異端審問官

 強盗団による列車襲撃事件、惨事になりかねなかったその事態は、偶然居合わせたカロッツとミリアリアによって防がれた。


 強盗団頭目ディエゴ・オットマン以下20名の団員たちは、一先ずドラゴノート領中心部のブレアノにある留置所に移送される運びとなった。


「ありがとうございます。貴女の力なくば民を守ることはできませんでした」

「いえ、神の教えを説く者として当然のことです」


 戦いを終え、二人もまたブレアノに戻っていた。カロッツはミリアリアの杖を見て、やはりと得心が行った顔で彼女に尋ねた。


「その杖とその仰りよう、あなたは――」

「はい、私の名はミリアリア・シュミット。ハレウス教会の異端審問官を勤めております。そして貴方は、カロッツ・ドラゴノート様ですね?」


 その通り、とカロッツは首肯した。ハレウス教会の内部は、神聖なる三職に分かれており、異端審問官はその一つだ。その名の通り神の教えに背く者を調査し、場合によっては裁く権限を持つ神職である。


 やはり酒場の親父が言っていた、我が領に不穏な噂が広まっているという話が本当だったかと、1年の不在を後悔する。苦々しさが表情に出たのか、ミリアリアは苦笑しながら言った。


「カロッツ様、おそらく私のせいで勘違いをしているかと思います」

「勘違い、ですか?」


 カロッツの問いに彼女はゆっくりと頷き、自身がここに来た理由を明かした。


「私がここに来たのは、貴方達を糾弾するためではなく、ともに戦うために来たのです。罪なき貴方がたを陥れんする異端から」


 ◇


 私、フィオル・ドラゴノートには双子の兄がいる。率直に言って、兄に魔法の才能はほぼない。父母の魔法の才は兄妹平等に分けられることなく、私に注ぎ込まれてしまったようだ。


 だが兄は、その程度で心折れる人ではなかった。家を継ぐという責を、私や弟に背負わせることはなかった。


 自己重力強化呪文グラビライズ、それが兄の唯一使える魔法だ。己のみを重くする、なんとも使い道に困るそれを、されども兄は自らの鍛錬に活用した。はたから見ても、血の滲むような努力の日々だったと思う。そしてそれに挫けることなく兄は修行をこなし、超人的な身体能力を手に入れた。


 その兄の努力のおかげで、私は私のやりたいことができる人生を歩めた。魔法の才を豊富に受け継いでいた私だったが、自分の進みたい道は魔法に関することではなく、あの天に瞬く星々の研究だった。


 幸いにも私は勉学の才能にも恵まれたようで、史上2番目の若さで大学に入学することができた。


 兄が今の私の道を整えてくれた。だから私は、兄を尊敬し誇りに思う。 


 その兄が帰ってきた。異端審問官知らない女を引き連れて。


 ◇


 城からほど近い山の手にある屋敷の客室にて、4人の男女が揃っていた。ドラゴノート家次期当主カロッツ、その双子の妹フィオル、異端審問官ミリアリア、そして双子の母であるミーナ・ドラゴノートである。カロッツは帰参の挨拶もそこそこに、ミリアリアを家中に紹介した。


「ミリアリア・シュミットと申します。この度は急な来訪、誠に申し訳ございません」


 ミリアリアの深々としたお辞儀を受け取った母ミーナは、ゆっくりと首を振って謝る必要はないと告げた。


「お気になさらないで。貴方たちハレウス教会が、我らが領に危機が及んでわざわざご足労なさったこと、感謝に絶えません」

「聞けば、兄と一緒に列車強盗も防いでくださったとか」


 母の感謝に続くように、フィオルも口を開いた。二人の髪色はよく似ていて、その白金色は屋敷の中にいても輝いて見える。


 フィオルの質問を受けて、ミリアリアは自身の功績を誇示することなく、ただ民を守ることが我らの役目ですのでと応えるのみだった。


「実は元々、聖堂騎士団の方もお連れする予定だったのです。ですが、急遽別件が入ったということで、私一人で参った次第なのです」


 聖堂騎士団もまた異端審問官と同じく教会三職の一つだ。彼らは魔法騎士のプロフェッショナルで、一人ひとりが洗練された力を持つ。教会自体はこの戦力を国や民に向けることはなく、地方の治安維持への協力や、カロッツが戦った大猿のような異常個体との戦闘でその力を発揮している。


