春にできたカフェラテ
@20240203
春にできたカフェラテ
プロローグ
僕には最愛の人がいた。
僕の生涯全てを捧げてもいいと心から言える女神のような女性がいた。
一目惚れで初恋の人だった。
彼女の百合の花のように人々を虜にする立ち振る舞い、風で舞う髪、彼女の透き通る瞳がとても美しくて初めて見た時一瞬で僕の心の何もかもを奪われてしまった。
この時僕は初めて恋に堕ちるという感覚を知ったと思う。
それから僕の人生は晴れやかなものへとなっていった。それまでの僕の人生は空白そのものでなにか打ち込めることのない虚しいものだった。だけど彼女と会ってからというもの僕は自分を磨くことに勤しんだ。その時は僕が生まれて初めてなにかに本気になる瞬間だった気がする。こんな僕に生きる意味を与えてくれた彼女は僕にとっては女神に等しい存在だった。
僕は彼女と初めて出会ったその時から今に至るまでのすべてを忘れたことは一度もないし、今でも鮮明に輪郭から手触りまで鮮明に思い出すことが出来る。嬉しかったことも思い出したくもないことも······
僕はゆっくりと目を閉じて暗く冷たい部屋で彼女との日々をアルバムのページをめくるように思い返した。
2020年4月9日
彼女と初めて出会ったのは大学の入学式だった。空は雲ひとつない青空で暖かな桜の花びらを乗せた風が校門を通る僕たちを歓迎していて、何かの始まりを予感させる・・・そんな日だった。
そんなことを思いながらも僕は普段から無気力に生きていてただその場その場をうまくやり過ごすだけの人生を送っていた人間なのでそんな晴々とした日でも退屈を謳歌していた。そんな時に僕は、彼女と出会った。入学式も終わり大学生となった僕たち生徒が校舎から出て校門へと向かっているときだった。
彼女は男子生徒の視線を自身一点だけへと集めながら友人であろう女子生徒と話しながら歩いていた。踏み出す一歩一歩に数億はするであろう名画達の趣を感じさせ、髪をかきあげるただそれだけの彼女の一挙手一投足は映画の中の名女優たちや人間国宝と呼ばれる人たちのそれに勝るほどの魅力を放っていた。
僕はすぐさま彼女に話しかけそうになったが僕の理性がそれを静止させた。
こんな僕が彼女に声をかけるなんて愚行以外の何者でもない・・・と僕は心に訴えかけ、その日は彼女に話しかけることなくただ見るだけにして立ち去った。
そしてこの時僕は自身の心にこう誓った。
「いつか彼女の隣に立てる男になろう」
そう言って僕は自分の家へと帰っていった。
入学式が終わってから数ヶ月が経った。大学では幸運なことに同じ学部なので、毎日のように彼女を見かけることができる。毎日大学で彼女のことを見かけるたびに彼女のことを観察していた。
どうやら彼女はスクールカースト上位の方にいる人気者らしい。同じ授業を取っている人とは決まって仲がよく、それ以外の人にも頻繁に話しかけている。当然例に漏れず僕も話しかけられた。初めての会話でちょっと緊張してどもったりしてしまったが彼女はそんなことは気にもとめず優しく話しかけた。その誰にでも差なく話しかけてくれる心はまるでキリスト達のような聖人だった。
それを火種にまだ少ないものの彼女やその友人と話す機会が増え気づけばほぼ毎日話す中になっていた。
彼女に一目惚れをしてから一年たった日のこと・・・
この日僕は当時ネットですごく綺麗だと評判の桜並木の下で彼女に思いを伝えようとしていた。
彼女と出会ってから初めての二人きりでどこかへ出掛ける···つまりデートをすると決まったその日からこの時に至るまで僕は興奮で一睡もできなかった。
彼女と出会った日からこの情景を幾度となく夢想してきた僕だがいざその場に立つと極度の緊張と興奮でイメージ通りのパフォーマンスを発揮できなかった。だがそれでもやらなきゃいけない時は無情に訪れた。
