列車防衛戦

 強盗団の総勢は20人ほどだろうか、誰も彼もが馬に乗り列車めがけて突っ込んでくる。

 本来であれば、先ほどの徹甲弾で列車の足を止めて襲撃する予定だったのだろうが、その予定はカロッツによって見事に狂わされた。


「野郎ども!列車の足を止めろ!派手に撃ちまくれぇ!!」

「せさるかっ!」


 ディエゴの号令と共に、ライフルの雨が列車を襲う。カロッツはその雨の中を縫って騎兵に近づき一瞬で5人を脱落させた。


(まだ列車までの距離はある、弾丸が客車を貫通するほどではない。だがっ!!)


 鋭い瑠璃の瞳がディエゴを捉えると、すでにそちらは大砲の発射体制に入っていた。


「はっはっ!大した騎士様だ!だが所詮単騎ではなぁ!!」

「ちぃっ!!」


 徹甲弾、二発目。これも着弾前に蹴り飛ばし防いだが、着々と敵は迫ってきていた。


(姑息な、奴らわざと首領と離れているな。最大速度とはいえ、騎兵を先に殲滅しようとしたら徹甲弾が列車を襲う!だったらこっちは……)


 ぐっと脚力を蓄えディエゴ目掛けて地を蹴り、その雷の如き速さを以て一気に接近する。


「まずお前から倒す!」

「そう来るよなぁ!させねぇが!!」


 蒸気加速ブーストを噴き上げ、後方へ機敏に退く。左腕の機関銃が唸りをあげ、弾丸を乱射することでカロッツの動きを阻害した。


 機関銃かブースト、どちらかさえなければすぐに決着がつくのだが、ディエゴはその2つを巧みに扱ってカロッツを近寄らせない。


「埒が開かないな……!」

「いいぞ〜、野郎ども今のうちに仕事をこなしちまいな」


 自分自身がこの化け物を抑えておけば、部下がきちんと仕事をしてくれる。ディエゴはそう思う程度には部下を信頼していたし、戦闘に自信があった。


「んん?足を止めた?疲れちまったか?諦めちまったか?なぁ!!」


 カロッツは無闇ないたちごっこをやめ、足を止めていた。無論、疲れたわけでもなく諦めたわけでも無い。


 全てはこの状況を打破するために。


「ダァッ!!」


 気合いと共に緑繁る地を踏み抜く、舞い上がる草花と土埃が彼の纏う群青色を覆い隠した。ディエゴは舌打ちを一つして、機体を停止させて機関銃の狙いをカロッツにつけた。


「つまんねぇ真似しやがって……!隠れたつもりでも結局てめぇはそこに居るんだろうがぁ!!」


 敵の策略を意に介さず、機関銃を猛烈に撃ち込む… ——「ガキン」——そのはずだった。


「なっ!詰まジャムっただと!?このタイミングでか!?」


 偶然か、否。賊とはいえ、それなりの死線を潜り抜けたディエゴの勘が告げる。


「ま、まさかあの野郎!弾丸を!あの銃撃の嵐の中、回収して!!」

「ああ、その通りだ。あれは俺が逃げるための目眩しじゃなく」


 思わず機関銃を確認してしまえば、そこには銃口に嵌められた弾丸があった。信じ難いことだが、カロッツは土煙の中で手に取った弾丸を銃口目掛けて投げ込んだのだ。


 そして、戦場においてはディエゴの確認して動作は余りにも致命的な隙となった。カロッツは一瞬にして距離を詰め。両者はゼロ距離となる。


「俺の攻撃を、お前に悟らせないための仕掛けだぁ!!」

「お、おおおっ!?」


 ――拳一閃。


「がはっ……!」


 かの大猿にさえダメージを与えた一撃は、魔法力を通じさせて硬度の増した蒸気重鎧スチームプレートさえも容易く歪ませ、吹き飛ばし、2度バウンドして地に伏せさせた。


「は、たった一撃で動力パイプもいかれちまったってかい」


 全身に怪物的な力を行き渡らせる動力パイプから、その源たる蒸気が漏れ出ている。3歩先の距離に、カロッツが近づいてきた。


(なんてガキだ。旧式とはいえこの蒸気重鎧スチームプレートを、ただの魔法力を込めただけの拳で倒しやがった)


 2歩。勝負はついた。一対一の戦いは、己の負けだ、それは潔く認めよう。


(だが、まだガキだ。どれだけ化け物のようなフィジカルを誇ろうが……)


 1歩。されど、この襲撃戦の決着は、まだついていない。


「お前はまだ、ガキなんだよぉぉ!!」

「なっ……!?」


 動力を過剰稼働させ、機体を無理やり起こし、機関銃を放棄した左腕でカロッツを掴んでから、右腕の大砲の照準を列車にあわせる。全弾数3発、その最後の凶弾が放たれた。


「は、はは!ざまあみろ!お前はあれを絶対に防げない!!」


 起死回生の一撃に、高笑いを響かせるディエゴ。だが、カロッツの表情に浮かんでいたのは絶望でも悲嘆でもなく、この一撃さえもあの列車には届かないという、確信の笑みだった。


