白煙くゆらす駅舎にて
移動や日常生活も修行である。カロッツは高負荷の
(父上はいま王国軍元帥として王都に赴任していて、ドラゴノート領には留守しがちだ)
フェリクス王国では現在、中央集権化が進められている。10年前に起きた戦争は王国に強い危機感を与え、戦力の集中化を目指させる事となった。
カロッツの父・ジウタスはいち早くこれに賛同し、今はその功により元帥という立場にある。
(父上の留守居が多ければ、そこに付け入ろうとする輩もいると考えられなくはないか。とりあえず、早く戻って事実確認を急ごう)
不思議と見た目の体重程度しかない深さの足跡のみを刻んで、彼は足を早めた。
◇
馬もなく、頭から白煙を浮かばせて、珍妙な音を鳴り響かせながら鉄の道を走る新時代の乗り物、それが蒸気機関車だ。フェリクス王国はこういった工業技術は他国に後塵を拝してるが、近年ついに導入が叶ったのだ。
「むむむ…完成以来、一度も乗ったことがありませんでしたが……」
そして王都の駅でその汽車を見つめる女性が一人。翠色の丸目が印象的で、美しい栗色の長髪を純白のローブと共になびかせている。
「これもお勤めのため!いざ!」
意を決して乗り込もうと歩みを進める。あのキテレツな鳴き声もガシャガシャと響く走行音も怖いが、胸を張って堂々といざ雌雄を決さん!
「はーい、まず切符買ってくださいねぇ」
駅員さんに止められた。
馬よりも早いとはいえ、朝方出発した汽車がドラゴノート領につく頃には日が傾いていた。先程の女性、ミリアリア・シュミットは女性にしては大柄な体を思い切り伸ばして、目的地に到着した開放感を味わっていた。
「ん~!ここがドラゴノート領の中心部、ブレアノなんですね。大きなお城に、人通りも王都と変わらないくらい多い……」
ブレアノ駅から北口に降り立てば、まず見えるのは威容を誇るブレアノ城である。かつては精強な騎士団がそこに詰めていたそこは、現在は東方における行政の中心地となっている。
ミリアリアは、興味津々と駅前に広がる土産物屋や、できたばかりであろうカフェを見回しながら歩いていると、ふと彼女に謎の不安感が襲った。
「なにか…忘れているような気がします」
ふと、自分の右手を見やると、その理由は判明した。喉がひゅっと締まり、脂汗がどっと出てきて、美しい白磁の顔はもう見るからに青くなっていた。
「つ、つ、杖を…列車に忘れてきてしまっていました~!!」
彼女の仕事道具であり、紛失するとそれはもうこれでもかと叱られる大事な杖を、なんと列車内に置き忘れてしまったのだ。
肩まで揃えた美しい栗色の髪を乱しながら、彼女はとりあえずはと駅に逆戻りする。その途中で――。
「きゃっ」
「うおっ」
どかん、と人にぶつかってしまった。あわやどちらかが倒れてしまいかねない衝撃だったが、向こうがこちらを抱き止めてくれたようで、転ぶことはなかった。
「申し訳ない、よそ見していました。お怪我は?」
「いえいえ、こちらこそ申し訳ありま……」
すこし冷静になって状況を確認してみれば、自分の体がしっかりと男性に抱えられてるではないか。生まれてこの方経験したことのない事態に、ミリアリアの頬がどんどん紅潮していく。
「どうされました?やはりどこか痛みますか?」
「い、いえいえ〜なんでもありませんよ」
もう大丈夫です、とミリアリアはすっくと立ち上がった。受け止めてくれた黒髪の青年もその様子を見て安心したようだ。
「改めて申し訳ありませんでした。急いでいて周りに目がいかず……」
「気にしないでください、鍛えていますからなんてことはないです」
改めて、目の前の青年を観察してみると、確かに尋常じゃない鍛錬を積んでいると素人目にも理解できた。カーキの外套を纏っていて、使い古した鞄を持っていることから、旅慣れているようにも思える。
それにしても、背も年も自分より低い相手に迷惑をかけてしまったとさらに自己嫌悪してしまう。
そんな様子を見て何かを思ったのか、青年が「もしよろしければ」と切り出した。
「何かお困りなら力をお貸ししますよ」
「えっ……それは」
正直、自分一人でこの問題をどうにかできる気がしない。慣れない鉄道で起こったトラブルで、彼女の頭はパニックになっていた。
だが、ただでさえ迷惑をかけたというのに、さらに甘えてしまってよいのだろうか。いや、まずは杖を取り戻さなければ、謝罪もお礼もあとからしよう。
思考を重ね、意を決したミリアリアは恥を忍んで彼の申し出を受けることにした。
