いざ西方へ
カロッツ・ドラゴノートとの約定により、強盗団頭目ディエゴは釈放された。彼の背丈は2m近くあり、その筋骨隆々の肉体と腰蓑として巻いている毛皮のせいでとてもよく目立つ。
「娑婆の空気はうめぇなぁ」
「あくまで約定の遂行に必要な上での措置だからな、勘違いするなよ」
「わぁってるよ、うるせぇなぁ」
ディエゴに釘を刺すカロッツ。彼の装いは街中用のもので、今日は薄いピンクのシャツを着用し黒のスラックスを履いている。
「留置所の中の空気はまずいのでしょうか……」
「入ったことがないので、なんとも」
このちょっとズレている会話は女性二人のものだ。片や白と青が基調の修道服を纏い、片やメイド服を着用している。
「なんだ、見ねぇ顔の嬢ちゃんがいるな」
「ドラゴノート家に仕えております、レイナと申します。以後お見知り置きを」
あまり感情を感じさせない、しかし文句のつけようもない一礼を以て自己紹介を済ませた。彼女の家系は、代々ドラゴノートに仕えている従者一族である。
「レイナさんはとても綺麗な瞳をしていらっしゃいますよね」
「彼女の母が西方大山脈を超えた先にある国の出身でしてね、黒曜石のような美しい瞳はその血筋でしょう」
「恐れ入ります」
クールな物言いだが、彼女はどこか嬉しそうに褒め言葉を受け取った。その輪には入れないディエゴだが、確認すべきことを確認するためにカロッツに問うた。
「なんでもいいがよ、アジトに行くメンツはこれでいいのか?」
言外に人数が足りないのではないかという疑問を含んでいるが、カロッツは「大丈夫だ」と返し、人差し指を一つ立ててその理由を説明し出した。
「今回の第一目標はベントン卿とその裏に潜んでいるかもしれない勢力の調査だ。あまり大人数で動けば、その証拠を掴む前に手を引かれる可能性があるのが一つ」
「まあ、道理だな」
続けてもう一つ指を立てて、二つ目の理由を説明する。
「少人数で行った方が、お前の部下の説得がしやすい。仮に今、強盗団の実権が別の誰かに握られている場合、大人数で行けばそれを見られただけで戦闘が始まる可能性がある」
「私たちだけでアジトにこっそり潜入して、ディエゴさんの部下の方を説得すればいいんですね」
「はい、ついでに男爵の手紙とやらも入手します。偽であれ真であれ、有力な証拠には違いないですし」
二つの理由を聞いて、なるほどなと得心したようなディエゴだったが、今一つ腑に落ちない部分もあるようだ。
「手下の解放を頼んだ俺が言うのもなんだが、最初から男爵んとこに潜り込めばいいんじゃねぇか?」
それについては私から説明いたします。と。凛とした声が割って入った、レイナである。
「物事には順序というものがございます。いかに若様が公爵家次期当主とはいえ、なんの確証もなく男爵家を捜査となれば、東方と西方の軋轢が増しかねません」
「仮に俺が雇われたと言っても、知らぬ存ぜぬを通せるわけだ」
「左様でございます。必要なのは証拠、その為の手紙です」
以上でございます、と彼女は告げると、そのままカロッツの後方へ控えた。言うべきことは言った、ということだろう。対するディエゴは荒々しい銀髪をうむうむと揺らして頷いている。
(まあ、戦力的な意味ならあんまり心配もねぇし、少数精鋭の意義があるならこれ以上突っ込む意味もねぇか)
「ではそろそろ出発しよう、予約していた列車が行ってしまう」
彼の疑念も大方払拭できたところで、一行は出発することにした。一先ずの目的地は西方の中核、マクシミリアン公爵領ヴァルメッドである。
カロッツらは西方行きの列車、その一等車に乗車した。格の高い調度品が備え付けられた空間は、正に二等以下とは一線を画す”部屋”である。
そんな室内に目を白黒させている者が二人。
「わあ……ここが一等客室なんですね、一人一部屋って本当なんですか?」