昨日まで必死に考え、想定していたデートコースやデートスポットのいくつかを抜け、ようやく桜並木へと辿り着いた。
桜並木の近くの川辺に座り彼女と団欒をしてしばらくたち空気感が落ち着いてきたとき、僕は胸に手を当て勇気を持ってその言葉を紡ぎ出した。
「ずっと、君のことが好きでした!僕と・・・付き合ってください!」
僕は頭を深く下げて彼女に叫ぶように告白した。
人生の中で初めての告白、渾身の告白。
これが成功しなかったらどうしようと失敗した時のことばかり頭の中でひたすらに考えてた。そして彼女の返事をひたすらに待った。
だが、返事が来ない。初めて告白という行動をすることから全身に不安が駆け巡り頭の中に失敗の二文字が浮かんだ。
僕は恐る恐るゆっくりと顔を上げたら・・・彼女は顔を赤らめ両手で口を押さえていた。
「嬉しい・・・」
とても明るい声で彼女はそう言った。
僕はその時これ以上にないほどの幸せを全身で感じた。僕はこの日を一生忘れることはないだろう。
その日から僕は彼女と毎日のように遊んだりデートをしたりした。その日々は僕の人生の中で最高の時間だったことだろう。
だけど、ある日を境に僕の人生は歪み始めた。
それは彼女と付き合い始めてからちょうど1年が経過した時だった。
あの日僕は彼女と渋谷で待ち合わせをしていた。その日は彼女と付き合い始めて1年経った記念日として彼女にあげるプレゼントを用意していた。持っていたカバンの中にプレゼントを忍ばせて待っていたら・・・
「おまたせ、おまたせちゃった?」
彼女が来た
「大丈夫、全然待ってないよ。」
「そうなの?良かった!」
「じゃあ行こうか。」
「うん。」
そう言って僕たちは渋谷の街並みに溶けていった。
今話題の映画を見たり、109でショッピングをしたりと、僕達は丸一日渋谷の街を堪能した。だが、そんな楽しい時間はあっという間に過ぎていった。
気がつけば午後8時を過ぎ、とうに日は落ちきった後であたりは温もりを感じる暗闇に包まれている。
僕は彼女と近くのファミレスに来ていた。
少し遅い時間ではあるがまだまだ中は多くの客で賑わっている。
彼女と一緒に注文した料理を食べながら僕は頭を悩ませていた。
(彼女にいつプレゼントを渡すべきか···)
本当はデート中に渡したかったこれを渡すべきだと思うたびに彼女が別のことに興味を持ってしまいベストタイミングを逃しながら現在へと至ってしまった。
このままだとせっかくのプレゼントを渡せずにお互い帰ることになってしまう。そうなることは避けたいため今にも渡すべきだがいかんせんここは人が多い。
いくら僕が彼女のことが大好きだといっても流石に周りの視線を気にしてしまう。
だが、そんなことも言ってられないと心臓の鼓動が秒単位で速沙を増していくのに合わせて僕は普段はあまり働かせない頭を全力で働かせた。
しかし良い案などそう簡単に浮かぶはずもなく、素直にプレゼントを渡そうと決めた。
「今日さ、僕たちが付き合ってちょうど1年経つじゃん?実は今日渡したいものがあるんだ」
そう言って僕は持っているカバンの中から丁寧に包装された箱を取り出した。
「なに、これ?」
「開けてみて」
僕がそう促すと彼女はゆっくりと包装を剥がした。そして彼女が箱を開けると・・・
「ネックレス?」
「うん、ずっと前からそのネックレス欲しいって言ってたでしょ?だから今日に渡したいなって思ってさ」
「うん・・・そうだね・・・」
彼女のその反応に僕は少し違和感を覚えた。普段の彼女なら何かをプレゼントすればもっと喜んでくれるはずなのに今の彼女は何かがおかしかった。顔では笑っているがそれはまるで取り繕うようなその場しのぎの笑顔で声にもどこか後ろめたさを感じた。
「ねえ、どうしたの?なにかあったの?」