「彼らがいれば、今回の事件も楽だったのでしょうけど」


 ミリアリアは何かと背負い込む性質たちなようで、自分に瑕疵のない聖堂騎士団の不在も己の不徳ゆえと考えてるようだ。


「だけどミリアリアさん、あなたが列車に杖を忘れたおかげで私達はあの場で出会えて、引いては列車の襲撃を防げたんですよ。聖堂騎士団の方がいたら、忘れ物をしなくて、その結果大惨事になってたかもしれない」


 消沈した彼女の様子をみかねたカロッツが、少し軽口を叩いて励ました。


「……ふふ、そうですね。きっと、私の忘れ物や騎士団の不在も含めて、幸運のめぐり合わせだったのでしょう。ありがとうございます、カロッツ様」


 二人はうなずき合って、今回のトラブルをうまく飲み込んだようだ。


 一通り事件について共有できた四人は、本題に入ることとした。先程ミリアリアが告げた、ドラゴノート領を狙う異端とやらについてである。


「私たちもその正体は掴めておりません。しかし今回の列車襲撃と、最近流れ出した噂は無関係では無いと考えます」

「噂……ですか?」


 ことのあらましを知らない母と妹は首を傾げた。その様子を見て、ミリアリアはドラゴノート領に怪しげな教えが蔓延している、という噂がいま王国の各地で囁かれるようになったと説明した。


「そのような根も葉もない誹謗が広まってるなど……」


 二重の瞼を大きく見開かせ、フィオルは驚愕する。そして同時に、だからこそ兄は予定を早めて帰還したのだと悟った。


「私たちハレウス教会はその噂を聞き、まず王都の警察と共にドラゴノートの調査を行いましたが、少なくとも混乱を引き起こすような悪事はなく、平穏そのものでした」

「ならばなぜ、そのような噂が流れたのか。あなた方はそう疑問に思い、我らを害そうとする存在を察知したんですね」


 カロッツの問いに、ミリアリアは栗色の髪を揺らして肯定した。


「残念ながら、私たちは民を惑わす異端の正体をつかめておりません。そして、今日私がここに来た理由は、我々ハレウス教会と共に戦って欲しいと、そのお願いに参ったのです」


 母のミーナから受け継いだのだろう瑠璃の瞳と、翠の瞳が交錯する。どちらもが、優しくも信念を秘めた瞳をしていた。


「カロッツ」


 母が自分を呼ぶ。


「兄様」


 妹もまた、己を呼んだ。


 それは、全権を自分に預けてくれた合図だった。二人は、全幅の信頼を持って、父の居ない今、この家の将来とあるいは国の将来にすら関わるかもしれない決定を、託してくれた。


 数秒の沈黙、あるいはそれは覚悟を決めるための時間だったのだろう、その時間が過ぎた後、カロッツはミリアリアに重く頷いた。


「……承知しました。このカロッツ・ドラゴノート、家名のため、そしてこの国に生きる全ての人々のために、あなたと共に戦いましょう」

「本当に、心より感謝申し上げます」


 胸に手を当て、瞑目し、心からの感謝を伝える。


「母上、フィオル、ありがとうございます」


 カロッツもまた、家族に向けて己に対する信頼に感謝の言葉を述べた。


「兄様、ドラゴノートの一員として、私も全力でお支えします」

「母も同じ気持ちですよ、カロッツ」


 母と妹の言葉を受け、頷くカロッツ。いまここに、ドラゴノートとハレウス教会の共同戦線が結ばれた。


 


 お互いの意思確認が済んで、少しばかり落ち着いたところに、フィオルがそういえばとなにかを思い出したように切り出した。


「怪しげな教えというもの私、少し心当たりがあります」

「なんだって?」


 思いも寄らないフィオルからの情報に、やや前のめりになるカロッツとミリアリア。二人の視線を受けて、彼女は兄に質問を投げかけた。


「兄様、覚えておりませんか?私の先生ですよ」

「ああ~……」


 カロッツは合点が行ったように頭を抱え、その様子を見た異端審問官ミリアリアは、あれ失敗しちゃったかなと思ってしまうのだった。


 同時刻、別の場所にて。


「ぶあっくしょん!!……ふふ、我ながら惚れ惚れするくしゃみをしてしまったなぁ!ジーーーニアスッ!!」


 至極色、紫紺を極めたような色の髪を持つその男が、大きなくしゃみをした。ミリアリアの心配は、ある意味あたっているのかもしれない。


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