Ⅱ.
夏はとうに終わり、秋さえどこか遠いところへ旅立とうとしていた。
陽射しの強さと空気の冷たさが、奇妙な緊張のもとに均衡したある日の午後。
女はひっそりと私の隣に立っていた。
「よく来てますね」
静かに女は言った。
化粧をしない顔が驚くほど幼い。
日焼けした肌にくろぐろとした瞳孔と太い眉の女は、小学生の少年のようにも見える。しかし風に鋭くひかる髪には艶が乏しく、額や目尻には古木の表面を思わせる皺が縦横に走っていた。
「はい。する事もないものですから」
陽射しに眼を細めながら私は答えた。
もしかすると女の年齢は私とおなじくらいか、あるいは信じがたい話だが私より幾つか上かもしれない。
「東京の会社をやめて戻ってきました」
嘘だった。
私の無能ぶりにごうを煮やした会社が、組合と合意のうえ私を
「まあ。こちらの方だったんですか」
パーカーの代わりに羽織った綿入れの袖を引っ張りながら、女は声もなく笑った。
「 このさきのマンションに、二年前から母が住んでいます。親父が死んだので、家を売って将監野からこちらに越してきました」
「ご結婚は?」
「いえ。まだです」
田野を押しわたってゆく風のなかに生まれた小さな静寂の中で、わたしと女の会話は不思議なほど自然に進んだ。
「失礼ですが、あなたは?」
「わたしも一人です。今は」
切り通しの先の草原が、潮騒のような音を立ててごうごううねってる。
すでにもう何千年も前からわたしは、風のなかでこの女と語り合っていたような気がしていた。
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