異様に感じた僕は彼女の反応の正体が知りたいあまりに聞いてしまった。すると・・・
「ねえ純くん・・・これから私がいうこと驚かないで聞いてくれる?」
「うん、聞くよ」
「じゃあ言うんだけどさ・・・あたしたちもう別れない?」
「え?」
その言葉を聞いた時僕の頭はフリーズした。彼女が何を言っているのか理解できなかった。脳が情報過多により焼き切れる。体感で一時間ほどの時間が過ぎた感覚を味わったのちに我にかえり現実へと戻った。
「な、なんで?」
僕は震える声で彼女にそう問いかけた。
「私純くんが告白してくれて私のことすごい大事にしてくれてすごい嬉しいと思ったの。こんなに私のこと愛してくれる人なんて初めてだって舞い上がってた。けどだんだんそれが耐えられなくなってきたんだ・・・」
「どう言うこと?」
「純くん自分でやってて気づいてないの?純くんは私のことを愛してくれてるけど束縛とかしてきて私の気持ち全然見てくれないじゃん。私はそれがずっと嫌だったの。なのにそのこと全然わかってくれなかったじゃん」
「そんな、束縛なんて・・・ただ僕は君が心配でよくメール送ってただけじゃん」
「それを束縛っていうの!」
彼女は今まで溜まっていたものの何もかもを溢れさせ吐き出すかのように怒りをあらわにして叫んだ。
「もういい。純くんにはとことん愛想が尽きた。もう二度と私に顔見せないでね。さよなら」
そういうと彼女は席を立ち1人で店の外へと出ていった。その時に見えた彼女の横顔は怒りと失望の念を孕み、その目は相手を睨み殺せるほど鋭く、見ただけで凍りつきそうなほど冷たくなっていた。
それを見て僕はただ席に座って固まることしかできなかった。僕たちの話を聞いていた野次馬たちがポツンと一人残った僕に冷ややかにそして嘲るかのような視線を向けてくる。だが僕はそれらをただ放置して見せ物にされることしかできなかった。
彼女と別れてから一週間が経った。それからの日々は苦悩の連続の地獄でしかなかった。
彼女と別れてからどこで聞きつけたのかわからないが学校中に僕たちが別れたことが広まっていた。それにより学内では変な噂が立ち始め学校に居づらくなっていった。みんなが陰で僕の陰口を言い、みんなが僕のことを突き刺すような視線で見て軽蔑しているという不安にかられ胸が恐怖で締め付けられ、しばらく不登校になった。それが原因で学校の成績が下がり始めて大学に行く必要が出てきた。だが、やっぱり周りの視線が痛くて長くは続かなかった。
その間にずっと彼女とよりを戻したいと何度もメールを送ったり、会ってお願いをしたりしたが彼女の返事は「無理」や「どうせ体なんでしょ?」などの返事しか返ってこなくてまともに取り合ってくれてるように感じられなかった。
やがて、彼女は僕の電話番号やLINEを全てブロックしているのか返事もしなくなり大学でも僕の前に姿を見せなくなった。
それから一ヶ月弱経ったとき風の噂で彼女が男を作ったことを聞いた。
初めは半信半疑でとても信じられなかった。だが、友人の伝手や彼女のインスタなどを確認したとき僕は息を呑んむこととなった。
彼女のインスタやTwitterには僕ではない男とのツーショットやデートの画像が何枚も、何枚も投稿されていた。しかも、明らかに匂わせだとわかるものばかり。
画像に写っている彼女の笑顔は僕と付き合っていたときは一度も見せたこともないほど悦びに満ちている顔をしていた。そして何よりも写真の彼女は僕と付き合っていた時よりも数倍、いや数十倍“化粧に気合いが入っていた”
彼女は普段はその顔の良さからあまり化粧をしない。やるとしても数分で終わるような簡単なものばかりだ。だがインスタの画像のどれもがその倍以上かかるであろう側から見ても一目瞭然の気合の入ったメイクだった。
