君の描いた町 6話

「嘘、だろ………」

 そこからの通話はあまり記憶に無い。現実を認めたくなくて見苦しい質問をたくさんしたが、それらは全て寧ろそれが現実であることを裏付けただけに終わった。警察が告げたのは、二十時半頃橋の袂で火事が起きていると近隣住民から通報があり現場に消防団が急行し消火活動に徹するも、夏場であったため覆い茂っていた草木に引火してなかなか鎮火には至らず、ようやく救助に入れた時には炎の中にいた二名の人物は共に既に絶命。遺体の損傷が激しく人物の特定が困難であったが、焼け跡から『高宮佐千代』と名の入ったジッポが発見されたため高宮家に連絡を入れるに至った。遺体を確認して欲しいので、今から病院に来られないか。そういった内容だった。ただ名入のジッポが見つかったというだけではないか、きっと以前に橋から落としてしまったんだ、だけど外に出るなという言いつけを破ってしまっていた手前、ジッポを無くしたことを言い出せなかったのだ、佐千代がいないのはきっと散歩中に落としてしまったジッポを探しに行っているんだ、言ってくれればまた作ってやったのに、嗚呼俺が作ったとは結局告げられないままになっていたっけ。―――指示された病院へ車で向かう間、祈る思いで人違いである可能性に縋り、逃避していた。

「損傷が激しいですが、大丈夫ですか」

 そんな確認を今更されても、被せられている覆いを退かしてみないことにはどうしょうもない。覚悟など到底できそうになかったから、深く考え出す前に一気に遺体を隠しているものを捲った。目の前に現れたのは、それが数刻前まで生命と意思を有し動いていたとは信じがたい程ヒトの原型から逸しているモノだった。酷い吐き気に襲わせるそんな形体になっても尚、何故だか理由はわからないが、それを美しいと感じる自分がそこにいた。それを自覚してしまったら、もう目の前に横たわっている骸骨にも成りきれていない哀れな人が佐千代であると認めざるを得なかった。

 鑑定の結果、現代技術によって高宮佐千代であることが確定され、更にもうひとつの遺体は宏樹であることが判明した。十三年間一度も姿を見せなかった男がどうしてこの町で佐千代と共に焼死体になっているのか理解に苦しみ、考えれば考えるほど佐千代を殺すために帰ってきたとしか思えなかった。それなのに警察は、犯行に用いられたのが佐千代の所有物であるジッポであったこと、宏樹は結婚を目前に控えておりプライベートでも仕事でも自殺を図る動機が無いのに対して、佐千代は軟禁状態にあり度々屋敷を抜け出してもいたことから現状を苦痛に感じていたことが窺えることを理由に、佐千代による無理心中と判断した。聞き込み捜査が終わって初めて、俺は佐千代が屋敷を抜け出していて、更に使用人たちがそれを黙認していたことを知った。かなり頻繁に外へ出ていたらしかったから町人も誰かしら目撃していてもおかしくないのに、俺が報告を受けたことは一度たりとも無く人間を誰一人として信用できなくなった。それは自分自身とて例外ではない。町に越してきてすぐ「高宮の名に恥じない人間になりこの御家に尽くそう」と決意したことなど今の今まで忘れ去り、寧ろバラバラに壊してしまったことを今更自覚し、自分という人間を激しく嫌悪した。そして宏樹が家を出てから十三年、高宮という名に圧力を感じなくなっていたのに一体何のためにこの家を守っていたのかと考えた。一人きりになった屋敷はしんと静まり返り、もうここには資産としての家しか無く、帰るべき場所としての家では無くなってしまったのだと気づく。毎日この家に帰ってきたいと思えたのは、ただ佐千代がいたからだった。きっと佐千代が大事だったのに。その気持ちを自覚することもなく傷つけ続け、壊した。

 声にならない叫びは無駄に広い屋敷に消えていく。嗚咽を堪えることも涙を拭うこともせず、電気すら点けていない月明かりのみが照らす廊下をふらふらさ迷う。脚に連れてこられたのは、彼女が亡くなったことがわかって以来ずっと俺が踏み入ることができなくなっていた佐千代の部屋だった。そっとドアノブに手をかけて深呼吸すると、懐かしい香りがした気がした。意を決して扉を開く。

「さ………ちよ……?」

 窓から射し込む月光が、人の背丈ほどもある何かを闇の中にぼんやり浮かび上がらせているのに気づき、鼓動が早まる。スイッチに手を伸ばし電灯を点けると、それは佐千代の夏がけ布団で覆い隠されていた。近づいていきそっと布を退けると、現れたのは一枚のキャンパス。

「これは………町」

 飛び込んできたのは画面一杯に散りばめられた久々に見る彩度の高い鮮やかな色、細部に目を向けるとその華やかな第一印象に反してどこか冷たさを感じる人工物。それでも絵全体としてはとても温かく、それはきっとタッチの優しさに満ちた雰囲気のためだった。初めそれは空想の世界の産物だと思っていたのだが、見れば見るほど建物が浮いているような違和感を感じて目を凝らすと、家屋や商店、工場に至るまで全ての人工物がこの町に実在するものだった。

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