指で抑えているレイナが、中心部を見据え言った。
「中の構造も単純でしょう。先ほど、
「このまま裏から侵入するといいのでしょうか」
栗の長髪をたなびかせながらミリアリアが問えば、カロッツが首肯した。
「ええ、山に伝って建設されているので、後ろからの侵入には気付き辛いはずです」
要塞は、明らかに王国中央側を向いて建設されていた。仮想敵は
「よし、やるこたぁ決まったな!後ろから入って、ど真ん中目指して突き進む!」
ディエゴが拳同士を突き合わせ、その闘志を燃え上がらせた。
「張り切って言うには『後ろから入って』という部分が少々情けないかと存じます」
「本人が盛り上がってるんだからほっとけ!」
冷ややかな黒曜の瞳がディエゴに水を差すが、そのやりとりが一行から余分な緊張感を取り除いたようで、空気がほどよく緩やかになった。
「よし、行こう」
カロッツの号令が下され、一行は慎重に要塞の背後へ向かって行った。
頂上側から侵入したカロッツたちは順調に要塞内を進行していた。やはり要塞内は単純な作りな上に、この後背部は人通りも少ないので隠れることもほとんどない。
さらに、事前にレイナが付与していた、
「……ここはチグハグな印象をうけるな」
カロッツのつぶやきに、彼の背後にいるミリアリアが小声で「どういうことですか?」と反応した。
「一般的に要塞というのは戦争に向けたものであるはずです。確かに、正面の門構えは立派なものでした」
カロッツは解説を続けつつも、常に周囲の警戒を怠っていない。だが、やはり人の気配は多くない。多くの人員は正面に配置されているのだろう。
「ですがこの通り背後から突けば、少人数とはいえ潜入を一切感知されずにここまで来れています」
それに、彼らがここに来ることを見越した様な急造成も気になるところだ。要塞を作るにしても、元々の強盗団の住処を潰さずに拡張するという工事をするのは、どう考えてもおかしい。
「……この要塞そのものが、別の目的のために造られたということでしょうか」
彼女の推測が、カロッツには正しいように感じられた。だがこの状況下ではそれ以上の思考をするのは注意が逸れると考え、ミリアリアに後で一緒に考えてくれるよう頼むと、彼女は声を弾ませて答えた。
「はい、任せてください」
二人の会話が一区切りついたところで、先導を務めるレイナから気を引き締める一声が入った。
「……皆様、少々お静かに。いよいよ分かれ道が見えました」
彼らの眼の前に石と木の境目がある。この境目から先が、ディエゴたちの元々の拠点ということだろう。
「よし、ここからは俺が案内するぜ」
大柄な体が先頭に躍り出ると、まず手紙があるであろう彼の自室を目指すことにした。
流石に勝手知ったる我が家であり、要塞外郭と比べたら複雑な中心部も苦もなく道を選び取る。
しかし、流石に人通りも多くなってきた。人目を忍び隠れ潜んでいても、次から次に廊下を往来する者が現れ、なかなか進めなくなってきた。
「道はわかるんだが進めないのはもどかしいもんだ」
元々は彼が頭目たる場所である、ディエゴにとっては複雑な心境であろう。
そんな独り言をよそに、相も変わらず小綺麗なメイド服を纏うレイナが何かを察知した。
「……若様、この近辺から先は妨害障壁が張られていそうです」
「
左様でございます、とメイドが答えた。重要な場所では、
「これからは物音にも気をつけよう」
カロッツの注意喚起に一同が頷く。丁度、廊下から人の気配も消えたようだ。
物音ひとつ立てないよう細心の注意を払いつつ、一行はさらに奥へ足を運んだ。
……ジ。
ディエゴが言うにはもう少しで部屋に着くと言う。ここまで誰にも見つからずに来れたのは、彼の丁寧な誘導のおかげもあるだろう。
ジジジ。
「……なんだ今の?」
妙な音がした。いや、まだこの音はしている。ディエゴからすれば後ろからこの音は鳴っている。
振り返れば、カロッツが自身の首元を見ていた。いや、正確には彼が着けているペンダントをだ。