僕はそれを見てこの事実に気がついた時、吐き気を催した。尋常じゃないほどの吐き気。そして、全身がアレルギー反応を起こしアナフィラキシーショックを起こすほどの拒絶反応が僕の体を襲った。意識を失うほどの絶望感。あまりのことに僕は耐えきれずその場で胃の中のものを全て吐き戻した。
その時初めて彼女に対して殺意というものを抱くことになった。
それからはただでさえ酷かった生活はさらに酷いものとなっていった。
食事なんてほぼまともに取らなくなった。1日一食や何も食べない時なんてザラにあって1日三食取るなんてほとんどなかった。睡眠も長時間取ることはめっきりなくなり、3時間にも届くかわからない睡眠が当たり前となった。そして、それらをしなくなった時間を埋めるようにしてタバコやお酒を飲む回数が極端に増えた。
彼女と一緒にいたころには考えられないほどのおかしな生活習慣。およそ健康的な人間が送る生活習慣ではない。僕は彼女という僕にとって神にも等しいその人を失ってから体も心もまともじゃなくなるほどに歪みきってしまった。
そしてある時から彼女のことを異常なまでに欲するようになっていた。依存というべきなのだろうか。今まで当たり前のように一緒にいた存在であるからこそ、彼女がいないと自分の心に穴が空いてしまいそこから何かが漏れ続けているような空虚感と喪失感を常に感じた。だからこそ、僕は自然と彼女だけのことを考え四六時中頭の中は彼女のことでいっぱいになった。
そんな日々が続くとやがては、中毒とまで呼べるほどの僕の彼女に対する愛情と熱情がいつしか彼女との別れと彼女が別の男を作ったという事象に作用して果てしないほどの憎悪の念と体が張り裂けるほどに焦がれんばかりの愛情へと姿を変えた。
そんな僕が彼女に対してストーキングをするようになるのに大して時間はかからなかった。
ストーキングという行為を初めてやってみる前はストーキングに対してあまり効果はないものだと思っていた。ただ付きまとうだけの行為に何があるんだとバカにしていた。だけど、こうして実際にやってみると想像以上に意味のある行為だったと気付かされた。なぜならストーカーをしていると彼女の存在を近くで感じることができるからだ。今までインスタやTwitterなどのSNSの写真でしか彼女のことを見ることが出来ずにいた僕にとって目視で生身の彼女を捉えられる上にバレない程度に近くによれば声まで聞くことができる。彼女と今彼との惚気を見るのはなかなかにキツイものがあるが僕にとってこれほどまでに絶大なメリットはないとさえ感じた。どうして僕は今までこれをやってこなかったのだろう。そう思いながら僕は過去の自分の考えを後悔した。
そうしてストーカーを始めて早二ヶ月。だんだんとストーカーをするだけでは物足りないと感じ始めてきた。人間というのは本当に強欲な生き物で一度でもやりたかったことをやり遂げるとさらに上が欲しくなる。薬物中毒の人間たちと同じだ。だがそんなこともうどうでも良かった。今僕が求めているのはただの一つだけ。そう、彼女を感じることだ。彼女という存在をこの肌で、この身体で感じて己が欲望も満たすことだけ。それだけだ。それだけが満足感なのだ。だからこそ今僕がさらに彼女のことを求めることは必然であり当たり前のことなのだ。
そう1人で意味もなく誰に対してでもない暴論と言い訳を述べた。そうして自身の欲望を今一度確認したのちにそのための手段を思考する。
「ただ付き纏うだけではマンネリ化してきたしバレる危険性が高い。なら家は知っているし、彼女は一人暮らしだから盗聴器などを仕掛けるのはどうだ?いや無理だ。彼女の家にはよく今彼が来るからエンカウントするリスクが高い。なら・・・」
と、今住んでいる家の中で一人孤独に小声でぶつぶつとアイデアをまとめていると自分の頭の中にひとつ天啓が舞い降りた。