「なぜ、なぜてめぇ笑ってやがる!なぜ……!?」


 カロッツの視線の先には倒れ伏す強盗団の面々、そして列車の最後部、そこには――。


「罪もなき民の平和を乱す者ども。貴方達こそ、異端者です」


 神々しい杖を手にし、堂々立ちふさがるミリアリアの姿があった。


 ◇


 時を遡ること少し前――。カロッツの背から列車最後部の車掌車に降り立ったミリアリアは、先立って杖を取りに行ってもらった車掌を追いかけるように駆け出した。


 既に戦闘は開始されており、徹甲弾を蹴り飛ばしたカロッツが、瞬時に強盗団の一味5人を脱落させていた。


(分かってはいましたがあの方、只者ではありません。ですが、敵の数も数、このままでは列車に取り付かれかねません)


 列車に銃弾が当たり始め、その異音に乗客が悲鳴をあげる。


「私、怒っちゃいましたから!」


 人々の平穏のため、彼女は勤しむ。人々が泣かぬよう、彼女は怒る。普段こそおっとりとしているが、彼女もまた有事に対応できる人間だ。


「あ、お、お客さん!持ってきましたよ!杖!!」

「まあ、ありがとうございます!車掌さんは乗客の皆さんを落ち着かせてあげてください!」


 前方から、大慌てで先の車掌が駆け込んできた。この非常時にも、ミリアリアの頼みを聞いてくれたようだ。


「あ、ああ…だがあんたはどうするね!」

「私は、この列車とみなさんをお守りします」


 心配そうに尋ねる車掌に、ミリアリアは微笑み、諭すように言った。


 その場で片膝をつき、両手で彗星の意匠をあしらった杖を持って祈るように詠唱を始める。


 魔法力を高め始めた彼女の体は淡い光を纏い、青と白を基調とした礼服も合わさってか、神々しさすら感じさせた。


「あるべきものよ、苦痛を得ぬものへ。弾性付与呪文ゴーペイム


 列車全体が一瞬、光に包まれた。だがそれだけで他になんの変わりもないように思える。


 その光は乗客よりもむしろ賊のほうがよく見えていたようで、一瞬動揺こそしたものの、それから攻撃などが飛んでこないことから、銃撃を再開した。


「撃って撃って撃ちまくれ!列車が止まんねぇなら乗り移っちまえ!!」

「おおおー!!」


 気炎を上げてライフルを連発する強盗団の面々。距離が50mほどまで接近した今、客車程度の走行ならライフル弾で確実に抜けるはず、だった。


「無駄です。弾丸程度では、柔軟体は抜けません」


 銃撃を受けた列車は、傷つかず、突き抜けることもなく、弾丸を受けた部分がぐにょんと凹み、弾丸を柔らかく包みこんでいた。


「な、なにが起こってやがる!?魔法か!?」

「見たことねぇぞ、あんなモン!」


 ありえない状況に強盗団連中は目を丸くしたが、それで終わりではなかった。弾丸自身がまるでゴムのように縮まっている。


 そして次の瞬間、列車に蓄えられた弾性エネルギーが全て開放され、射撃手たちに向かって撃ち返された。


「がっ!」「うわっ!」「いってぇ!!」


 手痛い反逆を受けた賊たちは、しかし反射した弾丸によって血を流すことはなく馬から転げ落ちていく。


「この呪文は対象と、それを攻撃し触れた物をゴム化します。だからみなさん、とても痛いでしょうけど、死んじゃうことは無いと思いますよ」


 強盗団の全騎脱落を確認したミリアリアは、急いで後方への移動を開始した。


(あの人なら負ける心配はないですけど、万が一ということもありえますからね)


 この懸念は正しく当たることとなった。


 ◇


 列車後部で杖を高々と掲げるミリアリア、この切迫した場面には似つかわしくない穏やかに澄んだ声で詠唱を発した。


 先程の弾性付与呪文ゴーペイムの時と比べれば、彼女を包む光は更に輝いていることから、行使する魔法の強大さがうかがえる。


「あるべきものよ、あるべき場所に。位置巻戻呪文オポジウス・イント!」


 徹甲弾に対してその呪文が使用されると、対象に向かって無数の光の粒子が飛びかかった。粒子は、弾丸に纏わりついたかと思えば、なんと徐々にその動きを減速させていき、ついには止まってしまったではないか。


「ば、馬鹿な」


 頭領の驚きはそれで終わらなかった。本来、列車に深々と突き刺さるはずだったそれは、弾自身がたどった軌跡を逆方向になぞるように、まるで時を巻き戻していくかのように蒸気重鎧スチームプレートの砲口に向かっていく。


「馬鹿なぁ!?」


 ディエゴが勝利を確信して放った弾丸は、予想された悲劇を引き起こすことはなく綺麗に大砲へ収まった。雷管が砕け散ったが故に、ただの金属塊となりはてて。


「負けたってのかよ……畜生」


 万策尽きたと蒸気重鎧スチームプレートを装甲解除し、各パーツが鈍い音を響かせ大地に落ちた。


「ハレウス教会異端審問官、ミリアリア・シュミット。民の安寧を守る我が使命、果たさせていただきました」


 深々と、その場で一礼をするミリアリア。純白のローブがたなびくその優雅な所作は、公爵家長男のカロッツをして美しいと思わせるものだった。

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