手繰り寄せる脅威の陰

 ディエゴとのやり取りを終え、屋敷に戻ったカロッツとミリアリアの二人。いくらカロッツとの約定が結ばれたとは言え即時解放となるわけもなく、ディエゴは今頃、諸手続きをこなしている頃だろう。なお、アルスティンとフィオルは絶賛講義中である。


「あの……もしよろしければ、ベントン男爵について教えて頂けないでしょうか」


 パトロンの情報を得てからこっち、カロッツは沈痛な表情を浮かべてばかりであった。それを見かねたミリアリアは、自身の知識の不足を埋めてもらう形で、件の人物を教えてもらうことにした。


 自分が難しい顔をしていたかと反省するが、ミリアリアの心遣いをありがたく受け取り、彼女に説明する形で自身の心を落ち着かせる効果を図った。


「そうですね……ミリアリアさんは西方貴族の構造についてはご存知ですか?」

「いえ、お恥ずかしながら……」

「西方に行かなければ縁も無い話ですので、卑下する必要はないですよ」


 ミリアリアに恥と思う必要はないと優しく伝えると、彼はまず王国貴族について説明を始めた。


「まず王都から見て東西南北それぞれに大貴族である公爵が配置されています、これはご存知ですかね」


 カロッツの言葉にミリアリアは首肯して、自分の知識を恐る恐ると引き出した。


「カロッツ様のドラゴノート家が東の中核なんですよね」

「ええ、我が家は東の大小様々な地方領主たちを束ねています。似たような家が、他に3つあるという訳ですね」


 ふむふむ、とカロッツの説明を真剣に聞くミリアリア。ここまでは、彼女にとっても復習の範囲のようだ。その様子をカロッツはどこか微笑ましく思い、続けて西の特異性についての説明に移った。


「中でも西は、四方の領土の中でもっとも広大な領土を抱えています。およそ西方領土だけで、それ以外の地方領土と同じくらいの広さがあると思ってください」


 カロッツの説明に目を丸くするミリアリア。王都からここブレアノまでも列車で相当かかったというのに、西方はそれ以上に広いのか。


「……あれ、そういうお話になると、西の公爵様一つの家だけで地方領主の皆さんを束ねるのは大変なのでは」

「ご明察。仮に一家だけでやれと言われたら匙を投げるかと」


 わざとおどけた口調で彼女の意見が正しいと評すると、ミリアリアはおかしそうにくすくすと笑った。


「ですので、西方のマクシミリアン公爵の元には彼を支える準大貴族とも言える、伯爵御三家が存在します」

「なるほど、西方の貴族構造という仰り様はそういうことだったのですね」


 他地方に比べ、西方貴族のあり方が少々異なるのだ。これには歴史的な経緯が存在するが、ここでは割愛することにする。


「ミリアリアさんは知識の吸収がはやいのねぇ」

「母上」

「ミーナ様」


 ここで、カロッツの母・ミーナが客間に現れた。側には老執事、その後ろにはメイドを従えている。


「まだまだお話は続くわ、お茶菓子でも交えたほうが楽しいと思わない?」

「そうですね、いただきましょう。ミリアリアさんもどうぞ遠慮なく」

「いいのですか?では、ご相伴にあずからせていただきますね」


 若者の快諾を受けたことで、ミーナは喜色を浮かべテンションを一段階引き上げた。


「ふふ、いっぱい食べていいのよ。アーノルド、レイナ、配膳をお願いね」

「「かしこまりました」」


 側に控える二人の従者にお茶の準備を命じると、老執事とメイドはテキパキと配膳を開始し、瞬く間にお茶会の準備が整ったではないか。


 こうして、二人だけの授業は終わり、ミーナと側に仕える二人を加えた5人の空間で、お茶会を楽しみつつ改めて西方知識を蓄える時間となったのである。


 


 サクリ、と供されたクッキーを口に含めば、芳醇なバターのコクと豊かな小麦の香りが広がった。その余韻が残っている内に紅茶へ手を付けると、適度な渋み、そして職人芸による発酵でしか成し得ない香りと味わいがミリアリアを満たした。


「……言葉に尽くせないほど、おいしいです」


 ハレウス教会は過度な清貧を強いるわけではないが、それでもここで味わった茶菓子は彼女の味覚に大きな衝撃を与え、感動さえ覚えさせた。


「お客様からそのようなお言葉を頂き、恐悦至極にございます」


 老執事のアーノルドと、メイドのレイナが惚れ惚れする動作で一礼をする。今更であるが、ここが東方の中心地であり、王家が最大の信頼を置く場所なのであると自覚するミリアリアだった。


「では、前置きが長くなりましたがベントン男爵について、話を戻しましょうか」

「あ。は、はい!よろしくおねがいします」


 彼女は思わず食べ物に夢中になってしまったことに赤面したが、カロッツはそれに気付かないふりをして、説明を再開した。


「ベントン男爵は北西の地方領主です。王国の西南と北東は中央集権化に伴う問題で揉めているんですが、ベントン男爵は西にあっては珍しく我ら側の立場の人です」

「中央集権化に賛成的な立場の人、ということですね」

「私も彼とは王都で一度お会いしたわ。柔和な方で、悪企みをするような人ではなかったように思うけれど」


 ミーナが経験に基づいてカロッツの説明を補強した。カロッツも「そうなんです」と頷き、自身の疑念についてその場の面々について共有する。


「私もこの1年の旅の中で、ベントン卿に会う機会がありました。その時は彼が西方公爵であるマクシミリアン公に挨拶に来ていたタイミングでしたが、私も母上と同じ印象を持ちました」


 ミリアリアが二人の情報をまとめると、彼女は2つの帰結に達した。


「ということは、お二人の目を欺くほどに男爵は心根を隠すのが上手いか、あるいは――……」

「はい、彼を傀儡にし、その陰で暗躍する者が、ディエゴたちを私兵化しつつあるということになります」


 ディエゴは手紙のみのやりとりと言っていた。もちろん、賊と直接会い悪事を命ずる貴族パトロンなどそうそう居る気もしないが、後者の推測を補強する材料ではある。


「ミリアリアさんが言っていた、我らを陥れようとする異端というのは、思っていたよりも大規模なのかもしれません」


 男爵の印象と一介の地方領主の財政事情、留置所での「ディエゴたちを私兵化できるほど金回りがよくなったのかもしれない」という推理、利害ではなく思想による対立でアルスティンを害そうと陰謀を巡らす者。


 これら全ての要因が、この一件がただの小悪党による暴走ではないのかもしれないと、カロッツはそう予感した。


(思った以上に、気を引き締めなければいけないかもしれんな……)


 お茶会の雰囲気で和らいでいたカロッツの表情は、自然と戦士の顔つきとなっていた。



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