「あ、引っ越せばいいのでは?」
突拍子もない、しかし不可能ではない名案を呟いた。普通ならこんなことをするやつなんていないだろうが、生憎タイミングがいい。今僕が住んでいるマンションは言ってしまえば少し古い。全体的にガタの来ていて住みにくいと思っていた。それにここは彼女に住所がわれているためストーカーがバレたとき家まで来られてはまずい。それに彼女の家は高層マンションの一室なのだがそのマンションの隣にはいくつか同じぐらいの高さのマンションが多くある。そのため引っ越すことができれば今までは見ることのできなかった部屋の中まで見ることができる。
そして、一番の懸念点であるお金も全く持って問題ない。僕は大学に入ったと同時に彼女にいくらでも尽くせるようにと死ぬ気でバイトして貯めたお金が死ぬほど余っている。一回引っ越すぐらい訳ないだろう。
「完璧だな」
そう呟いた後すぐに僕は早速引っ越しの準備をするのであった。
1週間後
僕は一個だけで5キロはあるだろう重い箱を一つ一つ開封しながら新居を彩る準備をしていた。
「引越しだけで思ってたよりも時間かかっちゃったな」
気だるそうにダンボールを一つ一つ開けながらそう呟いた。
だが本来引っ越すのに一週間しかかからなければ上出来な方だ。だとしてもこの一週間引っ越しの準備に追われ、サービス残業してるサラリーマンや18世紀の奴隷の如く過敏に動いた結果全然彼女のことを見ることができなかった。
1秒でも早く引っ越して1秒でも早く彼女のことを向かいのこの部屋から見るためにとあまり動かさない体に鞭打って本当に馬車馬の如く精を出して引越し準備をやったのに一週間もかかったとなると少し骨折り損だ。
それに、僕はこれからまだまだやることがある。引っ越したあとの荷物の片付けだけじゃない。両隣の部屋の人たちへのご挨拶と双眼鏡か望遠鏡の購入、あとレンズ越しでも大丈夫な高画質度カメラの購入etc ···まだまだやることが満載だ。特にご近所付き合いは真剣にやらないと今後の僕の沽券に関わる。
「この調子だとあと2日、3日かかるな···」
僕はそう気分が下がった口調で愚痴をこぼしながら黙々と部屋の片付けを再開した。
1週間後
「また彼氏のほうか···」
僕はここ数日間で味わった呆れ果てた感情をこらえきれずに吐露した。
このマンションに引っ越してきてから約一週間···僕はほぼ毎日約50メートル離れた向かいのベランダから双眼鏡のレンズ越しに彼女の部屋の中の一つ一つをまるで蛇が獲物に巻き付いていくかのように見ているがどうにも不満が募ってばかりだ。
原因としては明確で明瞭。はっきりし過ぎている。
じゃあそれはなにかと聞かれればそれはそう···今カレだ。今彼女と付き合っているこの憎たらしい男が僕にとって現在最高最大の不満要素と成り果てているのだ。
彼女は人一倍勉強熱心で大学の授業もたくさん取っているため午前中はずっと家にいないことはわかっているがこの男はちがった。僕や彼女と同じ大学のはずなのに単純に取ってる授業数が少ないのかはたまたサボって遊び呆けているだけなのか分からないが僕が双眼鏡で覗くたびにいつもこいつがいた。
僕が彼女と付き合っていた頃はここまで頻繁に家に招待されることはなかったため血涙を流すほどの嫉妬心を感じながらスプーン一杯分の違和感を感じた。
僕のような人間ならともかくとして普通の人間が大学に行かないなんてことあるのか?それにこいつは頻繁に彼女の家に来ているが彼女がそう簡単に家に入ることを許可するのか?と僕は僅かな疑問を拾い上げた。
たしかにこの男はなかなかに美形だ。モデルでもやっていてもおかしくはないレベルの顔の整いようだがそれだけで彼女はまだ出会って少ししかない男を安々と家に上げるのか?
