山賊の未来

 ブレアノ郊外の囚人留置所、そこにディエゴと彼に従う強盗団が収監されている。ディエゴは彼の体格からしたら狭すぎるベッドに仰向けで寝そべりながら、これからのことを考えていく。


(まず王都に連行だろ、んで裁判。罪状は死刑か、無期懲役ってとこか)


 そのくすんだ銀髪をガシガシと掻きながら、自身の所業を振り返りそれに相応しい罪を推定する。


(ま、列車強盗だけでも重罪だしな。救いの手なんぞ誰からも伸びやしねぇ)


 自身に訪れる破滅に対しては、さして興味もない。生きるために奪ってきた、なら今度はその対価を支払う時がやってきただけのことだろう。唯一気がかりなことといえば――……。


「ディエゴ・オットマン、貴様に面会だ」

「ああ?」


 思考の途中で看守の邪魔が入った。こんな地で己の知り合い、しかも面会に来てくれるような奴などいないはずだが。そう思いつつも、看守は有無を言わさず面会場所まで連行した。


 


 腑に落ちぬまま面会室まで行ってみれば、そこにいたのは仕立てのいいシャツとワインレッドのスラックス姿の少年と、白と青の修道服を纏った少女であった。


 誰だと、思いかけたが、よくよく見てみれば少年の方は先刻自分と戦った相手ではないか。よほど地位の高い家柄の生まれらしい。


「……誰かと思ったらテメェらかよ」


 無礼なディエゴの物言いに看守はそっと眉根を顰めるが、カロッツが目でそれを制する。


「取引だ、ディエゴ・オットマン。単刀直入に言おう、我々に協力しろ」

「いきなり高圧的だなぁおい、人に物を頼む時の態度ってもんを教わらなかったのか?」

「生憎だが、重罪人に頭を垂れろと教わった覚えはないな」


 可愛げのねぇガキだ、圧を出しても小揺るぎもしやがらねぇ。そう思い舌打ちを一つすると「要件はなんだ」とだけ返した。


「お前に列車を襲えと命じたものがいるな?それが誰かまず教えろ」

「おい、取引なんだろ。見返りの提示もなしに教えろってのかよ」


 表面上は不満げにそう返したが、内心は自身の背後に潜む依頼者の存在に勘づいていることに驚愕していた。


「見返りは協力の姿勢のよる。情報提供だけなら貴様の減刑を中央に要請するくらいか」

「……なるほどね」


 含みを持たせた言い方、おそらくはこちらが最大限のリスクを提示すれば、無罪放免とは行かずともかなり軽い罪状となりうるだろう。


(……俺の命なんざどうでもいい、だが)


 瞼の裏で、可能性について考える。彼の懸念を解消できるかもしれない、可能性を。目の前に垂れているのは、自身を利用するだけの狡猾な蜘蛛の糸か、それとも聖典に記される救済たる彗星の尾か。


「おい」


 彼の肚は据わった。目を開け、目の前の若造に声をかける。カロッツは、視線のみで応答した。


「もし俺が、ここに囚われた手下連中全員の減刑嘆願と、そしてアジトにいる奴らの解放を願ったとして、俺の命をかけてテメェらの助けをすれば通るか?」

「貴様が命をかけるならば、私はドラゴノートの誇りにかけよう」


 自らを省みない願い、それが嘘ではないとカロッツは直感した。眼の前の罪人に対して、誠意を以て応えるためには、家名をかけるべきだと彼は即断した。


(ドラゴノートの次期当主……か)


 その意思を汲み取り、ディエゴもまた眼前の少年がただの子どもではなく、一定の信頼の置ける男だと考えを改めた。


「よし、交渉成立だ。俺の命、好きに使いな」


 岩のような拳で机を一つ大きく叩き、全生命を預ける宣言をした。対するカロッツも了解したと頷いた。


「あの、デェエゴさん少しよろしいでしょうか?」

「ん?おお、不思議な魔法を使うハレウスの嬢ちゃんかい」

「ミリアリアと申します、よろしくお願いいたします」


 ディエゴにとっては、久方ぶりに受けた礼儀正しい挨拶であった。彼はミリアリアのような手合と接した経験がほぼないため、その挨拶に対する返答も窮してしまい「お、おう。ディエゴだ」とだけ返すだけだった。


「先ほど、ここに留置されている人以外にもお仲間がいるようなことを仰っていましたが、どういうことなのでしょう」

「ああ、そのことか。どこから説明したもんか……」


 彼女の質問に対する回答をディエゴは整理していく。説明が難しいというよりも、生来丁寧な説明をした経験値がない故の熟考だった。


「そうだな、まず俺たちにゃパトロンがいる。好き勝手に暴れ回るだけじゃなく、そいつの依頼で動くこともある」

「今回の件も、そいつが依頼者だな?」


 カロッツの確認に、ディエゴは濁すことなく答えた。


「ああ、その通りだ。前までは精々半年に一回くらいの依頼だったんだが、最近になってその頻度がバカ高くなりやがってな。実態としては最早そいつの私兵に近い」

「ディエゴさんたちを半ば雇用できるほど、お金に困らなくなったのでしょうか」

「かもな。そしてそんな状況で、強盗団の頭目である俺が居なくなれば……」


 三人の結論は一致した。ディエゴが捕まったと知れば、そのパトロンはいよいよ残された賊たちを自らの兵の如く扱い出すであろう。その者が如何なる目的を持っているかは知る由もないが、碌なことにはなるまい。


「なるほど、条件に出した『アジトにいる奴らの解放』とはそういうことか」

「ああ、使い潰されるのが目に見えている未来よりも、国に捕まった方がまだマシだ」


 あるいは、己を使い潰すつもりでここへ放ったのかもしれない、今の状況さえ想定内なのなら、自分がアジトを離れてから即座に動き始めていたのやも。嫌な予感がディエゴを駆け抜けるそしてそれは杞憂ではなく現実に起こっている可能性が高いだろう。


 カロッツは「よく分かった」と理解を示すと、最後に聞くべきことを聞くことにした。


「そのパトロンとは誰だ?」

「やり取りしていた手紙によると王国北西の地方領主、ベントン男爵だ」

「なに……?」


 その名に心当たりがあったのか、カロッツの顔には驚愕の表情が浮かんでいた。

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