「……まずいっ!!」
そう叫ぶと同時に、彼の足元がヒビ割れ、ガラガラと音を立てて崩壊していく。
「カロッツ様!!」
ミリアリアが反射的に手を伸ばすが、既にカロッツは突如現れた暗闇に飲み込まれ、そして底の見えない地下へ落ちて行った。
「やべぇぞ。アイツの安否もだが、今ので確実に気付かれた!」
「早く救助を!」
唐突のアクシデントを前に焦る二人に、レイナが待ったをかける。
「若様は間違いなく無事です。まずは我々の行動を決めましょう」
彼女の主への信頼が二人にも伝わったのか、多少なりとも平静を取り戻せた。
「……このまま左に曲がれば比較的でかい広間に出る。そこでここの野郎どもを説得する」
「やれるのですか?」
疑念に満ちた黒曜石の瞳を真っ直ぐと見据え、ディエゴは力強く言った。
「やるんだよ」
◇
要塞の深部、明かりもろくに灯されないそこに、一組の男女がいた。一人はイザークと会話していた白髪の男で、もう一人は燃えるような紅蓮の髪を編み込みにしている女だ。
「で、クルエル。あんたはここの防衛、やる気あるの?」
クルエルと呼ばれた男は、その質問を愚問と言わんばかりに一笑に付した。
「まさか、ここが私の命の使い時だと?」
「そこまでマジにって話しじゃないわよ」
力の出し方が0か100しかないのかお前は、そう声に出しかかったが余計にめんどくさい問答が発生しそうだと危惧し、すんでのところでその言葉を飲み込んだ。
「ま、ここで潰される駒ならその程度ってことよねぇ」
手慰みに火球を生み出し、自身の周囲を浮遊させて楽しんでいる彼女の様子は、まるで火炎を司る女神のようだ。
「その通りだ。元よりあんな小物、長く使う気など閣下とてなかろうよ」
それもそっか、と女の方も納得したようで、寄りかかっていた壁から離れ出口の方へ歩いていく。
「行くのか」
「ええ、アタシまでいたら幾ら何でもこっちに有利すぎるでしょう?」
クルエルの短い問いに、彼女はにへらと軽い笑みを浮かべた。楽がしたいだけだろうと呆れる彼に、部屋の雰囲気にそぐわない明るい声で別れの挨拶を告げる。
「そんじゃ頑張ってねえ〜、彗星の加護があらんことを〜」
返事を待つこともなく、バッタンと大きな扉の音を立て、彼女は去っていった。
「せめてもうちょっと上品にドアを閉めろ、ヴィクトリア……」
小言を向けた相手はもう、いない。
「ふんふっふーん、人間50年とか60ね〜ん♪」
妙ちきりんな歌を歌いながら、ステップで暗闇を進むヴィクトリアと呼ばれた女性。
「ま、クルエル一人でお釣りが来るわよねぇ」
彼の性格はともかく、実力に関しては確かな信頼を置いているようで、彼女はなんの憂いもなく帰路についていた。
「ドラゴノートの後継クンはそこそこやるらしいけど、魔法もろくに使えないなら心配ナッシーシング」
その独り言が何かの呼び水となったのかどうかは知る由もないが、彼女の頭上から何やら不穏な音が鳴り出した。
「え?なにこの音……まさか天井が落ちるなんて…ないわよね?」
まさかね、そう呟く前に頭上の異変は更に加速し、ついに天井が崩落した。
「あ、これはやばい」
久方ぶりに危機感というものを覚え、ヴィクトリアは即座に体内を巡る魔法力を増幅させた。
「
彼女が大魔法を放つ直前、黒い影が崩落する瓦礫を縫ってこちらに接近するのを見た。
「きゃっ」
瞬間、ヴィクトリアに浮遊感が襲った。攻撃か?いや違う、持ち上げられたのだ。黒い影が、おそらくは自分を守るために。
轟音を立てながら崩れ落ちた天井が、先ほど自身がいた場所を埋めていた。
(別にアタシだけでもなんとか出来たけど、お礼は言わなくちゃね)
そう思い、顔を上げて命の恩人の顔を見てみた。はて、どこかで見覚えがあるような……。
「あ”」
彼女は気づいた。
「すいません、巻き込んでしまって……お怪我はありませんか?」
敵だ、この人。
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