付き合っていたときにも感じたことだが彼女は中々に面食いだ。それは彼氏の僕がいる時にビジュアル系バンドや容姿端麗なアイドルの話を持ち出すほどには。そんな彼女のことだからこれほどビジュアルがいい人間なら上げてしまうのもしかたないとも思ったが最近の二人の様子を見ているとそれも少し考えにくくなった。
最近の二人の仲はお世辞にもあまりいいとは言えない。価値観の相違からかはたまた別の問題なのかは分からないが何時間も見ているとよく喧嘩をする光景が目に飛び込んでくる。ここまで仲が悪いと男側もあまり彼女には近づいていかなくなると思うし彼女だって今頃部屋から追い出しているだろうと感じるがその様子はない。
僕はそのことについて珍しく彼女以外のことに没頭を覚えながら思考したがレンズ越しである僕には何も知ることはできないというもどかしさから苦虫を噛み潰したような思いで今日もまた彼女たちのことを夜まで見届けた。
そんな1日を5回ほど繰り返したあたりにそれは起こった。僕にとっての運命の日が···。
その日は特になんてことない日だと思っていた。ただちょっといつもよりも天気が良くて何の変哲もない代わり映えのしないただ昨日と同様の日だと、そう思っていた···
その日も僕はいつも通り隣のビルから双眼鏡のレンズ越しに彼女たちのことを見ていた。初めは特に変わらない光景に若干の退屈···ではないが面倒臭さに近しい感情を感じていた。だが、それからたった数刻ばかりの時間が経過しただけで僕の脳髄に電流が走り焼ききれるほどの衝撃が降りてきた。
突然彼女と今カレが喧嘩を始めたのだ。そこだけを切り取れば特段気にすることでもない。だが、今回は一味違った。
今起きている彼女と今カレの喧嘩は前例がないほどに憎悪に近しいがまたそれとは別の怒りの念を帯びていた。
50メートルの境界線を超えて聞こえてくる聞こえるはずのない怒号と罵倒。今自分もその場にいるかと思わせる映画のような臨場感と没入感。
それらを全て感じさせるだけでは飽き足らないほどの壮絶で止まることのない喧嘩を両者は繰り広げていた。
どちらかがどちらかを殺してしまってもおかしくない状況をただ僕は彼女の身を案じながら第三者として眺めていた。このままでは事態は長引きそうだと感じていた。
しかし、僕の予想を裏切り状況は秒速で好転した。
刹那今カレが彼女のことを殴った。相当の力みであったのか彼女は後方へと飛び、いくつかの家財にぶつかり倒れた。
その光景を視認したとき僕は自身の心の中で何かが切れる音を聞いた。それと同時にまるで大黒柱を失った建築物のように、はたまた堤防の崩壊したダムのように、今までせき止められていたなにかが溢れ出した。
僕はすぐさま台所へと駆け出し包丁を手に取った。多少の理性から包丁を直ぐ側にあった鞄の中に入れ隣のビルへと全力で走った。
体力の限界など気にもとめずに下まで降り、上まで駆け上がった。
彼女の部屋の前に辿り着いたときの僕にインターホンという発想はなかった。理性という感情などとうに捨てきっていたため、力の限りドアノブを捻った。
幸いなことに鍵はかかってはおらずいとも簡単に中へと侵入できた。
そんな唐突な出来事に驚き抵抗の意を示し僕の方へと向かってきた今カレを僕は鞄から取り出した包丁を迷わず彼の腹部の当たりをためがけて突き刺した。
今カレは床に強く倒れ込み刺された傷口を必死に押さえながら悶えてのたうち回ったが僕はそんなことは無視して彼女の方へとゆっくりと歩を進めた。
彼女は何故かその場から動こうとはせずに全身を小刻みに揺らしながら待ってくれていたが僕が彼女の打撃痕に手を当て
「大丈夫?」
そう問うたとき彼女は僕のことを拒絶するかのように反射的に動いた時のように瞬時に体を動かして蹴り飛ばした。そして彼女は歩くことを知らない赤子のように這って僕とは真逆の方向に逃げるように移動していった。
その光景を壁に激突したのちに視認した。その刹那僕は何もかもがどうでも良く感じるようになった。
僕は彼女の方へと近づいていく。彼女の動く速度は微々たるものですぐに追いつき彼女のことを見下ろした。そして彼女の左背部・・・心臓のある位置へ包丁を振り下ろした。骨などの硬い感触を味わいながらも、包丁は少しずつ彼女の体内へ埋め込まれていく。
「た・・・助けて・・・」
そう懇願する彼女の天へ仰ぐような命乞いに反するように僕は包丁の持つ腕の力みを増させさらに深くへと刃をねじ込む。