「はい、お願いします!」
深々と礼をして、彼女はいまの状況を話しはじめた。
「実は荷物を列車に置き忘れてしまったようで……」
「列車ですか、下りですか?それとも上りでしょうか」
青年のその問いに、ミリアリアは「えっと」とつまづきながらも、王都からきたことを説明した。
「では下りですね、まだ降りたばかりですよね?」
その言葉にこくりと頷く、せめてもう少し早く気付いていればすぐ手元に戻せたかもしれないが、既に列車は出発してしまっている。
「もし盗まれてしまうと私、とても叱られてしまうんです……自業自得なんですけど」
「……わかりました、列車を追いかけましょう」
しょんぼりと肩を落とすミリアリアだが、青年の言葉に思わず「ええ!?」と顔を上げた。
「れ、列車を追いかけるって…無理ですよ。馬も乗れないですし、魔法でも私は飛んだりできませんし」
一部の熟達した魔法使いは列車以上の速度で空を飛べるが、自分が飛べない以上は運んでもらう必要があるし、仮にこの青年が飛べたとしても二人で空を翔けるのは無理があるように思える。
ミリアリアの慌てた様子が面白かったのか、青年はくすりと笑って、堂々と言ってのけた。
「大丈夫です、ドラゴノートの名に掛けて、貴方と荷物を引き合わせましょう」
◇
早い、速い、疾い、なんということでしょう、彼は私を背負って、彼の持ち物からゴーグルを取り出して私に被せると、ものすごいスピードで走り出しました。
列車に乗った時も過ぎゆく景色に驚いたけれど、今はそれ以上にびっくりしていて、なんだか晴れやかな気持ちにもなってきました。
10分ほど駆けていると列車が見えてきました、最後尾の車掌車にいらっしゃる車掌さんがこちらを見つけたようで、目を丸くしています。私も立場が逆ならそうなっていたでしょう。
「あっあんたらなんだい!?」
動転しながらも話しかけてきてくださいました。なんだか大変申し訳ありません……。
「実はこちらの女性がこの列車に忘れ物してしまったようなんです」
「そ、それで兄ちゃんが走ってきたってのかい」
「そういうことです、すいませんが探してきてくれませんか?」
なんだかおかしな会話でしたが、車掌さんは了承してくれたようです。私が忘れ物をした客室とそれが杖であることを告げると、さっと中へ入り込んでいきました。
ふと左を見れば、美しい森が広がって……やけに鳥が森から散るように飛び去っていくような。
いえ、あれは――。
「まずいっ」
「いけませんっ!」
◇
森より高速で射出された飛翔体。その危機に同時に反応した二人は、即座に行動に移った。ミリアリアはカロッツの邪魔にならぬよう車掌車に乗り移り、カロッツは——。
「
そう言い放つや否や、弾丸の如く己の体を発射し、猛烈な勢いで脅威に接近すると、横からそれを蹴り飛ばした。
「この武器……まさか
着るだけで圧死しかねないほどの重鎧と重装備を、魔導蒸気機関によって駆動させて、獣の如き俊敏さで戦場を駆け抜ける能力を持つ。
「見えた、あれか!」
森より襲い来る鉄砲騎兵に混じって、馬に勝る勢いで迫る鉄塊が一つ。全高は3mほどだろう。背中から蒸気を噴出してそれを加速力とし、右腕に先の徹甲弾を発射したであろう大砲と、左腕には機関銃を装備している。
「どれ、少し遊ぼうか。坊や!」
敵の首領、ディエゴ・オットマンもまたカロッツを視認すると、
威力は先の徹甲弾の比ではなかろう、避ければ列車は大惨事となり、避けなければこの眼の前の邪魔な
(確かに高温の鉄塊が突撃してくる、この攻撃は厄介だ。だが――……)
されど、カロッツは既に似た攻撃を食らっていた。大猿との戦い、自身が全力を出し、ともすれば負けていたかもしれない、あの決闘で。
「う、おおおおお!!!!」
衝突音が響き、大地を削る音が続く。だが、それだけだった。
苦痛に悶える声もなければ、列車からの破壊音も伝わらない。
「ば、馬鹿なっ!!」
「この程度、俺にとっては脅威では、ない!!」
果たしてカロッツは、堂々と正面から受け止めていたのである。あの
瞬間、ディエゴに過る不吉な予感。全力で真上へのブーストを噴かすことで、カロッツの攻撃を阻害する。
「どうやら認識を改めなきゃならんようだなぁ。まったく、面倒なことになった」
「俺がいる限り、貴様らの好きにはさせない」
奪う者と護る者がにらみ合う。
勝負は、仕切り直しとなった。
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