「とんでもねぇな……家具どころか、この国だとそうそう見ねぇ魔導機械もありやがる」
魔導機械とは、北方の国メカナティアで発明された道具である。魔導石という特殊な鉱石を核にして、用途に応じた術式を刻むことで、魔法のような効果を発揮できるのだ。
「冷暖房機器やドリンク用の冷蔵庫が備え付けてあります。終点のヴァルメッドまで快適にお過ごしいただけるかと」
レイナがまるで添乗員のように室内を説明していく。魔導機械を動かすたびに、ミリアリアが歓声をあげる様子は中々微笑ましい。
「なぁ、おい……俺も使っていいのかよ、ここ」
数日前には襲撃した列車に、一転して最上級の客室に乗る。中々前例の無い事態に流石に気後れしたのか、おずおずとディエゴが言うと、四人全員の旅費を負担するカロッツはなんて事はなさそうに答えた。
「気にするな、等級の低い客室で長旅はキツイぞ。今くらい楽に過ごした方がいい」
「……な、ならいいけどよ」
妙な男だ、とディエゴは思う。普通、重罪人である自分には最低等級の三等車を割り振るだけでも温情であり、それどころか貨物車に詰め込むという措置も考えられる。
だというのに、恩を着せるわけでも上流の生活を自慢するわけでもなく、ただ「長旅にはいい部屋の方がいい」という理由だけで、全員に一等車を使わせる。
「気に入らないなら。三等車でも貨物室でも使わせてやるぞ」
「んなこた言ってねぇだろ!ここを使うわ!」
(……よく分かんねぇやつだ)
今までのディエゴの尺度では測りかねる男、それがカロッツであった。
◇
ブレアノから数駅したところで、一等車の扉がガラリと開いた。入って来たのは老紳士が一人、使い古された革の鞄は、若い頃ならいざ知らず今の彼には少々重たそうだ。
コツ、コツ、と歩を進める度に革靴がウォルナットの床を鳴らす。ある部屋の前に差し掛かったところで、別の部屋の扉がガラリと開いた。メイド服からスラリと伸びた美しい脚が印象的なレイナだ。
「おや、ご機嫌よう、お嬢さん」
「ご機嫌よう、
「はは、王都までね。少し贅沢をして一等車を取らせてもらったよ」
「御身をいたわることは大事でございます」と深々と礼をし、老紳士を見送る姿勢を取る。彼もにこやかに「ありがとう」と言い、自身の客室に向かうべく脚を一歩――
「しかし労る前に、貴方は少々不覚をとりすぎかと」
――伸ばす前に、後ろからグイッと引っ張られた。驚愕の声を上げる間もなく、景色が一回転し、床に叩きつけられた。潰された蛙のような声が廊下に響く。
「一流とは、こういうことを言うのです。身を以て知りなさい」
老紳士が状況を整理する前に、容赦のない蹴りが鳩尾に直撃した。肺の空気が更に吐き出され思考がより単純になっていった彼は、のたうち回りながら最も頼りにするものを取ろうとする。
「貴方が欲しいものは、これでしょうか?」
顔を上げれば、すでに
「おや、やはり
「な、なぜ……俺が刺客だと」
「1つ、一等車に乗るような御祖父様は従者を付き従わせます。2つ、貴方の演技がなっていないから。それから最後3つ……」
振り上げた脚は、天井まで届きそうなほど高く達し、そして暗殺者の頭部目掛け一直線に振り下ろされた。
「この一等車は全て我々が貸し切っております。部外者が入ってくる時点で、不届き者以外に他なりません。……おや、気を失いましたか」
強烈な一撃は、容易く男の意識を刈り取ったようだ。彼女は思ったよりも歯応えのなかった刺客に失望半分、楽に終わってまあ良かったという気持ち半分で、こう呟いた。
「二流どころか、三流でしたわね」
気を取り直して、メイドは主のためにお茶でも用意しようと、わずかに乱れた容姿を整えつつ支度をするのだった。
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