やがて彼女の全身の力は空気を抜いた風船のように徐々になくなっていった。
「やっと・・・彼女を手に入れることができた・・」
今僕が感じる感情はそれだけだった。彼女を殺したことへの悲しみも罪悪感も今の僕の頭の中には存在しない。あるのは、いく日という期間を経て彼女を再びこの手に入れることができたという過去類をみないほどの幸福感と全能感。
あれだけ彼女のことを欲し、試行錯誤する日々が夢だったのではないかと思わせる多幸感でしばらく僕は何もできなかった。僕はこの幸福を今後の人生の中で一度も忘れることはないだろう・・・
それから数日が経ったある日のこと
僕は朝の7時に起きて朝食と一緒に目覚めのコーヒーを嗜んでいた。
彼女という存在を手に入れてからというもの毎日が幸福の連続だ。彼女と毎日朝早くから楽しいお話をしてから大学へと向かい家に帰ったら夜遅くまで彼女と過ごす。彼女と再び過ごし始めてから錆びついて腐り果てた生活は一変し、健康的で理想的な日々を過ごせるようになった。それもこれも全て彼女が戻ってきてくれたおかげ・・・まさに彼女は僕の女神様だ。
僕は内心でそう彼女のことを激励しながら朝食を済ませた。それと同時に僕は席を立ち、とある一室へと向かう。
扉を開けるとともに僕のことをツンと鼻を刺す酸っぱい不快な匂いが包み込むがそんなのものともせずに先へと進んでいく。そして部屋の中央に佇むその人のことを優しく抱きしめて僕はこう言った。
「行ってきます。愛理」
そして僕は自身がこの世界で最上級に愛する者を背に大学へ向かった。
僕と彼女はこれでもう2度と離れることなんてあり得ないと、そんな期待を胸に抱きながら・・・
どんなことがあってもずっと一緒だよ・・・愛理
あとがき
どうも初めましての方は初めまして。作者のリョウです。
「春にできたカフェラテ」を読んで頂き本当にありがとうございます。
この作品は自分にとっては初めて本にして世に送り出していく初めての作品、つまり実質的な処女作なので結構丁寧に作ったつもりなのですがそれでも思っていたよりも上手く書けませんでしたね。反省、反省。
とまぁこんな固い話は置いといてちょっとこの作品についていくつか話しましょうかね。
手始めにこの作品がいつ入稿されたのかですがまぁこんなことをわざわざ書くわけですから勘のいい人はわかってるかもしれませんが···はいそうです、締切日当日です。
まぁまぁ皆さん落ち着いてください。これには最も重要な理由がありましてね。そう!ゲーム!!じゃなくて···そう!兼部してる部活にうつつを浮かし抜かしすぎたから!!
はい···本当に申し訳ございません(全力土下座中)。次回はもっと早くに出せるように心がけます。本当です。だから···どうかその手に持ってるバールのようなものを置いてください···後生ですから···
ごほん。少し醜態を晒しましたが次はタイトルの由来でも話しますかね。
皆さん疑問に思ったと思うんですけど「なんでこの作品、タイトルちょっとオシャレなのに内容がこんな話なのか?」
これに関しての一番の原因の種は私の友人のF氏という方が関わっています。
作品を入稿する前日に私、作品を執筆してる時にちょっと作品について行き詰まった時があったんです。そこで友人であるF氏に相談してみたら彼は真剣に私の相談に乗ってくれたんですよ。
そうやって相談してたらタイトルの話になるのは必然でタイトルについても話し合ったんですよ。そしたら彼は僕にこう言ったんですよ。
「直喩表現するよりも色々混ぜてわかんなくしたほうが小説だって、食べ物だって美味しいだろ?でも闇鍋なんて単純なものじゃだめだから相手を騙す気でやった方がいい。あえて見た目はココアを入れたおしゃれなコーヒーにする。だけど、実際に口をつけて飲んでみたらそれは王水でした、みたいなインパクトがあったほうが面白いだろ?」って。
これを聞いたときに私はとても感銘を受けてそれを鵜呑みにしたので彼の理論に則ってタイトルを付けた結果今のこのタイトルになったというわけです。
結構長々と話してしまいましたがお付き合いいただきありがとうございます。
この文章みたいな感じにのんびりと日々創作してるので次回作も出来れば楽しみにしてくれたら幸いです。
春にできたカフェラテ @20240203
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます